四字熟語-樹大招風 

樹大招風
じゅだいしょうふう

樹が大きくなれば風を招くというのは、実見する風景である。能力が目立ったり、事業が順調に成長したりすると、目標にされたり嫉妬されたりして風あたりも強くなる。そういう時節には気を引き締めなければならない。

途上大国の中国は「樹大招風」期にあるというのが、中国外交の認識であり、国際世論が「中国脅威論」という風にならないよう警戒と配慮がなされている。

一方で軍事的には「中国脅威論」は自衛戦力として容認される。艦船発射型対空ミサイル(海紅旗9A)や大陸間弾道ミサイル(東風41)の展開や「北斗」衛星の稼働などは「樹大招風」の実態として、アメリカの世界戦略に対抗するからだ。それで人民の安寧が確保されるのかどうか。

そのはざまで「日米安保」でアメリカの軍事戦略に加担する安倍外交で、わが国民の安心は担保されるのか。樹下に憩える国づくりは容易ではない。が、大地に根づいた人同士の交流と信頼には揺るぎがない。

『西遊記「三三回」』など

「月刊」丈風」2013年5月号

「月刊」丈風」2013年5月号
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特集パラダイムシフトa
『現代シニア用語事典』分載7
編集月旦2013年5月号
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四字熟語-事半功倍

事半功倍
じはんこうばい

なすことは半分なのに成果が倍になることを「事半功倍」という。半分で倍だから四倍の功で一石四鳥。対比が際立つところが四字熟語の効用である。孟子がなんでこんな効率的な話をしたのか。原典では古人の営為と今とを比較してのことで、力半分でということではないようだ。得をすることばだからよく使われる。「費半功倍」もある。

化粧品の効能や補修塾の学習効果はわかりやすい。朝すっきりした頭でやれば「事半功倍」というのは清々しい。春節の期間に無料だった高速道路をいかに有効に使って帰郷するかで、TVからケイタイまでを駆使して情報を収集し、うまく移動できたのを喜んで「事半功倍」といっている。また中国固有の領土・釣魚島の奪回に、台湾と大陸(両岸)が手をむすんで艦艇を出し合おうという「事半功倍」となると何やら危険な「功倍」である。一方に力を尽くしても功が半分という「事倍功半」があって、これあっての「事半功倍」なら喜んではいられない。

『孟子「公孫丑上」』など

 

 

四字熟語-入郷随俗

入郷随俗
にゅうきょうずいぞく

T・S エリオットの詩集をミュージカル化した「キャッツ」(音楽劇「猫」)といえば、一九八一年にロンドン初演以来二六カ国三〇〇余都市を巡回しており、日本でも「劇団四季」が演じて親しい。中国でも人気で、昨年暮れからの北京公演では、開幕の歌「ジェリクルソング」(傑里科之歌)にいくつもの四字成語を巧みに織り込んだ演出が評判になっている。

エリオットの英詩の押韻による美しい語感も詩意も、直訳の歌詞で伝えるのはむずかしい。そこで伝来の四字成語を重ねることによってリズム感と意味合いとの「入郷随俗」(郷に入って俗に随う。その地の風俗習慣に随う)に成功したという。貴族猫の食譜には烤鴨や三十年ものの茅台酒も出てくる。

歌詞には、語尾がnの四字熟語「威風八面」(威風堂々として)「智勇双全」(智勇そろって)「詭計多端」(だましあって)「風雲变幻」(何が起きても)「左右逢源」(どっちみち同じ)ほかが散りばめられている。

『続伝灯録・七』など

 

 

 

四字熟語-臨池学書

臨池学書
りんちがくしょ

日中国交正常化四〇周年記念特別展「書聖王羲之」展をみた。東京国立博物館平成館に一六三作品が展示されていたが、四世紀の東晋時代の王羲之原跡はないから、のちに精巧に臨摸された複製によって神髄をうかがうことになる。

今回も三〇〇年後に唐の太宗がみずからの昭陵に副葬させた有名な「蘭亭序」(行書)は、歴代の逸品のうち、わが国の博物館・美術館・個人が秘蔵する作品が合わせ展示されて、両国が共有する「書の文化」の奥深さを伝えていた。

王羲之が草書の目標として慕ったのが後漢時代の張芝。張芝は池に臨んで書の力を養い、池水が墨で真っ黒になったという。羲之もそれにならって盛名をえたことから「臨池学書」がいわれ、その古跡は「墨池」と呼ばれた。いま紹興市の「蘭亭」には「曲水の宴」の跡は残るが、池は「鵝池」だけ。しかし羲之が刻苦して書を学ぶ姿を後人が慕って、「臨池」というと書論や書学など書に関する学問を指すようになっている。

『後漢書「張芝伝」』から

四字熟語-天衣無縫

天衣無縫
てんいむほう

書店の雑誌コーナーで、「女性ファッション」誌のあまりの多さに驚くとともに違和を感じてこの成語を思い出した。天女や仙女が着けている「天衣」には縫い目がないことを「天衣無縫」という。たしかに飛天や仙女像をみると、衣装に縫い目(人為のあと)を見ない。内に秘められた美の表出には人為(ファッション)を排したのびやかで自然な衣がふさわしい。

そこから言行が自然で障りのないようす、詩文や書画が技巧の跡を感じさせずに造形されていること、事物のありように破綻がないことなどに、日中でひろく用いられている。

年初の北京でズービン・メータ指揮のイスラエル・フィル新年音楽会があり、演奏に合わせて書家の李斌権が「龍蛇走る(筆勢の洒脱で非凡なこと)」草書で毛沢東と李白の詩を揮毫した。この芸術合作を「完美無欠、天衣無縫」と伝えていたのをなるほどと思ったが、前記の違和感は、女性雑誌群から内なる美の表出を感じなかったからであろう。

牛嶠『霊怪録「郭翰」』など