『月刊丈風 高年時代』(日本丈風の会) 2020年6月  記事

庚子 令和(後平成)2年=2020年6月3日  
睦月如月弥生卯月皐月●水無月文月葉月長月神無月霜月師走
立夏5・5小満●芒種6・5夏至6・21小暑大暑立秋
年初から 155日ー211日 残り年末 

 日復一日  アクセス数 43950
すみやかに10万・・の仲間と力を合わせて
「高年期」の新たな課題の解決に当たらねば

かけがえない「人生百年」(30+30+30+
α ) の青少年・成長期 中年・成熟期 
そして高年・円熟期
三世代・三期の日また一日を活かし

「三世代平等長寿社会」

の一隅を担って達成していきましょう。
三世代交流会館 地域生涯学習大学校
「七十古希」から「百齢眉寿」「怒」を「恕」に変えて

みんなで支え合う地域共生社会を

亜起良つぶやき語録 

丈風 緊急事態宣言 6
「新しい生活様式」は「地域共生社会」づくりで

 都心の街頭に人群れが戻ってきましたが、みなマスク姿です。ウイルスが街のどこかに潜んでいるという警戒感は解いていないようです。密にならざるをえない満員電車での通勤は心配にちがいありません。
 ひとりのヒトの命を奪うことも、ひとつの市を封鎖させることも、国境を閉ざさせることも、人類を滅亡させることすらできる“見えざる敵対者”、それが人間ではなく「コロナウイルスCOVID(19)」であることを、わたしたちはそれぞれの対策(闘い)をつうじて知りました。ひとりの人間として住民として市民としてそして国民としても。
 ここでもう一度確認しておきましょう。国際的な知見を有する専門家会議による日また一日の対策提案と、日に夜を継いだ医療従事者のみなさんの献身的な活動と、「東京プロセス」を軸とする“非強制の自粛”に応じて耐えた個々人の存在。それらがなくては7週間・49日での全面解除はありえなかったでしょうし、1000人以下の犠牲者での収束はありえなかったことでしょう。WHOをはじめとする海外からの評価はインクレディブル(信じられない)・レベルであったようです。きょう東京で30人をこえる感染者が発生して「東京アラート」が発令となりますが、都は十分に納得できる対応を見せてくれるでしょう。
「ジャパン・ミラクル(日本の奇跡)」といっていい成果の要因として、高い衛生意識や国民性とともに他に例をみない「平和と平等(非軍事・反格差)」の憲法のもとで養育された日本国民の存在を特記しておかねばならないでしょう。コロナ感染の発現地中国・武漢市の1000万市民へのPCR検査実施という現実との対比において。

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”内需復興”へのチャンスとして

 安倍政権がわたしたちの暮らしの実情に疎いことは、ウイルス対策の「布マスク」にかんして、各戸2枚配布(費用466億円+検査費用)という発想しか持ちえなかったことに現れています。論外であり残念なことです。
 それぞれの自治体が地元で静かに暮らしている高齢のみなさんに手作りをお願いすれば、地元で必要とするほどの枚数はすみやかに確保できたでしょう。遅速はありますが、ここ数年の間に自治体ごとに住民主導で形成されている「地域支援コーディネーター」や「地域協議体」が担えるしごとなのです。なぜ任せられないのか。相も変わらずのタテ割行政では地域が保持する潜在力を活かせないのです。
 国の指針や対策が頼りにならないことは「布マスク(アベノマスク)」がその1例です。ほかにも「新しい生活様式」が必要とする日用品の調達は、これまでのように海外の途上国に全面的に依存するのではなく、地域の住民や中小企業が確保している知識・技術を活かしてこしらえること、“内需復興”の機会が戻ってきていることに注目すべきです。
 アジア開発途上国の民衆の暮らしを近代化(日本化)するために、ヒト・モノ・ノウハウを提供してきた数十年をへて、「百均時代」(安かろう悪かろうの日本製品の劣化。日本の途上国化)が終わろうとしているのです。かつての丈夫で長持ちする優れた日用品(純正のmade in japan製品)の地産地消化を官民協働で摸索して、自治体が横比べで競って進める時期にあるのです。(社の存続をかけて利益を求めて海外に出て現地で労苦した末に赤字で戻った企業による公益として)

