四字熟語-声振林木 

せいしんりんぼく

「声は林木を振るわす」というのは、歌声があたりに響くと同時に聴く者の心を振るわせるようすをいう。現代の「声振林木」といえば、暮歳の夜の街の並木の梢を飾る電飾を振るわす聖歌が、行く年を元気づけ、来る年に期待する光景といったところだろうか。

秦の声楽家であった薛譚は、歌を秦青に学んだ。まだ師の技能を窮めなかったのにすでに学び尽くしたと思い、辞し去ることを申し出た。秦青はことばで止めず、街外れまで送って、手拍子をうち悲しみの心をこめて別れの歌を歌った。
声は林木を振るわせ、響きは行く雲をとどめたという。類まれな絶唱である。薛譚はあやまちを知り、謝して留まることを求め、その後は終身去ることを口にしなかったという。

人の心を深く打つ歌の力を伝えることばである。歌は子守唄から屋外のライブまでいつでもどこでも人生に力を与えてくれる。欧米で人気の由紀さおりさんのスキャットも林木を振るわせる美しい音色である。 

『列子・湯問』から

四字熟語-各有千秋

かくゆうせんしゅう

「千秋」は千年のこと。「各(おのおの)に千秋有り」というのは、ひとつひとつの物事あるいはひとりひとりの人生にはそれぞれ久遠の流伝があると理解すること。なにごとも探っていくと遠い淵源にたどりつく。

漢の李陵の「与蘇武三首」には、それぞれ天の一隅にあってもはや友人として再び遇えない「三載(三年)は千秋となる」と、重い「千秋」が詠われている。李白や杜甫の「千古絶唱」というべき詩などは時代が明解で、「名流各有千秋あり」ということになる。無名であるわたしたちの人生も、それぞれ千年の来歴をたどりながら現在がある。
三国時代の英傑、曹操・劉備・孫権の違いを「各有千秋」というなどは語感として素直に理解できる。

 しかし現代漢語としては「各有千秋」の意味は軽い。存在価値の違いあるいは特徴や特色ほどの意味合いで軽く広く使われている。こそどろの手法の違いや中年女性の短髪の特徴、車の外観の特色なども「各有千秋」なのである。

趙翼「瓯北誌鈔・絶句」など

丈人論-第1回「エキスポS65+」が開催される<1> 

◎わが国初のシニアの祭典「エキスポS65+」

元気シニアを対象とするわが国初の総合イベント「エキスポS65+」は、幕張メッセを会場として、11月15・16・17日の3日間、開催されました。

11月15日朝、晩秋の明るい陽ざしのなかを、ご夫婦で、グループで、お一人で会場へ急ぐ元気シニアのみなさんの姿がありました。幕張メッセまでの道のりを遠しとせず、各地から来場した高齢者のみなさんの参加によって、「エキスポS65+」は、1999年の「国際高齢者年」以来初めて、高齢先進国・日本の高齢者から、世界のそしてこれから高齢者になる人びとへの「日本高齢社会」形成にむけた具体的なメッセージとなりました。

初日10時からの開会式では、当イベント開催に強い期待を寄せる野田総理からの祝辞が披露されました。「団塊世代」が高齢者(65歳)に達する来年を前にして、10年ぶりに「高齢社会対策大綱」の見直しに着手し、検討にあたって総理が「高齢者の消費をどう活性化していくのか」を基本的な視点に加えるよう指示したことは前回に述べたとおりです。

開会式で披露された各界の方々からの祝辞を紹介しますと、ことし100歳になられた日野原(重明)さんは「75歳以上の高齢者(新老人)が今までやったことのないことに挑戦する」意義を述べられ、米寿の経済人品川(正治)さんは「悲惨な戦争を体験した国民として平和の尊さを次世代に伝承する」願いを訴えられ、学者の小宮山(宏)さんは「高齢社会のモデルをつくることが世界史的な貢献」と目標を示され、高連協両代表である樋口(恵子)さんは「人生100年の初代として力を尽くそう」と呼びかけ、堀田(力)さんは「この祭典が自分の生き方の道案内となること」に期待をかけておられます。これらは本イベントの指針として活かされることになるでしょう。

ひと足先に9時30分に開場した展示エリアでは、すでに来場者と出展社の若い社員とのやりとりで賑わっています。10時30分からはジャーナリスト鳥越(俊太郎)さんの基調講演「歳には、勝てる」、昭和女子大学長坂東(真理子)さんの「さびない人生」、俳人大串(章)さんの「秋の俳句を味わう」と3ステージに分かれて、語りあう広場「フォーラム」が始まりました。

