本の出版に関して
堀内正範による新著
『丈人のススメ 日本型高齢社会 -「平和団塊」が国難を救う-』
256ページ 1500円(税別) 2010・7・1発行
武田ランダムハウスジャパン 03-5256-5691
2010年8月15日のメッセージ
増税(消費税)より前に、
社会参画(高齢社会)構想を!!
高齢期を迎えているみなさん、この国は高齢者が暮らしやすい『日本型高齢社会』へ向かっていますか?
ごあいさつ
「平和憲法」と「高齢社会」
2010年8月15日、65回目の終戦記念日を迎えました。前世紀に全世界を巻き込んだ戦争の記憶を、「恐怖の体験」として持つ人びとは65歳より上になりました。「戴白の老も干戈をみず」(髪の白くなった老人も戦争を知らない)という長い平和の時期が、先人の受けた戦禍によってもたらされたことを知らなくては、平和の意味は見失われます。「平和国家」の達成は、大戦の終結とともに国民が選び、世界に誓った「百年の大計」です。
その証は、旗幟のように掲げる「平和憲法」と、日また一日の事実として平和裏に形成する「高齢社会」です。高齢者が安心して暮らすことができ、後人から敬愛を受け、「尊厳」を持って人生を生き抜くことができる社会が、国際的に誇れる「平和の証」の姿です。先人(両親)から託されたこのふたつを輝かせつづけるのは、65年目の今を生きるわれわれのほかにありません。
世界最初の「本格的な高齢社会」を迎えて
ご承知のように、わが国は「世界最速」で高齢化が進んで、世界最初の「本格的な高齢社会」(国際基準・65歳以上の高齢者が21%を超える)を迎えています。にもかかわらず、高齢者(ここでは50歳以上の約5000万人)の存在感が乏しいのはなぜなのでしょうか。理由は、われわれが体現者としての意識をもって高齢期を暮らしやすい「本格的な高齢社会」の創出へと向かっていないからですが、何よりその前提となるはずの政治リーダーによる将来構想がなく、論を張る学者の声は弱く、ジャーナリズムの警鐘も鳴らないのでは、高齢者層から世論の湧きようがありません。
「政不在」ゆえの「官主導」
「官僚主導から政治(国民)主導へ」を掲げて政権党となった民主党に期待があつまっていますが、官僚を攻めたてて事業仕分けをする前に、「政治不在」ゆえの「官僚主導」であったことをまず自省すべきでしょう。政治リーダーに「高齢社会構想」がなかったゆえに、官僚による高齢化対策は、財政難のなかでは「社会保障」が精一杯でした。増えつづける健丈な高齢者に対しては、単純化していえば「元気ならみずから生きよ」として軽視・黙止してきたというのが経緯としての事実です。
その証として、内閣府は「少子化」には「少子化担当特命大臣」を置いて対処しても、「高齢化」に対しては専任の「高齢化担当特命大臣」を置くことができないでいます。これでは「本格的な高齢社会」対策の打ちようがありません。
「二世代+α型」から「三世代同等型」社会へ
国の将来にかかわるテーマで論議をつくすべき参院選後の国会でも、「消費税」と「政治とカネ」が中心で、基本となる「少子・高齢化社会」を論じることはありませんでした。政権党となった民主党の「マニフェスト」には「本格的な高齢社会」についての構想がなく、高齢化政策はいぜんとして医療、介護、福祉といった「社会保障」の範囲にとどまっています。菅首相が掲げる「強い社会保障」も2割ほどの高齢弱者を対象とする「二世代+α型」の施策であり、「青少年」「中年」「高年」が等しく参画する「三世代同等型」社会への視点を欠いています。この「政治不在」が問題です。
5000万人の高齢者層が参画することで達成する「日本型高齢社会」が経済・財政再建の契機であり、「三世代同等型」社会にむかう将来構想を示すことが、誰より国を憂慮する政治リーダーの役目でしょう。各政党に対して、「少子・高齢化社会」構想を提案し、国民の前で議論することを要請しましょう。
「平和団塊」の人びとの参画に期待
いまや先の世界大戦のあと1946~50年に生まれた「平和団塊の世代」(約1000万人)の人びとが還暦・定年の時期を迎えて、「高齢社会」形成の側に加わりつつあります。しごとを続けるにせよ、引退ぐらしをするにせよ、保持している知力、技術力、気力、資力を渋滞させず、萎えさせずに暮らすこと。これは当事者である「国民」の側にとっての問題です。
いま全国に水玉模様のように広がっている「高齢化活動」の力を集積する牙城のひとつとして、ここに「日本丈人の会」(個人参加)と「日本丈風の会」(団体参加)を立ち上げます。ぜひご参加ください。
黙してひっぺがされる(消費税)より、まず動いて参画(高齢化活動)です。
2010・8・15 記 堀内正範
南九十九里にて