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自治体ごとの「地域協議体」を活動の芯に

 ”内需復興”のためにしごとをするのは、そのための知識も技術も資金も意欲も持ち合わせている引退余生で“温存”されて「毎日が日曜日」といわれてきた高年者層のみなさんです。医療介護を受けている人や日常生活に支障が出はじめているフレイル期にある「高齢弱者」を除いた多くの健常なみなさんには、高齢ゆえに「コロナ弱者」とされて現実社会から遠ざけられながら過ごしていた期間、時間にも意欲にも余裕があることを確認していたにちがいありません。やっと主役で登場の場面になったのです。みんなが暮らしやすい「地域共生社会」づくりにその潜在力を活かすチャンスなのです。
 各自治体の「地域協議体」(支え合い会議)は、そのために立ち上がったしくみであり、成立時期と運営に差はありますが、この活動の芯となって住民の潜在力を動員して、地域の特徴を活かした地域にふさわしい「新しい生活様式」のモノとしくみを形づくっていくことになります。アクティブ・シニア(本稿の丈人層)にはその役割も能力もあるのです。みんなで参加して一歩を踏み出せばいいのです。それが「コロナ第二波」対策でのジャパン・ミラクル(日本の奇跡)の達成となるのです。(つづく)2020・6・1 

丈風 緊急事態宣言 5
高年世代と「新しい生活様式」

 5月25日、未知の「コロナウイルス」感染に対する国の「非常事態宣言」は、首都圏・北海道を最後に全面解除されました。4月7日に始まった“見えない人類の敵”との闘いは、7週間・49日にしてひとまず休戦状態になりました。第二波を予見する医療・研究者の側から「 ウイルスとの共生(共存)」という表現がなされています。医療の実態としては正確なのでしょうが、犠牲者を出した国民の立場からすれば違和感をぬぐえません。先陣で闘うとくにファイテングポーズが必要な政治家においておやです。闘いは闘いとして継続しているのです。
  前回に記したことのまとめですが、「パンデミック(世界大流行)」の最中にわが国は「東京プロセス」をモデルとする他国に例をみない対処法、日また一日の“非強制の自粛”をつうじて収束にこぎつけました。何よりも犠牲者を1000人以下の極少にとどめたジャパン・ミラクル(日本の奇跡)として、WHOをふくめて海外で評価されています。これは日本人の衛生意識の高さと国民性の現れとして説明されていますが、70年余にわたって「平和と平等」(非軍事・反差別)の憲法をかかげて養育してきた一人ひとりの生命と人生の尊厳を認め合う国民があって可能な手法なのです。あってもそういう評価が聞こえてこないのは、あって当然の日本自身にその意識が希薄なせいでしょう。

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経済的横流がアメリカから襲

「コロナ騒乱」は各国とも第二波にどう対処するかの課題に移っています。わが国も第二波の襲来を前提にして、モノやしくみといった暮らしを支える「新しい生活様式」を国内でどう形づくるかが議論され、第二波に対する第二次の補正予算が組まれています。
 第二波については、国内での「コロナ第二波」にとどまらず、海外からの到来が懸念されています。第二波としてわが国を襲うのはアメリカ発現の横流です。それは「新型経済クライシス(恐慌)」を憶測させます。反国際協調・一国優先という国際環境下での歴史的悪夢「大恐慌」の再来を想起させるのです。アメリカは歴史から学ぶことができず、歴史を繰り返すのではないか。今はとくにアメリカでの経緯を注視しておく必要があるのです。
 一国優先「アメリカ・ファースト」の大統領トランプによるコロナ対策は、自国ばかりか世界経済を大混乱に陥れることになりかねません。時をおかずその津波に襲われるのが日本経済です。