わが国の高齢者が持つすぐれた知識、技術、健康そして資産がみずからのシニアライフに活かされることで、「日本高齢社会」は豊かな内容をもつことになります。そのための「エキスポS65+」が将来にむけて出立できたことを、開催に力を尽くした主催関係のみなさん、出展社、講演・出演者、ウオーク支援者そして趣旨に賛同して訪れたすべての来場者のみなさんとともに心から祝いたいと思います。

それとともに、さらに多くの高齢者に本イベントの趣旨が知られて、力を合わせて苗を穂とし、穂を実としていくよう努めることが何より大切であることを、会場のざわめきの中にいて強く感じたのでした。(次は12月5日)

「S65+」カンファレンス・スーパーバイザー
堀内正範

本の出版 警世の書 現代の「立正安国論」として 『丈人のススメ 日本型高齢社会 -「平和団塊」が国難を救う-』

堀内正範による新著

丈人のススメ 日本型高齢社会 -「平和団塊」が国難を救う-
256ページ  1500円(税別)  2010・7・1発行
武田ランダムハウスジャパン 03-5256-5691
堀内正範による新著 『丈人のススメ 日本型高齢社会 -「平和団塊」が国難を救う-』
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ここには直接「日蓮」の教えを説いてはいない。
終章「高齢社会」ではこう生きたらどうだろう の文中で、
「人ことごとく悪に帰す」という 『立正安国論』 の時代認識を借りて、
750年後の現代日本の世相を考証している。
街談巷議の関心が「シラジラしい善意よりもドスグロい悪意にある」
(売れるが勝ち)として、悪意、悲惨、狂気に満ちた情報を追いかけている
マスコミへの批判を込めた文脈で援用している。
そのうえ襲った3・11大震災と放射能汚染。
この「天災人禍」を合わせた国難を克服するには
日蓮の国難救済への信念に学ばねばという 覚悟から、
[ 現代の「立正安国論」として ] という旗幟を掲げた。
目次
はじめに
* 健丈な高齢者を重視する社会へ
世代交代が声高に叫ばれて
元気なら「みずから生きよ」が国の政策
「国際高齢者年十周年」の成果不在
序章 「高齢社会」ではどう生きたらいいのだろう
* 「高齢化率」二二%は世界最速・最高
「超高齢社会」がふつうの社会
「高齢社会」をみずからの問題として
「社会の高年化」を体現する
* 高年化時代の五つのステージ
「いさぎよい隠退」への異議
高年期のライフ・サイクル
「五つステージ」が人生の舞台
第一章Ⅰ まずは「家庭内の高年化」からはじめねば
* 「マイホーム中心」の時代
マイホームに「マイ」がない
「ツカエナイ親!」とはなんだ
「貯蓄ゼロの日」へのカウント・ダウン
* 専用品をつなぐ暮らしの動線
「マイ・チェア」即座の効用
「高年化コア(核)用品」の候補たち
家庭内の高年化」自己認定
* 近居より「三世代同等同居」が未来型
娘世帯が「実家」へUターン
「暮らしの知恵」を孫に伝える
「三世代同等同居型」住宅をつくる
*  熟成期を共有する「シニア文化圏」
「シニア文化圏」というのは
「語られるシニア文化」の内容
多種多彩な「シニア文化圏」
第一章Ⅱ 暮らしにうるおいをもたらす国産優良品
* 家庭用品の「途上国化」
暮らしの「途上国化」が一気にすすむ
アジア諸国の「日本化」と日本の「途上国化」
「国産優良品」の持つうるおい
* 「足踏み」して待つ熟練高年技術者
生涯現役の跡継ぎ二世の苦悩
「ほどほどの赤字人生」が男子の美学
「待ち受け状況」(閉塞状況)に耐える
* 「高年化国産優良品」の開発に活路
「国産品モニター」としての高年者
「高年化製品経済圏」が日本経済を上支え
「人生の夢、日本の夢」
*  「造る者」と「使う者」の出会い
「シニア用品展示会」の開催
「(仮)日本シニア用品展示会」構想
「(仮)地方シニア用品展示会」への展開
第二章 社員・社友はどこまで企業を守れるのだろう
*  九割中流社会の実現と崩壊
「維新期」「戦後期」「新世紀」の三つの変革期
九割が「中流と感じる社会」を実現
「日本経済の萎縮」をもたらす要因
* 「日本型企業」の特徴と見直し
「日本型企業」の特徴と優越性
「アメリカ型マネジメント」の旋風
