居場所づくり(地域大学校)-「いなみ野学園」

居場所づくり(地域大学校)
「いなみ野学園」にみる高齢社会の人材養成                       
市町村合併と人材養成のかかわり
これまでの自治体合併の大義のひとつは、地域の発展を担う人材の養成にあった。
「明治の大合併」のときには、わが村の小学校が合併のシンボルとされた。村立の「尋常小学校」は子どもたちに多くの夢を与えた。その夢はいつしかお国のためとなり、半世紀の後には戦争へと子どもたちを駆り立てていったが。
(300~500戸の村に1校。教育、戸籍、徴税、土木、救済など。7万1314町村が39市1万5820町村に。明治21=1888年~明治22=1889年)。
「昭和の大合併」のときには、わが町の中学校が合併のシンボルとされた。子どもたちは町立の「新制中学校」を卒業すると、地元に残るよりも都会へ出ていって国の復興と高度成長の担い手となった。
(8000人の町に1校。教育、消防、保健衛生など。昭和28=1953~昭和31=1956年。9868市町村が3975市町村に)
さて「平成の大合併」(1000基礎自治体、12万人をめざす)で、新しい市は何を教育のシンボルにしようとしたか。合併のステップからいうと、人材教育については、単純化していえば、レベルとしては「わが市の大学校」が期待された。ただし「少子・高齢化」時代の養成対象としては、長い高齢期を地域で暮らすことになる高齢者であることも予測された。すでに先進的な「高年者大学校」の事例(兵庫県「いなみ野学園」など)はあったから、将来の地域発展のために活躍する人材を育成するために、地域性を加味したカリキュラムで構成される「地域高年者(シニア)大学校」が合併協議のなかで検討されても不思議ではなかった。
しかし財政難のもとでの合併協議の課題は、「地方分権」「生活圏の広域化」「少子・高齢化」であったものの、「少子・高齢化」については、どこも将来の社会保障サービスの低下への危惧が指摘され、生涯学習の充実とシルバー人材センターの拡充が当面の対応とされたが、「国土の均衡ある発展」から「個性ある地域の発展」(まちづくり)のための高齢者の知識・技芸を活かした養成機関の検討が広くなされることはなかった。
「平成の大合併」といわれた全国規模の市町村合併協議は、平成18(2006)年3月に一段落した。平成11(1999)年3月にあった3232の市(670)町(1994)村(568)は、平成18(2006)年3月には1821の市(777)町(846)村(198)になった。合併特例法(新法)による県主導での第2ステージがその後も続いている。
自治体合併の成果はこれからである。地域の風土・伝統の特徴を知り、それを活かした地域の再生・発展をはかるのは、どこもこれからである。そのための高齢者人材は欠かせない。地域大学校の成立の遅速は、地域発展の差となって現れるだろう。
先進的な「地域シニア大学校」の事例
まずは県レベルでの成功事例を、兵庫県が全国に先駆けて昭和44(1969)年に開設した高齢者大学校である「いなみ野学園」(加古川市)に見てみたい。
4年制の「高齢者大学講座」それに2年制の「大学院」があって、約1400人の高齢大学生が学んでいる。
中心になっているのは、4年制の「高齢者大学講座」で、生涯学習を通じて仲間づくりをするとともに、新しい生き方を創造し、地域社会の発展に寄与できるよう総合的、体系的な学習機会を提供するのが趣旨。運営は財団法人兵庫県生きがい創造協会。
資格は60歳以上の県在住者。入学金6000円、学習・教材費年額5万円(平成24年度)。障害保険2000円。
登校日は週1日、年間30回で120時間。専門学科は「園芸」、「健康福祉(健康づくり)」、「文化」、「陶芸」の4学科。専門学科別学習と教養講座を履修する。
朝の体操(9:40)からはじまり、午前は教養講座、午後は専門講座である。