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「新しい生活様式」に高年世代が参加
 国民は日本政府の「100年に一度」という第二次補正予算の“大盤振る舞い”からその危惧を察知しておかなければなりません。危惧が杞憂でおわれば、よし。そこまでの海外からの横流到来がなくてすんだとしても、おおかたは復旧への予算出動であり、第二波の防備となる「新しい生活様式」の構築へむかっていない(構想がない)ことで、後人への負債を積む”失政”となることは避けられないでしょう。
 これ以上に後人の負担を増やさないためには、どうすればいいのか。第二波の防備となる「新しい生活様式」の構築には、どうすればいいのか。国際的な一国優先の波頭は必ずやってきます。それに耐えうる地域の「新しい生活様式」をそれぞれの地域主導で構想して実現せねばならないのです。次回に詳しく述べますが、20年の考察を経た結論から申せば、それぞれの地域の特徴を活かした生活圏の創出、暮らしをともにしている三世代のみんながすごしやすい「地域共生社会」をこしらえることにあります。世界で初めて史上で初めて成立している「高年世代」として、ジャパン・ミラクル(日本の奇跡)を創出せねばならないのです。(つづく)2020・5・27

丈風 緊急事態宣言 4
「コロナ第二波」と「新しい生活様式」

 中国発現の「新型コロナウイルス・パンデミック(世界大流行)」。これに対してわが国は「東京プロセス」を代表とする他に例をみない日また一日の”非強制の自粛”をつうじて、ひとまず成功のうちに収束にこぎつけようとしています。何よりも死者を極少にとどめたジャパン・ミラクル(日本の奇跡・1000人以下)として。
 国際レベルの知見を有する専門家会議の仔細で正確な判断と医療従事者のみなさんの命がけの献身的な作業があったればこそと特記しておかなければならないでしょう。拍手でもって讃えましょう。
 これは日本人の良き国民性の現れと説明されていますが、それとともに70年余にわたって「平和と平等」(非軍事・反差別)の憲法をかかげて養育してきた国民があって可能な手法なのです。このままスムーズに「東京オリンピック・パラリンピック」開催につなげられれば、わが国の「国際協調」は世界に冠たる”純金の金メダル”に値するものとなるでしょう。そうなることをだれもが望んでいるのですが・・。
「コロナ騒乱」は各国のウイルス閉じ込めによって凪のときを迎えており、各国とも「第二波」のクラスターを押さえた後にどう対処するか、次の課題に移っています。「第二波」の到来を前提にした暮らしを支えるモノやしくみといった「新しい生活様式」を国内でどう形づくるかが問われています。
「新しい生活様式」は、三密を避けたり、ソーシャル・ディスタンスを取り入れたり、マスクや手洗いといったウイルス対策で済むことではないのです。国内の楽観的な希望に反して、反国際協調・一国優先という国際的横流が襲ってくることを想定せねばならないからです。国の「緊急事態宣言」の全面解除後はやれやれといったひとしきりの凪であり、元の暮らしにもどれるという安易な収束にはならない状況をみておく必要があるのです。(「断雨残雲」、なお暗雲が垂れ込めている憶測を含みます)

