四字熟語-正心誠意

せいしんせいい 

「政治に求められるのは、いつの世も『正心誠意』の四文字があるのみです」といって、野田佳彦首相は所信表明演説で勝海舟が政治家の秘訣とした四字熟語を引用した(『氷川清話』から)。が、海舟は同時に「何事でもすべて知行合一でなければいけないよ」とも言っている。それを知る自民党議員からすかさず国会運営の強引さを「言行不一致だ」とせめたてられ、会期を修正して誠意を示した。

海舟の談話や記事を集めて『氷川清話』を発行しベストセラーとした吉本襄が陽明学の普及者であったことからも、出典は明徳を明らかにし天下を平らかにする本末を説く八条目「格物、致知、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下」(『大学』から)のうち「正心誠意」からと知られる。「修身斉家」や「格物致知」もここからきている。

閑話だが、南宋の著名な詩人楊万里は誠斎を号とし「正心誠意」を旨とした。とすれば海江田さんはライバルに同名の万里座右の銘を先に使われたことになる。

 王陽明『伝習録』など

『日本と中国』「四字熟語ものがたり」2011・10・5号
堀内正範 ジャーナリスト

四字熟語-群龍無首

ぐんりゅうむしゅ 

安倍晋三さんから野田佳彦さんまで六人、この国では毎年「首」(首相)をすげかえてきた。無首どころか多首である。虎視して次をねらっている人がいるから、「どじょう宰相」も例外とはならないだろう。

「群龍に首なし」というのは、本来は優れた人びと(龍)が群れを成していながら、それをひけらかさずに補い合う姿のことで、天徳による治世(人民の幸せ)には「吉」であると易に説かれている。
しかし龍にあらざる人間世俗の世界では、「群龍無首」は何も決まらず、先へ進めない意味になる。首をすげかえてなんとか天徳の治に迫ろうとするのだが、われから次の首領をめざす者ばかりだから「多首」となり、すげかえた首では全体が動かない。「群龍」を自在に動かせる「抜類超群」の人物をどうやって選ぶのか。大統領制がそれなのか。

歴代王朝の勃興期と衰微期を生き抜いてきたことばは二面の意味を持つ。ここでは残念だが衰微期の読みのほうに実感がある。 

『周易「乾」』から

『日本と中国』「四字熟語ものがたり」2011・9・25号
堀内正範 ジャーナリスト

四字熟語-知法犯法

ちほうはんぽう 

女子FIFAワールドカップ(ドイツ)で、「なでしこジャパン」がアメリカを制してついに世界一になった。長年辛苦して得た勝利だけに喜びもひとしお。国民栄誉賞受賞も快い。
男子に比べてパワー、スピード、テクニックなどどれも及ばないが、「美しさ」だけは女子のものである。美しさにはフェアな精神的強さといったものもこめられている。

なぜここで「知法犯法」(法を知りて法を犯す)かというと、フェアプレーが前提とされるスポーツの世界なのに、男子サッカーのトップレベルの試合をみていると、反則の犯しあいが勝敗を左右する場面に出くわすからだ。観客も「イエロー・カード」や「レッド・カード」のプレーを了解しながら観戦しているのだから、紳士的なスポーツといえるのかどうか。女子サッカーにはそれがない。試合の快さはそこにある。

法を知って法を犯すこと。小さなそれが常態となっていく風潮に馴らされていくのが恐ろしい。 

『儒林外史「四回」』など

『日本と中国』「四字熟語ものがたり」2011・9・15号
堀内正範 ジャーナリスト

四字熟語-日復一日

にちふくいちにち 

「日復た一日」というのはなにげないことばだが見過ごしてはいけない。ひとかどの事業をなしとげてその継続をはかるには「日復た一日」怠ることのない姿勢が必要だからである。
後漢を興した光武帝劉秀は、皇帝になっても「日復た一日」の勤めを怠ることがなかった。深淵に臨むが如く(如臨深淵)、薄氷を履むが如く(如履薄氷)、日々を過ごした。皇太子の荘が勤労の過ぎるのをみて「優游自寧」を求めたときにも、「これを楽しんでいるのだから疲れはしないのだよ」といって聞かなかった。