学園の昼の食堂周辺は人生論に花が咲く。また週1回(水曜)はクラブ活動の日。30種余。囲碁、園芸、絵画、華道、ゲートボール、コーラス、ゴルフ、茶道、詩吟、写真、書道、水墨画、短歌、社交ダンス、テニス、能面、俳句、舞踊、盆栽、民謡、謡曲、表装、歌謡曲、探訪、英会話、グラウンド・ゴルフ、川柳、インターネット、太極拳、手描き友禅、将棋など。
「いなみ野学園」の何が優れているのかというと、専門講座の4つの学科にある。
・健康福祉科(健康づくり科)―健康な高齢者がもっている興味と実状を含めて福祉の
方に組み込む。卒業生は健常な高齢者として体の弱い人たちとの交流、ボランティア
活動に積極的に参加。高齢者が元気で活動してくれることが自治体にとって負担がな
いことになる。
・文化学科―郷土の歴史、伝統、文化を守りながら勉強する。そこで、卒業生はそれぞ
れの地元の伝統や歴史を研究し守っていくようになる。まちの年中行事が安定して遂
行されるようになる。
・園芸学科―自分の庭の草花、菜園、果樹について学ぶ。自家のことに始まり、近所、
公園と緑のまちづくりに繋がっていく。卒業生が多くなるほど街の緑が豊かになり、
大事にされるようになる。(個人も学園も収益を得る活動が可能)
・陶芸学科―手作り技術が得意な人たちによる陶芸を中心にして、他の技芸のうえでつ
ながりを形成する。さまざまな意匠の集積にあたっている。作品によって収益をうる。
(個人も学園も)
それぞれのセクションの講座を学んだ人たちは同窓生として、60歳からの“生涯の友人”をえることができる。また自治体は卒業生が多くなればなるほど「まちづくり」の人材が豊かになる。教養講座ではタカラ・ジェンヌや地元新聞の論説委員や郷土研究者を講師に迎え、税金や財産管理、予防医学など高齢者が興味を持つものをとり上げて工夫をこらしている。
個人には高年期の知識・技術の豊かな人生を、一方で自治体にはまちづくりの人材が増えることになる「いなみ野学園」方式は、単なる生きがい学習で終始している各自治体が学ぶべき先進性をみることができる。
この高齢者大学校のメッカともいうべき「いなみ野学園」にも運営のむずかしさがある。2万4000円であった学習・資料費を一気に6万円にしたところ定員割れを生じたという(24年度は5万円)。ほかの理由もあるであろうが、官民協働による文化事業として継続するためには、一般県民が期待し納得のできる公的な成果が問われることになるのだろう。
「いなみ野学園」は、1999年の「国際高齢者年」にあたって、「いなみ野宣言」(1999年11月19日)をおこなっている。日本高齢者が国際的な視点をもって活動していた「いなみ野学園」があったことは、世界に誇るべきことである。
いなみ野宣言
ここいなみ野学園に集う私たちは、本年を「国際高齢者年」とする国連決議及び高齢者のための国連原則「自立、参加、ケア、自己実現、尊厳」を認識し、「すべての世代のための社会をめざして」意識改革と社会参加及び世代間の交流を図り、共生の精神を高揚させ、希望あふれる21世紀に向けて、次の宣言を行います。
1 高齢期に対する自己及び社会一般の意識改革に努めます。
高齢期に見られる消極的で固定的な意識を改革するため、積極的に多世代との交流を深め、信頼と尊敬を得るよう、夢や生きがいを持って行動します。
2 心身ともに健康で、自立した生活づくりに努めます。
スポーツや食生活の改善を積極的に行い、自他ともに身体的、精神的に自立する健康な生活づくりに努めます。
3 新たな自己発見、自己実現をめざし、社会に貢献するよう努めます。
生涯を通じて学ぶ喜びを持ち続け、自己の可能性を発見し、自己実現に努めながら、地域の文化、伝統を大切にし、永年にわたって身につけた知恵と経験を生かして新しい社会の創造に努めます。
4 地域の人と自然との共生に努めます。
地域の人々との絆を深め、すべての世代が共生する優しい社会づくりと、美しい自然に恵まれた環境づくりに努めます。
5 英知を集め、21世紀へ夢と希望をもって行動します。
平和、平等、人権、地球環境など広く国内外の課題に目を向け、生き生きとした21世紀ビジョンを抱き、夢と希望の灯を高く揚げて行動します。
いなみ野学園ホームページ http://www.eonet.ne.jp/~inamino/guid.html