『月刊丈風 5月号』 memo

「衆口一詞」「衆志成城」
「日本丈風の会」に参加して
「高年世代」の力を結集しよう!

丈風 日復一日    アクセス数 12141

令和(後平成)元年=2019年5月24日 木曜日  
己亥 農暦4月20日 弥生卯月●皐月水無月文月
小満●芒種6・6夏至  八十八夜●入梅6・11半夏生 

現代シニア用語事典 同時代人

同時代人 昭和シニア人名簿 4 制作 堀内正範 2010・5・10~2019・2・18
1926年~1945年生まれ 2010年以後の ・去世者 を含む

1929年(昭和4)年

・三遊亭圓歌(1・10 落語家) ・神山繁(1・16 俳優) ・三木多聞(2・6 美術評論) 田沼武能(2・18 写真家) 西川杏太郎(3・9 日本美術史) 大塚正徳(3・10 薬理学) 三遊亭金馬(3・19 落語家) 犬塚弘(3・23 俳優) ・津本陽(3・23 小説家) ・小沢昭一(4・6 俳優) 永井一正(4・20 デザイナー) 加賀乙彦(4・22 小説家) 鈴木道彦(4・26 フランス文学) ・仲谷昇(5・4 俳優) ・板東三津五郎(5・14 歌舞伎俳優) ・奥平康弘(5・19 憲法学) ・高橋治(5・23 小説家) ・日野啓三(6・14 小説家) ・都筑道夫(7・6 推理作家) 栗田勇(7・18 フランス文学) 笹原正三(7・28 レスリング協会) 磯村尚徳(8・9 ジャーナリスト) ・早坂暁(8・11 小説家) ・松下圭一(8・19 政治学) サトウサンペイ(9・11 漫画家)  ・ 新井直之(9・21 ジャーナリズム論)  中江利忠(10・4 ジャーナリスト) ・志賀信夫(10・23 放送評論) ・高松英郎(10・24 俳優) 奈良岡朋子(12・1 俳優)

同時代人 昭和シニア人名簿 3 制作 堀内正範 2010・5・10~2019・2・18
1926年~1945年生まれ 2010年以後の ・去世者 を含む

1928年(昭和3)年生まれ

大堀敦子(1・1 ピアニスト) 池田大作(1・2 宗教家)岡井隆(1・5 歌人) ・網野善彦(1・22 常民文化) 馬場あき子(1・28 歌人) 暉峻淑子(2・5 生活経済) ・増田義郎(2・17 文化人類学) ・上田哲(2・26 ジャーナリスト) 長沢和俊(2・28 東西交渉史) ・兼高かおる(2・28 旅行作家) ・小島功(3・3 漫画家) 田辺聖子(3・27 作家) ・菊竹清訓(4・1 建築家) ・古在由秀(4・1 天文学) 久里洋二(4・9 アニメーション) ・諸井虔(4・23 企業経営) 津村節子(6・5 作家) ドクター中松(6・26 実業家) ・蝋山道雄(8・11 国際政治) 唯是康彦(8・13 食糧経済) ・三浦文夫(社会保障・社会福祉) ・五十嵐喜芳(9・8 声楽家) ・古橋広之進(9・16 JOC会長) 羽仁進(10・10 評論家) 杉葉子(10・28 女優) 熊沢喜久雄(11・14 植物栄養学) 宮尾盤(11・27 地方財政) ・土井たか子(11・30 政治家) ・土本典昭(12・11 記録映画) ・佐藤慶(12・21 俳優)  

同時代人 昭和シニア人名簿 2 制作 堀内正範 2010・5・10~2019・2・18
1926年~1945年生まれ 2010年以後の ・去世者 を含む

1927年(昭和2)年 生まれ

・一番ケ瀬康子(1・5 社会福祉) ・勅使河原宏(1・28  華道・映画監督) ・熊倉一雄(1・30 演出家) ・石牟礼道子(3・11 作家) 宮城まり子(3・21 ねむの木学園) ・堤清ニ(3・30 企業経営・作家) 無着成恭(3・31 教育評論) ・矢代静一(4・10 劇作家) ・北杜夫(5・1 作家) ・ジョージ川口(6・15 音楽家) ・芦野宏(6・18 シャンソン) 小原秀雄(7・2 動物生態学) 粟津則雄(8・15 文芸評論) ・祖父江昭二(9・3 近代文学) 伊東光晴(9・11 経済学) ・坂本義和(9・16 国際政治学) 緒方貞子(9・16 国際関係) ・加山又造(9・24 画家) 舛田利雄(10・5 映画監督) ・馬場のぼる(10・18 漫画家) 童門冬二(10・19 作家) 長谷川慶太郎(11・29 経済評論) 