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第二波は「新型経済クライシス(恐慌)」
 これもまたわが国が発現地ではありません。第二波としてわが国を襲うのはアメリカ発現の横流です。アメリカでの経緯を注視しておく必要があるのです。
 憶測は「新型経済クライシス(恐慌)」です。
 一国優先の「アメリカ・ファースト」のトランプ政権による自粛対策は、中国敵視を強めながら国内の経済活動を縮小化し弱体化して失業者を溢れさせます。その結果、自国ばかりか世界経済を大混乱に陥れることになりかねません。時をおかずその津波に襲われる日本経済への影響はどうなのか? 細部の論立ては専門の方にお願いしますが、歴史は衣装を替えた二流役者によって繰り返されようとしているのです。その兆候はWHO総会に表出されています。
 杞憂ですむならば、よし。わが国は「緊急事態宣言」の全面解除とともに晴れて自粛から解放されて「東京オリンピック・パラリンピック」への準備も再開されるでしょう。「コロナ第二波」としてこういう国際動向も見据えたうえで、どう「新しい生活様式」に取り組むのか、「コロナ弱者」として静観してきた四人にひとりの「高年世代」、われわれの課題でもあるのです。
 1999年の「国際高齢者年」以来、この20年の「高齢化」の動向を見据えてきた本会や同様の視座をもつ団体や個人にとっては、いよいよ来たぞと身構えればいいことですが、安倍政権下で豊かさにまみれて遊び戯れてきた人びとにとっては「晴天霹靂」に感じられるにちがいありません。
「高年世代」のわれわれは、現役世代のようにコロナ感染直前の暮らしに戻ろうとするのではなく、列島総不況になる前の「一億総中流」といわれた全国1万4000か所の商店街が賑わっていたころにまで遡って、何を失ってきたのかを、「新しい生活様式」のモノとしくみを模索するきっかけにする必要があるのです。みずからが現役だったころの街のようすを想いかえしてみてください。 ここからは「雨過天青」、地域での安定した暮らしの構築を提案いたします。(つづく) 2020・5・21

「現役としての学生」であるきみたちに
偏務である「非軍事平和」の継承を望む

 憲法論議は若い世代が憲法成立の経緯を知り、その国際性と偏務性を活かす意識と行動を先人から引き継ぐ機会とすること。70年余り「非軍事平和」を守りつづけてきた「戦禍」を知る先人から「戦禍」を世代伝承しなくては、「平和」しか知らない世代としてこの国の「平和」を保持しつづけることがむずかしいからです。20世紀の「戦禍」を21世紀の「平和」につなげるために、平和の証として長寿人生を享受している「戦後世代(本稿の平和団塊)」のみなさんがその任に当たることになるでしょう。
 漢語の「現役」の原義は兵役に服していること、軍務についている人のことです。ですから「現役の学生」「現役の会社員」「生涯現役」といえば兵役にかかわっている学生、会社員、高齢者のことを意味します。ただし「非軍事平和国家」であるわが国では、「平和の国づくり」に積極的にかかわっている人びとの意味になります。世界大戦の戦禍のあと、歴史の反省としてわが国が国際的に託された偏務事業が「非軍事平和国家」の創出でした。この偏務としての「平和国家づくり」ゆえに兵役がない日本では「現役」の意味合いが異なるのです。

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自主的に「公役」を選ぶ
 青年時に国家・国土・国民のありようを知る「兵役」に符合するのが「公役」です。「兵役」義務のない国の青年が、成年を前にした一時期、平和裏に国を守る意識を共有するために男性はおもに地域・災害のために、女性はおもに介護・福祉の活動をすることで、国家・国土・国民のありようを体験しておくことは「緊急事態(国難)」に対処する国家保持の義務(教育)の一環としてあっていいでしょう。
 こういう「現役としての学生」として、きみたちは国際的に稀有な「非軍事平和国家」の学生として、自主的に「公役」のプロセスを選んでもいいのです。次世代にこういう準備があれば憲法に「緊急事態条項」など不要でしょう。ましてや「九条」に自衛隊を書き加えるということは、世界史のなかの日本の21世紀の役割と輝きを抹消してしまうほどの暴挙なのです。2019・9・3~2020・5・9