西暦五七年正月に倭の奴国王の遣いの奉献を受け、金印を贈ってねぎらったのが最後の勤めとなった。二月初めに六二歳で崩じたからである。幸運にも最後に劉秀に会った外国客だったことで古代日本の事跡が歴史に残ったのである。
皇帝になっても日々務めて生涯を終えた人物は多くない。そんな遠い日のことではなく、わが先輩にもそれに似た人生を送って去っていった人の姿がある。  

『後漢書「光武帝紀」』から

『日本と中国』「四字熟語ものがたり」2011・9・5号
堀内正範 ジャーナリスト

次の首相になる資格

次の首相になる資格。

菅さんは震災後の首相として4つの過ちをおかしました。もちろん、本人は気づいておりませんが。
①福島原発へ飛んだこと、②若い人に後を託したこと、③遍路に出るといったこと。
宰相たるものは、大災難に遭遇したらみずからは現場へ動かず、対応の構想を示して現場は最良の人物に任せること。その人の成果とすべきです。超高齢社会での自分と60歳代の同世代に責任をもつこと、力不足をわびて、身近なすぐれた仲間に引き継ぐところです。そしてやめたらすぐに福島にゆくこと。
最大のあやまちは、④ぐずぐずしたために国民が求めていた政界あげての救国内閣ができなくなってしまったこと。

菅さんの要請発言はあったものの、50歳以下の人たちは誰であれ今回は出る幕ではありません。すぐれた先輩を支える側にまわるべきときです。そう発言して待つこと。それが見識です。

この国の首相は国会議員からしか選べません、それを旨として、まず20世紀後半に活躍し「9割中流」の社会をつくった各界の先輩に支援を求めること。政界の中での騒ぎから遠い賢人の声を聞くこと。そこから震災復興の救国内閣へのステップを踏み出すこと。歴史的視点からみて、そういう人が現れるときであり、本筋をはずしていないその人に注目です。

四字熟語「半部論語」

 半部論語 はんぶのろんご  

『論語』のうち量の半分あるいは内容の半分の理解でよいというもので、『論語』を国学経典として敬う立場からは論外とされる。

この読み方でもっとも有名なのが北宋草創期の宰相趙普で、彼は『論語』しか読まない人物といわれ、政治家として学問の狭さを指摘されていた。そこで太宗(趙匡義)が彼に理由を問う。趙普は「むかしその半を以って太祖(趙匡胤)を輔けて天下を定め、いまその半を以って陛下を輔けて太平を致さんと欲す」と答えた。以後、「半部論語治天下」として用いられる。

近代日本でこの読み方に徹したのが渋沢栄一で、実業に就くことを嘆く友人に、その公益性を「半部の論語」(『論語と算盤』)の読み方で説得した。これまでに孔子学院は世界一〇二カ国・地域に四三九校(七月現在)が開設され中国語・中国文化への国際的関心は高い。が、現政権下ではなお「さまよえる孔子」であり、その間、実業家の理念を支える「半部論語」読みが底流することになる。 

羅大経『鶴林玉露乙編』から

『日本と中国』「四字熟語ものがたり」 2011・8・15号
堀内正範 ジャーナリスト

「オヤノコト.エキスポ」のこと

 内閣府と高連協共催による「平成23年度高齢社会フォーラム・イン・東京」が、ことしは7月17日(日)、東京国際フォーラムで開かれた。(別稿)
 下の展示ホールで、第4回になる「オヤノコト・エキスポ2011」が開かれていて覗いてみた。高齢の親をもつ子ども世代の「親孝行」を応援するというコンセプトで、70社ほどの企業が出展。「暮らしのゾーン」「おでかけのゾーン」「健康・食のゾーン」「生活設計のゾーン」「聴こえのゾーン」「介護・車イスのゾーン」「エンディングのゾーン」の7つのゾーンにわけて、「親のこと」に役立つ商品や情報を提供していた。