同時代人 昭和シニア人名簿 1 制作 堀内正範 2010・5・10~2019・2・18
1926年~1945年生まれ 2010年以後の ・去世者 を含む

1926年(大正15年・昭和元)年生まれ

・早乙女貢(1・1 歴史小説) 森英恵(1・8 ファッション) ・森亘(病理学) ・三浦朱門(1・12 作家) ・松谷みよ子(2・15 児童文学) 青木光一(2・17歌手) 安野光雅(3・20 画家) ・加藤寛(公共選択) ・河野多恵子(4・30 作家) 渡辺恒雄(5・30 新聞事業) ・奧野健男(7・25 文芸評論) 石井ふく子(9・1 プロデューサー) ・今村昌平(9・15 映画監督) 小柴昌俊(9・19 物理学者) ・祖父江孝男(11・5 文化人類学) 鈴木孝夫(11・9 言語社会学) 中根千枝(11・30 社会人類学) 、

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

江郎才尽」(こうろうさいじん)20190515
身近なスマホでも車でも、かつてナンバーワンといわれたものが衰退していく「江郎才尽」の感覚は、だれにもわかるのでよく使われます。 江郎は江淹(字は文通、444~505)のこと。南朝の宋、斉、粱の三代に仕えた文学者で、若いころは才気あふれる詩文を表して高い評価を得ていましたが、官をのぼり年をとるにつれて文思衰退して佳句を欠き趣きを失い、ついには枯渇して並みの詩文しか書けなくなって「江郎才尽」(『南史「江淹伝」』から)といわれました。いまなら認知症といわれるような病変によって起こる文思衰退を「江郎才尽」と名づけられて 当人としてそれを知って耐えていた江郎自身の悲哀の深さがこのことばを残しているのでしょう。
もの書きばかりでなく歌手にも名作の映画化にもいわれ、テレビに出づっぱりのタレントに実例をみかけます。また文才ばかりでなく、サッカーの花形選手にも、ブランド製品の劣化や国際モーターショーでの日本車が「江郎才尽」と評されたりもします。円水社+ 2019・5・15

シニア用語(用文)NOW

「人生100年」は「人生90年(65+25年)+」

「人生100年」 高齢化率 高齢者人口

「人生100年」は2017年11月の「所信表明演説」で、安倍首相が「人生100年時代を見据えた経済社会の在り方を大胆に構想し、わが国の経済社会システムの大改革に挑戦します」と明言したことから。
その検討のために設けられたのが「人生100年時代構想会議」で、同会議は2017年年末には中間報告をおこない、2018年6月には「人づくり改革基本構想」をとりまとめています。安倍内閣の政策である「三本の矢」に即した人選の有識者会議であり、教育無償化とリカレント教育、高齢者雇用までで、「人生100年時代」を拓く構想にはなお遠いものになっています。ひとことでいえば、会議員一人ひとりの「人生100年」の寄せ集めでしかありません。招請されて構想会議のメンバーに加わった英国のリンダ・グラットン女史が著書『LIFE SHIFT』の中で、日本の子どもたちが世界一の長寿で半分が107歳まで生きると予測として話題になりましたが。女史はみずからが属する中年時代にしごとが選択できる社会を構想し、そこでの多様で豊かな人生を想定しています。
「人生100年」を「人生90年(65+25年)+」という数式に置き換えてみます。65歳は国際的標準での高齢者。わが国では定年退職の年齢であり、年金支給年齢でもあります。わが国の高齢者人口は3515万人、総人口比率(高齢化率)で27.7%になっています。65歳以上人口のうち、「65~74歳人口」は1767万人(男性843万人、女性924万人)で総人口に占める割合は13.9%、「75歳以上人口」は1748万人(男性684万人、女性1065万人)で、総人口に占める割合は13.8%(平成30年版『高齢社会白書』)。そして「25年+」は健康寿命や平均寿命にかかわります。「人生100年」をひとからげにすることなく、一人ひとりがみずからの高齢期にふさわしい暮らしができるような対策で細部にふれていかなければ、実体もつかめず、国際的に評価されるような「高齢化社会」の実現はできないのです。 2019・5・10 hori

