―大震災を越えて「強い高齢社会」をつくろう-1
突如、大津波に襲われた村や町。一瞬のうちに濁流にのみ込まれた家々、家族。2011年3月11日、M9という史上まれな規模の地震と津波による「東日本大震災」に遭遇して、モノ・家・暮らしの場、そして親しい多くの人命を失った東北地方太平洋岸の人びと。全国民はわがこととして、復興と新たな創造への支援に力を尽くすことになりました。
日本は明治維新、大戦後に匹敵する第三の難局(国難)に直面しているのだと実感した多くの人びと。再建は国際的注視の下で始まっています。リアルな映像とともに日本支援の輪は世界に広がっています。tsunami はご存じにように国際用語になっていますが、自然の威力と悲惨な情景はその知名度を大いに高めたことでしょう。先の大戦のあと、65年をかけて東アジアに形成された「平和国家と国民」への敬意と熱い支援が、アメリカの「ともだち作戦」をはじめ、100カ国を超える国々の人びとからとどいています。
「第3の国難」を乗り切るためには、さまざまな力が要ります。全国民がそれぞれに保持している知力、技術力、資力を投じる覚悟が求められています。そんな潜在力はどこにあるのでしょう。それは活動の体現者となる全国民の気力にあるのですが、とくに国際的基準で「高齢者」と呼ばれる65歳以上の約3000万人の人びとの中にあるといえます。わたしは72歳ですから、われわれにあるといってもいい。
思えば「65歳+」のわれわれ高齢者は、先の大戦の戦禍のあと、半世紀余り、わが国の社会のさまざまな持ち場でそれぞれの成果を刻んできました。貧しかったけれども平和裏に育てられ熱心に学んだ青少年時代、みんなが等しく豊かになることを願って辛苦して働いた中年時代、みんなが安心して暮らせることを希いながら自己実現を求めて過ごす高年時代・・そしてこれまでに培ってきた知識や経験や技術や資産の多くはしっかりと保持されています。それぞれが持っている潜在力をいかんなく発揮して、地域や職域での新たな「しくみづくり」「居場所づくり」「モノづくり」といった復興とあらたな創造の活動に参画することが求められています。
この難局の中で「S65+」のわれわれがなすべきことは、欧米型の先例に頼ることなく、われわれ独自のプロセスによって史上まれな「日本型高齢社会」を形成することにあります。次回からその構想を提案したいと思います。
hp「S65+」ジャーナル 2011・4・5 掲載
堀内正範(カンファレンス・スーパーバイザー)