「雪中高士」
せっちゅうこうし
ご存じ松竹梅の三つを「歳寒三友」という。多くの植物が厳冬のさなかに息をひそめても、松と竹は姿あせずに過ごし、梅は寒中に花を咲かせる。三品の格を日中ともに高位の松から梅にいたるとするが甲乙はつけがたい。
「歳寒三友」は詩画はもちろん、磁器や織物の意匠としても好まれて名品を生んできた。だれもが親しい三友を持って暮らしている。
「雪中高士」というのは、雪中の梅の木を高潔の士に見立ててのもの。雪中の梅はたたずまいも花も香もよく、とくに寒に耐えて命を保つ風情は節を持する高士と呼ぶにふさわしい。
「梅花」九首のうちにこう詠じた明初の詩人高啓は、のち「十の行人去りて九は還らず、自ら知る清徹もとより愧じるなし」と覚悟して連座の死に赴いた。
高啓と花といえば、よく吟じられる「水を渡り復た水を渡る、花を看還た花を看る」(「胡隠君を尋ぬ」から)が有名だが、この花は春風江上の路でなので、江南の桃李であろう。
『高青邱詩集「梅花」』から