文温の絆 四字熟語の愉しみ

円水社+ http://ensuisha.jugem.jp/ 5月8日

「凡桃俗李」(ぼんとうぞくり)20190508
大地が温もった春に咲き、妍を争いあう桃や李の姿(李白桃紅)を、凡であり俗とみる「凡桃俗李」(王冕「題墨梅図」から)がいわれます。そこから俗人のすることや平凡な事物や実績のない政治についてもいわれます。
元末明初の画家王冕(おうべん、字は元章)の「凡桃俗李争芬芳、只有老梅心自常」が出典。氷雪の林中にいて一夜清らかな香りを発する白梅に出合った画家が、苦学した姿を思いつつ桃李を凡俗とみる立場には納得がいきます。
子どもの王冕が苦学するようすが小学生の教科書に「少年王冕」の話として載っています。貧農の子だった彼は、地主の牛の面倒をみながら村の学堂へいき、朗々と読み上げられる文章を記憶します。あるとき牛を忘れて帰って父に叩かれ、家を脱したかれは寺院にいき、仏像の膝に坐って灯明のあかりで借りてきた破れた本を読みました。結局、科挙には合格できず、各地を放浪して絵を画いてすごしました。
王冕の画は日本にも伝わり、信長の父織田信秀が所蔵していた「墨梅図」が宮内庁三の丸尚蔵館に保存されています。

シニア用語(用文)NOW

日本国憲法100年保持の国際的役割

2019・5・3 hori

日本国憲法」について議論するなら、国際性と偏務性から論じなければ本質に迫れません。
国際性というのは、制定の経緯から「日本国憲法は日本のものではあるが日本のものではない」ということ。「非軍事平和の九条」を守るのは日本ですが、日本に守らせるのはアメリカをはじめとする連合国であって、各国は日本が自主を称して破ろうとする芽を常に監視せねばならないのです。
日本の役割は、ひとえに「非軍事平和」に徹した国際モデルとしての国づくりなのです。 戦後70年、この偏務を当たり前としてきた日本国民、制定時の戦後を体感していた人びとがいなくなり、平和を当たり前とする人びとに置き換わっています。 内に平和の体感しかない国民が外に軍備をすることでそれを守ろうとする自主憲法は、制定の歴史を黙止した偏向であり論外なのですが、平和期を“戦間期”に染めかえる役割を果たそうとしています。
この時期にこそ憲法論議はおおいにやるべきでしょう。戦禍と成立の経緯を知らない若い世代がその経緯を知って新たに守る層を厚くする機会となります。昭和史に通暁する半藤一利・保阪正康氏の持論ですが、「非軍事平和」主義の「日本国憲法」の趣意を中小国の市民に訴えて意味合いを国際的に共有する。そして100年を保持して2047年に「日本国憲法100年記念祝典」を連合国市民との共催で国際的におこなう。それを支えるのは、兵役もなく平和の証として「100歳人生」をめざしている戦後世代(本稿の平和団塊)が主催することになるのでしょう。

国防・自衛について
「九条」への自衛隊記載は国際的には一国軍国化の証。周辺国からの反発は必至です。四囲が海の日本の国防は軍備では不可能です。“外敵”からは守りづらい国なのです。いま海岸には原発があります。ひとつ破壊されたらそれで終わりです。自衛の限界は国民が熟知するところ。国境紛争地域はわが国が平和裏に共同守備・共同開発を提案し実施することで、所有の国家主権の意味を実体としてなくすことでしょう。 平和立国での自衛としては、「兵役」義務のない青年たちは一時期、平和裏に国を守る意識を共有するために、「公役」として若い日にひとしきり、男性はおもに地域・災害のための活動、女性はおもに介護・福祉の活動をすること。そうすることで、国家・国土・国民のありようを体感することは、平和国家の保持の一環としてあっていい。 hori