丈風 緊急事態宣言 3
「東京プロセス」をジャパン・ミラクルに

 1月に中国武漢に発現して全世界に広がった「新型コロナウイルス感染」。各国は国境をとざして時期を異にしながら「パンデミック(世界大流行)」を迎えたあと、国ごとに異なった対応で防御作戦・出口作戦を展開しています。すでに中国、韓国、ニュージーランドなどは自粛解除の出口に達し、万余の死者を出したヨーロッパ諸国も2次感染を憂慮しながらも自粛を解いています。7万人を超える犠牲者を出したアメリカと日本(死者600人余)が先が見えない警戒地域と解除地域とをかかえながら推移しています。
 日本の場合、特定警戒地域である13都道府県のうち、なかでも「東京プロセス」の成否がすべての評価につながります。その渦中で目立たず騒がずに73回目の「憲法記念日」を迎えましたが、「日本国憲法」がもつ国際性と偏務性の評価が今回の自主民主によるコロナ感染自粛に込められていることを見落とすわけにはいかないのです。ジャパン・ミラクル(日本の奇跡)が「東京プロセス」の成果にかかっているのです。
 目下の国際的時流は国別ウイルス作戦ですが、これまで大戦後に本流であった国際協調に反する動きとして、自国優先の潮流が強まっていることに注目しておく必要があります。とくにアメリカ国内でのコロナウイルス発現元である中国への疑惑と反発は“真珠湾攻撃”(トランプ発言)に比するところまでエスカレートしているのです。

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強制でない自主自粛が国際協調の
「コロナ騒乱」のさなか5月3日は73回目の「憲法記念日」でした。護憲派、改憲派とも大衆集会を開かずに静かな映像メッセージになりました。改憲派のオンライン集会にビデオメッセージを送った安倍首相が憲法を改正して「緊急事態条項」を設ける必要性を力説したことが「私権の制限」として対立議論を呼んだ程度でした。
 安倍首相は5月4日には「新型コロナウイルス感染」の緊急事態宣言の終結にかんして、5月6日を5月末まで延長して、こちらでは強制力によらない国民の自由意思(私権の表現)による終結への期待を述べています。こういう自主民主的な自粛が可能な国民は70年余の「平和と平等」(非軍事・反差別)を掲げる憲法のもとで形成されてきたはずなのですが。
 内向的議論より「日本国憲法」が成立時の事情から付与されている国際性と偏務性を論じることがいま重要です。「非軍事平和」条項は、国際的に関心を寄せて守るべきは、歴史的にはアメリカばかりではなく戦勝国の側の偏務であり、「九条」を掲げた敗戦国日本の偏務は「非軍事平和」に徹した国際モデルの国づくりです。それが8000万余の戦争犠牲者への歴史的反省の証しです。30万人弱のウイルス犠牲者を出している現代の戦略に、わが国はいまこそ「東京プロセス」を通してジャパン・ミラクル(日本の奇跡)を示して、「出口作戦」の好事例を残すときでしょう。非軍事平和国家としての国際協調主義を明らかにするためにも。全国からの支援を東京に集中して成功例をつくってみせなければならないのです。(つづく) 2020・5・7 

今を時めく四字熟語
「非常之人」(ひじょうしじん)2020・5・6
 同時代の常人にはわからない未来の姿を先見的にとらえて、その実現をはかる人を「非常之人」(『史記「司馬相如列伝」』・『三国志「魏書・武帝紀」』など)といいます。
 漢の武帝に司馬相如は、「けだし世には必ず非常の人あり、然る後に非常の事あり。非常の事ありて後に非常の功あり」といいます。まず未萌のうちに行く先を見てしまった「非常の人」が、命をかけてその実現をはかる。「そもそも非常の人、超世の傑と謂うべきなり」と『三国志巻頭の「魏書・武帝紀」に曹操についての評を記しています。「非常の人」によって時代は動き、ひとたび混乱をみますがやがて時を経て混乱は収拾されます。常人ははじめは異として懼れますが、実現されたときには安堵して納得します。
 いま世は新型コロナウイルスに関する非常のとき、しかしいまは情報化の時代、ひとりの英傑が登場するのではなくて、「専門家会議」の提言である「新しい生活様式」について具体例を期待するのではなく、常人が自らの生活のなかで工夫して実行してゆくことで時代は変わるのです。(web連載「円水社+」より)