持続可能な企業形態につくり直す
* 高年技術者の社内温存
社内に「モラル・ハザード」が広がる
「パラレル・キャリア指向」の有用性
「熟年高年社員・社友」の社内温存
* わが社が誇る「高年化優良品」
「わが社製品の高年化」を試みる
「職場の高年化」が「高年化製品」の基礎
「泉眼型の中小企業」に期待
* 世紀初頭に「第三の立国開化」
「社内ミドル化」と「社内シニア化」を両立
「SWIT型会議」が新・日本型マネジメント
「和の絆」(愛社意識)を組み込む
第三章Ⅰ 日本再生のヒントは「地域の四季」にある
* 地域特性と季節感
「双暦」に慣れる暮らし
高年期は「二五年・百季人生」に
「季節小物」の季節替え
* 「一年」とともに「四季」を折節の基本に
「自作五句」を自己選定
「八方時刻」を使いならす
「祭事・歳事・催事」に参加する
*  時節の変化を楽しむ暮らしの知恵
「倉持家の蔵の中」を覗く
「季節和装」が衣の趣向
「旬菜料理」と「口楽文化」
* 「四季型(通風)住宅」への回帰
「常春型(エアコン)」より「四季型(通風)」へ
「地域の四季」を演出する庭づくり
「外向的街並み」を実現する
第三章Ⅱ 「地域特性のあるまち」に住まう
* わがまちの「高年化地産品」
「日本的よき均等性」の成果
わがまちの「地域特性」を掘り起こす
熟練の手ざわり「高年化地産品」
* ふるさとを代表する「地域シニア会議」
「地域特性のあるまち」にするために
ふるさとの大地を踏み鳴らす
「地域シニア会議」と「地域三世代会議」
* 中心街は「モノと暮らしの情報源」
地域の中心街がシャッター通りに
失われる「地域の顔」
特性を際立たせる活性化
* 買い物と遊歩を楽しむ「四季型中心街」
歩行生活圏の中心に「買い物+遊歩空間」
「地域の四季」を組み込む演出
「三世代四季型中心街」をつくる
第四章  「官僚主導」で軽視されてきた健丈高齢者
* 高齢者は「社会の被扶養者」でいいのか
高齢者を「社会の被扶養者」と位置づける
「高齢化特任大臣」を置けない内閣府
「ユニバーサル・デザイン型」人生への異議
* 「次世代育成支援」に祖父母は不要なのか
「総人口減少」がはじまる
家族総出の子育てが基本
子育て支援の「都市型」と「地方型」
* 「合併新市」はシニア住民の参画を得たか
「平成の大合併」は終わりが始まり
生活圏の広域化と地域化
シニア住民が参画する場所
* 地域の人材養成は「(仮)地域シニア大学校」で
合併の大義は「地域を愛する人材」の養成
「新市の求心力」をどうつくるか
公立の「(仮)地域シニア大学校」
第五章 日本シニアだからできる国際貢献
* 「国際高齢者年十周年」の日本
二〇〇九年は「国際高齢者年十周年」
「高齢者のための国連五原則」
先駆的自治体の「高齢者憲章」
* 平和の証としての「日本国憲法」と「日本高齢社会」
平和と非暴力による「文明間の対話」
世界に誇れる「ふたつの平和の証」
国際平和の下で「憲法施行一〇〇周年」を祝う
終章 「高齢社会」ではこう生きたらどうだろう
* いらない高齢者にならないために
高年化活動への三つの契機
「高年者意識」を立てること
「職域と地域の高年化」の活動
* 高年期の人生を支える力
「日本列島総不況」と「老人力」
「日本高齢社会」と「丈人力」
「老化モデル」と「丈人モデル」
* 「三世代同等型」社会を意識する
「青少年期」(~二四歳)には国際力を養う
「中年期」(二五~四九歳)には「八面六臂」の活躍
「高年前期」(五〇歳代)は「パラレル・ライフ」
* 「時めき人生」と「意のまま人生」
「六〇歳~」は「時めき人生」
「高年後期」(七五歳~)は「意のまま人生」
全人標準としての「日本高齢社会」
おわりに
* 二〇〇〇年遡行の旅
「初志」というよりは「夢」として
日中交流の原点に立って
近・現代の日中交流
* 年たけてまた越ゆべきもの
綺羅星のごとき人びと
年たけてまた越ゆべきもの
本書目次止  本文254ページ
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2010年8月15日のメッセージ
増税(消費税)より前に、社会参画(高齢社会)構想を!!
高齢期を迎えているみなさん、この国は高齢者が暮らしやすい『日本型高齢社会』へ向かっていますか?