シニア用語(用文)NOW

「令和」を「冷和」とするなかれ

2019・5・2 hori

「令和(後平成)」期は「三世代平等化」のチャンス 。
改元を機に、青少年(~30成長期)や中年(~60成熟期)のみなさんはさらに勢いづくでしょう。そのとき4人にひとりに達した「高年世代(65~円熟期)」はどうするのか。これまでどおり二世代+α型の「ゴムひも伸ばし」の高齢化政策に温存されて、いまある社会で身を細めて暮らすのでしょうか。
このたびの明仁天皇の生前退位は、展望を示せない政府の高齢化政策にみずから「ノー」をいわれて、高齢期の人生を確保されたもの。
本会は上皇になられてからの人生の期間を「令和(後平成)」期と呼び、3500万人の「高年世代」が支え合って「自立」をすすめて存在感を示して「三世代平等化」を達成するチャンスとして位置づけています。
そのためには「(内向的な)老人」としてではなく、日々外へ出て、保っている知識・技術・資産・人脈を活かして、仲間とともにみずからの生活感覚にふさわしいモノ・居場所・しくみをこしらえること。円熟期のみなさんには、経済を伸長(成長といわない)し、文化を深化し、新たな社会を形成する潜在力(本稿の丈人力)があるのですから。 hori

文温の絆 「四字熟語」の愉しみ 

円水社+ http://ensuisha.jugem.jp/ 5月1日

春蘭秋菊」(しゅんらんしゅうぎく)20190501

「平成」から「令和」への改元。青少年(~30成長期)や中年(~60成熟期)のみなさんは勢いづくでしょうが、4人にひとりの「高年世代(65~円熟期)」の人びとは、このままいまある社会で身を細めて過ごすのでしょうか。
このたびの明仁天皇の生前退位は、政府の「ゴムひも伸ばし」の政策に「ノー」をいわれて、みずからの高齢期人生を確保されたもの。本稿は上皇としての期間を「令和(後平成)」期と呼び、「高年世代」が「自立」をすすめて存在感を示す「三世代平等化」のチャンスとして期待しています。
「退位礼正殿の儀」(4月30日)を終えた明仁天皇の最後のおことばは、象徴としてのつとめを「国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは幸せでした」であり、「即位後朝見の儀」(5月1日)での徳仁新天皇のおことばは、上皇に学び「自己の研讃に励むとともに常に国民を思い国民に寄り添う」でした。
円熟期の上皇と成熟期の新天皇にはそれぞれに人生の春秋があります。「春蘭秋菊」(『楚辞「九歌・礼魂」』など)なのです。

『月刊丈風 4月号』memo

シニア用語NOW

「令和(後平成)」期と平和団塊の世代

 幸せにも、幸せにも、戦後の「平和」のもとで生まれ、ともにひもじく貧しい時期に育ちはしたものの、競って学び、勤めて高度成長を支え、先人の余沢によりなにほどかの貯蓄を得て、世紀をまたいで高齢者となった「平和団塊の世代」の人びと(一九四六~一九五〇年)が、「七十古希」に到達しつつあります。
先の第二次世界大戦のあとに生まれた「戦後ベビーブーマー(戦後ッ子)」が各国にいて、「団塊」としてひとくくりに呼ばれるボリュームとはうらはらに、多彩で個性的な人生を送っています。両親から「平和」であることのたいせつさを骨身に刻みこまれ、「長寿」は人生にとって普遍的な価値であり、そのための「平和」は欠くことのできない条件であることを体感として理解している人びとです。