丈風 緊急事態宣言 2 
「高齢者」はすべて「コロナ弱者」ですか

 今回の「パンデミック」(世界的感染大流行)は、しばらく耐えれば元に戻るといった楽観的なものではなく、まったく異なった「新しい生活様式」(専門家会議の提言)のものになると想定されます。
「緊急事態宣言」の5月31日までの延長は、テレビのニュース番組に、もっと仔細に市民生活の実態を伝える役割への変容をもたらすでしょう。他の番組も今のままでは耐えられなくなるでしょうし、とくにお笑いで優遇されてきたエンタテイメント系の出演者は入れ替わらざるをえない状況になるでしょう。なにより重要な「東京プロセス」が小池都知事の「STEY HOME」のお願いの繰り返しや学者の解説ではすまなくなり、さまざまな立場の人びとの具体的な情報が求められるからです。

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四人にひとりの高齢者の役割
 常連のテレビ出演者はだれも言い出しませんが、高齢者のみなさんはお気づきのことと思います。「新型コロナウイルス」の感染者は20~50歳代が多く、死亡率は70歳代から急上昇するという数値が示されたことで、若手コメンテーターは「高齢者」はすべて「コロナ弱者」として扱っているのです。若者が潜伏期間に知らずに媒介して高齢者に感染を広げてしまうので濃密接触しないようにというのです。善意の即断です。しかしこれで全国の3500万人の高齢者は「コロナ弱者」となり日ごろ病院機能の限界をつくったうえに病院崩壊の元凶とされているのです。緊急期間の延長は子どもと親の介護の負担を現役世代に負わせる場面を想定させます。
 本来であれば、ひと月も学校が休みになるときにこそ、実家のおじいちゃんおばあちゃんのところに孫を避難させるのがなによりなのですが。都民がマイカーでドア・ツー・ドアで「三世代の出会い」のために郷里へ走ってこそソーシャル・ディスタンスであり、「STEY HOME」だったのではないでしょうか。家族内の安全確保をすれば地方でクラスターが起きる心配はほとんどないでしょう。「不要不急」による1000万人の「東京封じ込め」ではなく、4月7日の「緊急事態宣言」までに行動を起こせた人もいたでしょう(お金持ちの別荘逃避でなくとも)。もちろん電話でも映像ででも「三世代の交流」は可能です。そういう場面をもっと放送していいはずなのです。
 強制力によらない民主自主自粛による「東京プロセス」ははじまったばかりです。黙止されている高齢都民の生活感が「新たな生活様式」にかかわってくることはたしかです。(つづく) 2020・5・1~3

丈風 緊急事態宣言 1
「東京プロセス」が「世界コロナ戦」のシンボルに

 中国武漢に発生して世界に波及した新型コロナウイルスによる「感染パンデミック」(世界的大流行)については、国際的にもなお収束の予測がつきません。別項の四字熟語「毛骨悚然」で述べましたが、だれもがわが身への感染のおそろしさに立ちすくむ思いで暮らしています。
 東京都は、ゴールデンウイーク中(4月25日~5月6日)の2週間を「STEY HOME」(小池都知事)として、家庭から動かないで過ごすことがわが身と他者を感染から守る唯一の予防策として、都民に自主自粛を要請しています。
 ですが、病院関係者はわが身を危険にさらしながらも日夜従事せざるをえません。患者増がつづき病院内感染による医療崩壊がおこれば、国内コロナ戦での「東京プロセス」の失敗をもたらし、日本型戦略の敗北を証し、先の大戦後に保持してきた日本の国際的信頼の失墜を招きかねません。
 強制力によらない日本独自での「新型コロナウイルス争乱」への民主自主作戦ははじまったばかりです。