ごあいさつ

「平和憲法」と「高齢社会」
2010年8月15日、65回目の終戦記念日を迎えました。前世紀に全世界を巻き込んだ戦争の記憶を、「恐怖の体験」として持つ人びとは65歳より上になりました。「戴白の老も干戈をみず」(髪の白くなった老人も戦争を知らない)という長い平和の時期が、先人の受けた戦禍によってもたらされたことを知らなくては、平和の意味は見失われます。「平和国家」の達成は、大戦の終結とともに国民が選び、世界に誓った「百年の大計」です。
その証は、旗幟のように掲げる「平和憲法」と、日また一日の事実として平和裏に形成する「高齢社会」です。高齢者が安心して暮らすことができ、後人から敬愛を受け、「尊厳」を持って人生を生き抜くことができる社会が、国際的に誇れる「平和の証」の姿です。先人(両親)から託されたこのふたつを輝かせつづけるのは、65年目の今を生きるわれわれのほかにありません。

世界最初の「本格的な高齢社会」を迎えて

ご承知のように、わが国は「世界最速」で高齢化が進んで、世界最初の「本格的な高齢社会」(国際基準・65歳以上の高齢者が21%を超える)を迎えています。にもかかわらず、高齢者(ここでは50歳以上の約5000万人)の存在感が乏しいのはなぜなのでしょうか。理由は、われわれが体現者としての意識をもって高齢期を暮らしやすい「本格的な高齢社会」の創出へと向かっていないからですが、何よりその前提となるはずの政治リーダーによる将来構想がなく、論を張る学者の声は弱く、ジャーナリズムの警鐘も鳴らないのでは、高齢者層から世論の湧きようがありません。

「政不在」ゆえの「官主導」

「官僚主導から政治(国民)主導へ」を掲げて政権党となった民主党に期待があつまっていますが、官僚を攻めたてて事業仕分けをする前に、「政治不在」ゆえの「官僚主導」であったことをまず自省すべきでしょう。政治リーダーに「高齢社会構想」がなかったゆえに、官僚による高齢化対策は、財政難のなかでは「社会保障」が精一杯でした。増えつづける健丈な高齢者に対しては、単純化していえば「元気ならみずから生きよ」として軽視・黙止してきたというのが経緯としての事実です。
その証として、内閣府は「少子化」には「少子化担当特命大臣」を置いて対処しても、「高齢化」に対しては専任の「高齢化担当特命大臣」を置くことができないでいます。これでは「本格的な高齢社会」対策の打ちようがありません。

「二世代+α型」から「三世代同等型」社会へ

国の将来にかかわるテーマで論議をつくすべき参院選後の国会でも、「消費税」と「政治とカネ」が中心で、基本となる「少子・高齢化社会」を論じることはありませんでした。政権党となった民主党の「マニフェスト」には「本格的な高齢社会」についての構想がなく、高齢化政策はいぜんとして医療、介護、福祉といった「社会保障」の範囲にとどまっています。菅首相が掲げる「強い社会保障」も2割ほどの高齢弱者を対象とする「二世代+α型」の施策であり、「青少年」「中年」「高年」が等しく参画する「三世代同等型」社会への視点を欠いています。この「政治不在」が問題です。
5000万人の高齢者層が参画することで達成する「日本型高齢社会」が経済・財政再建の契機であり、「三世代同等型」社会にむかう将来構想を示すことが、誰より国を憂慮する政治リーダーの役目でしょう。各政党に対して、「少子・高齢化社会」構想を提案し、国民の前で議論することを要請しましょう。

「平和団塊」の人びとの参画に期待

いまや先の世界大戦のあと1946~50年に生まれた「平和団塊の世代」(約1000万人)の人びとが還暦・定年の時期を迎えて、「高齢社会」形成の側に加わりつつあります。しごとを続けるにせよ、引退ぐらしをするにせよ、保持している知力、技術力、気力、資力を渋滞させず、萎えさせずに暮らすこと。これは当事者である「国民」の側にとっての問題です。
いま全国に水玉模様のように広がっている「高齢化活動」の力を集積する牙城のひとつとして、ここに「日本丈人の会」(個人参加)と「日本丈風の会」(団体参加)を立ち上げます。ぜひご参加ください。
黙してひっぺがされる(消費税)より、まず動いて参画(高齢化活動)です。
2010・8・15 記  堀内正範   南九十九里にて