一九九五年に「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)の形成をめざすとして制定された「高齢社会対策基本法」のことを知っていたとしても、働きざかりの五〇歳のころでしたから実感はまったくなかったでしょう。七〇歳に達してはじめて納得のいく文言として率直に理解できて、先人の先見性に感謝している事でしょう。 ですからわが国の高齢者とくに「平和団塊」の人々は、国際社会に「非軍事平和」を訴える「憲法第九条」と、尊厳ある長寿をめざして社会改革を訴える「高齢社会対策基本法・前文」というふたつの歴史的旗印を先人から引き継いでいるのです。 国際的な関心と期待を受けて、「人生一〇〇年」という実質的な活動期間をライトを浴びて舞台に立つ「平和団塊」のみなさんに、本稿もまた熱い思いで注目し、その歴史的ステージを見守っているのです。
 
ここで「ニッポン発二一世紀オリジナル」の主役をつとめている「平和団塊」のみなさんの横顔を、ほんのすこしだけ紹介しておきたい。新聞・TVなどから勝手に選ばせていただいた方々ですが、どうか掲載をお恕し願います。
*****
一九四六(昭和二一)年生まれ・七三歳に。 鳳蘭(俳優) 松本健一(作家) 宇崎竜童(歌手) 美川憲一(歌手) 北山修(歌手) 新藤宗幸(政治学) 柏木博(デザイン) 岡林信康(歌手) 堺正章(TVタレント) 坂東真理子(官僚) 田淵幸一(プロ野球) 菅直人(政治家) 秋山仁(数学教育) 藤森照信(建築史) 倍賞美津子(俳優)・・

一九四七(昭和二二)年生まれ・七二歳に。 橋本大二郎(政治家) 衣笠祥雄(野球評論) ビートたけし(TVタレント) 尾崎将司(プロゴルフ) 西郷輝彦(歌手) 鳩山由起夫(政治家) 津島佑子(作家) 千昌夫(歌手) 上原まり(琵琶奏者) 荒俣宏(作家) 中原誠(将棋棋士) 小田和正(歌手) 北方謙三(作家) 金井美恵子(作家) 西田敏行(俳優) 森進一(歌手) 池田理代子(漫画家) 布施明(歌手)・・
一九四八(昭和二三)年生まれ・七一歳。 高橋三千綱(作家) 毛利衛(宇宙飛行士) 里中満智子(漫画家) 赤川次郎(作家) 五木ひろし(歌手) 赤松広隆(政治家) 江夏豊(プロ野球) 都倉俊一(作曲家) 沢田研二(歌手) 上野千鶴子(女性学) 井上陽水(歌手) 橋爪大三郎(社会学) 糸井重里(コピーライター) 由起さおり(歌手) 舛添要一(都知事) 谷村新司(歌手) 内田光子(ピアニスト)・・

一九四九(昭和二四)年生まれ・七〇歳「古希」に。 村上春樹(作家) 鴨下一郎(政治家) 林望(国文学) 海江田万里(政治家) 高橋真梨子(歌手) 平野博文(政治家) 武田鉄矢(歌手) 高橋伴明(映画監督) 萩尾望都(漫画家) ガッツ石松(ボクシング) 矢沢栄吉(歌手) 佐藤陽子(バイオリニスト) 堀内孝雄(歌手) 松崎しげる(歌手) 森田健作(政治家) テリー伊藤(演出家)・・
一九五〇(昭和二五)年生まれ・六九歳に。 残間里江子(プロデューサー) 舘ひろし(俳優) 和田アキ子(歌手) 坂東玉三郎(歌舞伎俳優) 東尾修(プロ野球) 中沢新一(宗教学者) 池上彰(ジャーナリスト) 姜尚中(政治学者) 八代亜紀(歌手) 辺見マリ(俳優) 塩崎恭久(政治家) 梅沢富士男(俳優) 岩合光昭(写真家) 綾小路きみまろ(漫談家) 神田正輝(俳優)・・
*****
いかがでしょうか、個性的で頼りがいのある人びとでしょう。みんなが等しく貧しかった戦後に育った子どものころの記憶を共有している人びと。そこからそれぞれに個性的な人生をつくりあげて、熟成期をすごしている「平和団塊の世代」(日本の戦後ッ子)のみなさん。この約九五六万人の一人ひとりを、敗戦後のきびしい生活環境の中で育ててくれたご両親の「平和」への思い。それを想い起こして国際平和を体現する「平和団塊の世代」と呼んで、本稿は注目しているのです。「団塊」では即物すぎて、「平和」では理念すぎて、いずれも収まりづらいかもしれませんが、あわせて「平和団塊の世代」と呼ぶのをお許し願います。