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 各国が独自の戦略で対処
 とくに注意すべきことは、この「世界コロナ戦」が、これまでの国際協力の強力な絆のもとでではなく、アメリカからはじまった逆流の一国優先主義の国際潮流のもとで、それぞれが他国を排除しながら独自にすすめていることにあります。
 感染源についての情報にも「毛骨悚然」が生じています。当初は華南海産物市場とされましたが、そこから三〇キロほど離れた「中国科学院武漢病毒(ウイルス)研究所」がかかわっているという情報が出たからです。SARSやエボラ出血熱のような感染力が強く危険なウイルスのコントロールも可能という世界トップレベルの研究施設なのですが。死者数が5万人を超えて世界最大の被災国となり「パニック」状態に陥っているアメリカはこの研究施設がかかわっていると主張し中国に賠償まで求める構えを示しています。
 温暖化による急速な環境破壊、拡大する原水爆保持、危険をはらむ原発の増設、AIの人類知能凌駕そして重ねて一国優先主義の逆流のなかでの究極の「細菌・ウイルス戦争」・・見えざる戦場での見えざる敵との対峙は、一人ひとりの人間の実存にかかわっているのです。ひしひしと迫ってくるものがあります。

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 日本型民主主義の優位性を証明
 先の大戦ののち70年余り、「軍事と格差」を排して「平和と平等」の国づくりを国際的に託されてきた日本が、21世紀の今回の「世界コロナ騒乱」の舞台で、「東京プロセス」を成功させることによって、日本型民主主義の優位性を証明して危機を脱出し、晴れの国際的舞台である「東京オリンピック・パラリンピック」を迎えることが、国民全体の願いであり努めでもあります。
 とくに先の戦争を生き抜いた先人とともに「1964東京オリンピック」を晴れやかに迎えた高年者層のみなさんは、後人のために「2020東京オリンピック・パラリンピック」を支えて成功裏に残すべき立場にあります。そのために、まずは「STEY HOME」の期間を、保護されるどころか現役長生の「高年世代」としての存在感を示して、「三世代家族」が安心して過ごせるように努めるべきでしょう。安倍政権7年の「若者・女性」主導の経済社会文化のありようを具体的に現実的に変化させて、「三世代平等社会」の存在をそれぞれのご家庭の内で明確にする好機とすべきときなのです。(つづく)2020・4・27

今を時めく四字熟語
「毛骨悚然」(もうこつしょうぜん) 2020・4・22
 中国武漢から始まった新型コロナウイルスによる感染パンデミック(世界的流行)については、感染者ばかりでなくだれもが「毛骨悚然」を実感しています。おそろしさで身の毛立つこと。髪の先から骨の髄まで恐怖にさらされて立ちすくむことを「毛骨悚然」(魯迅『吶喊「社戯」』など)といいます。こういうおぞましい経験は三蔵法師も曹操も魯迅も、だれもがしていますから歴代の事例にこと欠きません。
 感染源についての情報にも「毛骨悚然」が生じています。当初は海鮮市場とされましたが、そこから三〇キロほど離れた「中国科学院武漢病毒(ウイルス)研究所」がかかわっているという情報が出たからです。SARSやエボラ出血熱のような感染力が強く危険なウイルスのコントロールも可能という世界トップレベルの研究施設なのですが。「パニック」状態に陥っているアメリカはこの研究施設がかかわるといい中国に賠償まで求めるかまえ。急速な環境破壊、拡大する原水爆保持、危険をはらむ原発、AIの人類知能凌駕そして細菌戦争。人類究極の「毛骨悚然」がひしひしと迫っているようです。(web連載「円水社+」より)

高年期の暮らしやすい地域づくり 4
エイジング期が重なる高年者と青少年

 多くの高年者は、しごとを終えて後の20年余りの円熟期(人生の第三期)を、そしてほとんどの青少年は、地元の子ども園・小学校・中学校・高等学校にかよって20年弱の成長期(人生の第一期)を、同じ生活圏で過ごしています。「三世代同居住宅」への支援ほどには自治体による世代間交流の活動は進んでいないようです。
 成長期の子どもからすると、街なかやスーパーでお年寄りが増えたという印象なのでしょう。スーパーで、車の運転と食材買い集めが役目の「大腹便便」のよそのおじいちゃんがカートいっぱいにして揚々とレジに向かうかたわらで、おかあさんが一つまたひとつ小計を繰り返しながら買い物をするのを、子どもたちは見ています。うらやましそうにカートを見送るのです。おじいちゃんは街なかでも時折り出会う少年にやさしい目線で会釈を交わして去っていきます。日々はそうして過ぎていきます。次世代との世代交流を考慮しなければならない時期とはわかっているのですが、なにをどこからどうやったらいいのか。