 40歳あたりが来場者の中心で、オヤの姿は少ない。隣のホールがウエディングの展示会だったせいもあるのだろう。「高齢社会フォーラム」に出て、高齢期をどう暮らすかを「自分のこと」として議論した当事者からすれば、「オヤノコト」をテーマにする展示会は、コンセプトが違う。あってもいいが、やはり11月幕張メッセで開かれる「s65+」(スーパー65プラス)が、「高齢社会」を自分で考える立場からは本筋に思える。

「原発シニア隊」(福島原発暴発阻止プロジェクト)

「現役世代よりもわれわれが」という思いからの行動である。6月16日(木)に参議院議員会館の一室に集まった80人ほどの高齢者。福島原発での被ばくを覚悟したうえでの現場作業を申し出た「原発シニア隊」(福島原発暴発阻止プロジェクト)のみなさんである。

 呼びかけたのは山田恭暉(やすてる。72。株式会社ニュークリエイト)さん。かつて60年安保を経験し、その後、企業のエンジニアとしてすごした。60歳以上で体力・経験のある人という参加条件で志願者を募ったところ、300人を超える同調者をえた。心意気だけで参加できるわけではない。即戦力の技術・経験の裏付けがいる。

 参加者から「これは戦争」という発言もあって、海外メデイアからは「suicide corps」や「自組敢死隊」という評価もみられるが、「神風特攻隊のような無謀なことはしない、安全に帰ってくることが課題」と山田さんはいう。かなり汚染された環境でのしごとが必要になる。東芝の原発技術者であった折井祥一(68)さんは、「つくったものに責任があるというエンジニアリングシップ」から参加を決めた。家族も納得しているところがいい。

 このニュースは6月19日「テレビ朝日」からだが、今後ニュースになることは少ないだろう。福島原発の過酷な現場に、覚悟を固めた高齢技術者の営為(エンジニアシップ)が加わったことを見落とすわけにはいかない。

四字熟語 「一衣帯水」

一衣帯水
いちいたいすい

「四字熟語ものがたり」のその一は、日中交流の場で親しい「一衣帯水」からはじめたい。

かつて隋の文帝が目前にした衣帯(おび)ほどの水は長江だった。「一衣帯水を限りて之を拯わざるべけんや」といって兵を率いて長江を南に渡った。
行き来に支障がないわけではない水域が隔てているが、それを障害としないで進もうという意思と展望が込められている。

日中間に眼前するさまざまな課題を「衣帯ほどの水」の隔たりとして対応できるのは、命がけで海を渡り往来の歴史を刻んできた幾多の先人の営為が背後で支えてくれているからだ。

一九七二年九月に、「日中両国は一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する」という日中共同声明と田中角栄首相・周恩来総理の力強い握手の姿は今なお新しい。双方にその思いがあって、なしえない課題などありえない。衣帯の間で切らずに「いち・いたいすい」と読むのが自然。

*『南史「陳後主紀」』 

房総沖地震の規模と確率を見直し

 3月11日からひと月めの4月11日、政府の「地震調査委員会」(阿部勝征委員長)は、三陸沖から房総沖(8領域)で将来発生する地震の規模や確率を予測する「長期評価」を見直すと発表しました。今回の「震源域(6領域にわたる)以外の房総沖などの海域でもM7~8の地震が誘発される可能性がある」とし、30年に20%という確率も見直すということになりました。

 この発表の日から九十九里海岸にほど近いわが家の安全性は失われました。同じ太平洋プレートに位置するかぎり、同じレベルの大地震と津波が襲うという覚悟をするしかない立場で、見直しを待つしかありません。6月9日の「地震調査委員会」は多くの内陸活断層にふれましたが、房総沖地震の見直しについては秋ころを目途にするといいます。それまでは発生しないという勝手な理解で安心していましょう。また学者のみなさんが「間に合わなかった」ということはないと信じて。