世界大戦の当事国となった先進諸国の戦後には同じ経歴のベビーブーマーの人びとがいます。その人びととともに、わが国の「平和団塊の世代」が、それぞれの地で穏やかに高齢期をすごせる社会をみずからの力で形成し、長寿を全うすること。それが「平和に生きる」こと、「非軍事平和の日本国憲法」の理念であり共有する社会の姿にちがいないからです。それはまた次の世代へ、途上諸国の人びとへと先行モデルとして伝わることになるでしょう。一人ひとりが世紀をまたいで平和のうちに長寿を体現する。こんな役回りは願っても求めても得られるものではないのです。(論考:『史上初の「三世代平等社会」~百折不撓の「100年人生」を体現して』~から) 2019・4・30 hori

シニア用語(用文)NOW

「平和団塊の世代」が長寿モデルに

やや失礼とは知りながら、敗戦後の一九四七~一九四九年に生まれた人びとを、ここでも「団塊の世代」と呼んでいます。ご存知のように一九七六年に作家の堺屋太一さん(2019・2・8去世83歳)が『団塊の世代』を書いて、そのボリュームゆえの社会的影響を指摘して以来の呼び名であり、教育の現場や就職、結婚などでみんなが納得して用いることで流行語になったのですが、カタカナの「戦後ベビーブーマー」では実感においてとてもかなわない。いまでも約六五〇万人というボリュームを保持しています。
ですが、本稿では「平和団塊の世代」と呼んでいます。 同じく二○○万人を越えて生まれた一九五○年と、少数とはいえ本稿の課題である「平和」では決して存在を無視してはいけない終戦翌年である一九四六年生まれの一四〇万人の人びとを含んでいます。

この戦後五年間の「平和団塊」世代は、二一世紀を迎えたとき一○三七万人(二〇〇〇年一〇月)で、いま約九五六万人(二〇一七年一〇月)を数える戦後ッ子の人びとを指しています。 このアクティブ・シニア、高齢者ニューフェイスの「平和団塊」の人びとが、二〇二五年に七五歳に達して、なお「人生一〇〇年」をめざして創出する史上初の平和裏の長寿社会、本稿の「三世代平等型の長寿社会」が、ニッポン発二一世紀オリジナルの重要な「和風」事業なのです。 「平和団塊」の人びとは戦後七〇年余のあいだ、強直で骨太の先輩に引きまわされながら精いっぱいに生きてきて、おおかたの人の髪は白くなりました。「戴白の老」です。

「戴白の老も干戈を睹(み)ず」 というのは、髪が白くなった老人すら人生に一度も戦争に出合わなかったという幸運な人生を伝える良いことばです。それはいかに歴史上に「戦乱」のときが多く長く、「平和」が少なく短かったかを伝えています。 戦後七○年、「平和団塊の世代」のみなさんが「干戈を睹ず」に暮らしてきたことは確かです。二〇世紀後半の日本がそういう歴史的に稀有な平和な時代であり、そこに生まれあわせて過ごしてこられたことをなによりの幸せと感じられるのがこのことばです。二〇一八年一二月二三日の明仁天皇の天皇としての「最後のおことば」にも「平成」期が「平和」を守りえた安堵を述べておられました。そのためには「戦禍の記憶」をのちの世代に語り継ぐことが何よりも必要であると言い添えて。

内に「戦禍」を秘めて外に「平和」をもとめた先人が次第に少なくなり、胸中を占める「平和」を守るために外に「軍備」を必要とする後人が多くなります。戦後七〇年と「平成」の改元とはその折り返し点、つまり新たな「戦前」へと移る折り返し地点を予感させます。政治的軍事的な隣国からのゆさぶりそそのかしを受けて、世論はいきおい「軍国化」に傾きます。平和から戦争へ(戦間期)と振り子意識が働いてゆくのは、歴史の繰り返しと知りながら同じ道を選ばざるを得ないからです。

次の「戦前」へとリピートする予兆。 そういう日本国内に生じる芽を未萌のうちに摘みつづけるためには、「戦禍の記憶」を世代伝授しつづけること。とくに「平和団塊」のみなさんが、先人として胸中に保持する「戦禍の記憶」を後人の胸中へと伝え継ぎながら、みずからは「人生一〇〇年」を目標としつつ、二〇四七年の「非軍事平和憲法」制定一〇〇年記念の祝典まで護持していく覚悟を固めるしかないのです。 「昭和の日」は、それを確認するための祝日なのです。 (論考:『史上初の「三世代平等社会」 ~百折不撓の人生を体現して』~から)2019・4・29  hori

シニア用語now

元号「令和」について

漢籍と国書双方を典拠とすべし

「春笋怒発」(四字熟語からのごあいさつ)
新元号「令和」の選定者(安倍首相)は、国書『万葉集』が典故であることをひたすら強調し誇りとしています。しかしながら下記したように、実情からいえば漢籍と国書の双方を典故として説明すべきだったでしょう。これまでの恒例であった漢籍と新たに国書を合わせて典故とすることで、“漢字文化圏”の広がりと豊かさを歴史的事実として示せたはずだからです。残念ですが、首相の脱中国の自国意識の過剰さと教養のなさが際立った一件になりました。

元号「令和」について異論はないのですが、連載中の「四字熟語の愉しみ」に3回にわたって書いたように、漢字文化圏に配慮せずに歴史を削いでしまった選定者の発言の偏りによって、古典にむかう国民の意識にズレを生じます。外来の優れたものを採り入れてより勝れたものにするという民族特性「和風」として語れれば、中国の知識人も納得できて、日本の首相としての令姿を示せたでしょう。昨今、際立つ外国人による「クールジャパン」は、歴史的ジパングの「和風」鉱脈さがしなのですし、何よりいま最大の「和風」事業は、世界に例をみない「非軍事平和国家」の実現と継承なのですから。  
以下おつきあいください。2019・4・21 hori


***********
連載「四字熟語の愉しみ」web「円水社+」 http://www.ensuisha.co.jp/plus/ から
◎「風和日麗」(ふうわにちれい) 2019年4月17日
前回みたとおり「令和」の典拠になった『万葉集』(天平2年、730年)の「初春令月、気淑風和」の八字は、王羲之「蘭亭集序」の「天朗清、恵風和暢」と『文選』にある張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」からの化用(借用)がいわれます。が、もうひとつ唐代高宗のもとで文学の発展に寄与した宰相薛元超の「諫藩官丈内射生疏」の文にある「時惟令月、景淑風和」が最も似た表現として指摘されます。当時、遣唐使が持ち来った新渡来の文献のなかからふさわしい表現として化用したことが想定されるのです。 日本語が「漢字かなカナROMA字混じり」であるように、外来の優れたものをより勝れたものにする日本文化の「和風」の多重性こそが民族特性なのです。「和」の意味合いは「平和」「昭和」「大和」「風和」で異なりますが、ここでは現憲法の国際的片務である「非軍事平和」が最大の「和風」事業であることに思いをいたしつつ、改元の年の五月の風暖かく陽光明るい「風和日麗」(沈復『浮生六記「二巻」』など)の休日を過ごすことに。

◎「令月嘉辰」(れいげつかしん) 2019年4月10日
新元号の「令和」が大化(645年)から248番目で初めて国書『万葉集』から得たことで、令(よ)き大和民族の特性「国風」に語りつないだ安倍首相の発言に対して、日中双方から漢字文化圏の豊かさを削ぐべきでないとする意見が出ています。優れたものを採り入れてより勝れたものにする特性「和風」を言えれば首相は令姿を示せたでしょう。 江戸期の契冲『万葉代匠記』には「梅の花の歌三十二首并序」は王羲之「蘭亭集序」の筆法を模したもの、「初春令月、気淑風和」の八字は張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」から、「気淑」は杜審言の詩から、「鏡前之粉」は宋武帝女寿陽公主の梅花粧から、「松掛羅而傾蓋」は隋煬帝の詩に負うなどの指摘がなされています。それらを借りて「和風」にするのが民族の特性といえるもの。「令月」にちなむ四字熟語に「令月嘉辰」(『大慈恩寺三蔵法師伝「巻九」』など)があって、令月はいい月、嘉辰はいい日で、あわせて「吉日」をいいます。『和漢朗詠集「巻下・祝」』に「嘉辰令月歓無極」が見えます。

◎「恵風和暢」(けいふうわちょう)2019年4月3日
新元号が「令和」と決まりました。安倍首相は漢籍でなく国書『万葉集』が典故であることを強調し誇りとしましたが、実情からいえば漢籍と国書の双方を典故とすべきだったでしょう。大宰府の自邸で、王羲之の蘭亭の宴に似せて梅見の宴を開いた大伴旅人が、『万葉集「巻五」』に載る「梅の花の歌三十二首并序」に「初春令月、気淑風和」の八字を記すにあたって、王羲之「蘭亭集序」の「天朗気清、恵風和暢」と張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」を念頭において、前者から「気」と「風和」を、後者から「春令月」と「和気」を得ており、後者は「令和」の典故でもありえます。それを知る提案者は、漢籍と国書を合わせて典拠とすることで漢字文化圏の豊かさを示そうとしたのではなかったでしょうか。 「風和」について。日本では「雪月花」ですが中国では「風花雪月」です。柔らかい風が人を温かくつつむ「恵風和暢」からの「風和」には書き手の教養が示されています。東風に感じて白梅が花開く令月(二月)の大宰府天満宮の賑わいが想像されます。

L 市民と報道人の会

史上これまでになかった高齢者層によるエイジング(円熟期)活動は新たな社会の形成過程です。みずからの加齢に立ち合いながら、報道人には活動的な市民との連携で課題を明確にして広報することで、現代社会の展開にコミットすることができます

活動k 講演セミナー講師の会

大学などこれまでの教育施設を有効利用した社会人むけの内容のオープン・セミナーは、大学の名誉教授をはじめさまざまな領域の専門家なら可能でしょう。講師の会として内容と講師名を網羅して、文化国家の基盤づくりに寄与します

活動j 中学校区に生涯学習大学校 を

自治体の教育施設として、明治の尋常小学校、昭和の新制中学校のあと、幼児のための平成の認定子ども園、そして高齢者のための令和の生涯学習大学校の設立が急務となっています。60~65歳の地域住民を対象に地域カリキュラムを組んで

活動h 第三回高齢化世界会議2022

1982年にウイーンで第一回、2002年にマドリードで第二回が開催された「高齢化世界会議(WWA)の2022年第3回会議を高齢化先行国である日本へ招致するための準備会議。国連が呼びかけて政府間会議と民間の活動家会議が開かれる

活動g 憲法100年国際祝典2047

「非軍事平和」をかかげる「日本国憲法」を100年保持して各国の市民に訴えて2047年に「100年記念祝典」を共催で国際的におこなう。主催者は平和の証として「100歳人生」をめざしている戦後世代(本稿の平和団塊)のみなさんです

活動f 高齢議員をはげます会

「高齢化」時代なのに、国会議員は70歳年齢制限で高齢議員の引退がすすんでいるが、地方では年齢に制限なく豊かな経験を活かして4人にひとりの地元高齢住民と協力しつつ特性ある地域づくりの中心で働く高齢議員をはげます会

活動e 内閣府に高齢政策専任大臣を

1995年「高齢社会対策基本法」の制定以来、毎年「高齢社会白書」が刊行されており、所管大臣として高齢社会対策担当大臣が置かれているが、近年は「少子化」との兼務で女性議員が当てられてきた。高齢政策専任の担当大臣を求める会

活動d 戦禍(銃後・戦後)を家族史に

戦争を知らない若者が「戦禍」の実感を心の奥に留めなければ平和は守れません。戦中は銃後で、戦後は戦禍で苦労した女性が、不幸なできごとして胸に秘めて話さなかった経験を家族史とし書き残すこと。家族の世代伝承をすすめる女性の会