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「三世代交流会館」の現状
 自治体の「三世代交流」活動はどうでしょうか。「三世代交流の集い」や「三世代交流フェスタ」は全国各地で数多く開かれています。継続させるためには高年者側がモノづくり、まちの歴史・文化、趣味などのテーマをもってリードする「地域三世代会議」といったしくみが必要になるでしょう。そこから分野別・世代別の課題を実現する「三世代会議」のための常設の施設「三世代交流会館」がすぐ先に見えています。将来はどこの自治体にも常設されて、「三世代参加のまちづくり」の拠点として機能することになるでしょう。これも高年者(本稿の丈人層)による先手必勝の課題です。
 すでに「三世代交流館」(大洲市、須賀川市、秋田県藤里町)、「三世代交流会館」(大仙市半道寺)、「多世代交流館」(三田市)、「三世代ふれあい館」(土岐市)、「三世代ふれあい交流館」(田村市)、「三世代交流センター」(滝川市)や「三世代交流プラザ」(上越市)、「三世代交流サロン」(新宿区落合)など、三世代の交流をすすめる施設での活動がみられますが、三世代の代表がそれぞれを代表して参加して「まちづくり」を合議する場としての「三世代会館」が常設され運営できるようになれば、お互いを理解しあいながらの「世代交流」(世代交代も)による新しい支え合いが可能になります。三者合同の集会や文化事業の拠点としても有効に機能するでしょう。現在の自治体の課題は「世代交代」ではなく「世代交流」なのですから。
 遅速はあっても、全国の自治体に形成されつつある「地域協議体」によるまちづくりの重要な課題ですし、日ごろの居場所に5人7人の同志が集えば核のひとつになるでしょう。 (止)2020・4・15

今を時めく四字熟語
「心直口快」(しんちょくこうかい)2020・4・15
 心にわだかまりなくことばも爽やかなことを「心直口快」(『文天祥・指南録「紀事詩四首序」』など)といいます。こういうタイプの人の発言には猥雑な世情を吹き飛ばす爽快さがあります。前もって計算しないし得失を比べたりしないし、話し方に角がない。時には壮快な大爆笑を呼んだりします。「口直心快」(『巴金「家」』など)も見かけます。
「新型コロナウイルス」での外出自粛の要請に際しても、黙してお茶を飲んだり読書をしたり愛犬を抱いたりしている首相より、スポーツマンの熱のこもったツイッターに納得できる姿をみます。歴史上では孔子の弟子の子路(仲由)が「心直口快」です。「われ由を得てより悪言耳に聞かず」と師にいわしめています。師を悪くいうものは口はもとより腕にもものをいわせて懲らしめたからです。時に陰湿な権力者の逆鱗にふれて、たとえば魏晋期の風器非常の人嵆康のように、友人を弁護した言論が「放蕩である」という讒言にあって刑死したりすることになりますが。ふたりとも死してなお爽やかです。(web連載「円水社+」より)

「一針見血」(いっしんけんけつ)2020・4・8
 話や文章が直っすぐにテーマの実質に当たっていることを「一針見血」(梁啓超『飲氷室合集「一八・論私徳」』など)といいます。一針による見血ですからほんのわずかですが、それでも血のもつ生命への維持力を確認するには充分です。「武漢加油(ガンバレ)!」の中国で「一針見血」の激励があふれました。かつて毛沢東も文章や講話の空話や套話を打破するにあたってこの「一針見血」(「反対党八股」)を用いています。
 ヒトの皮膚に付着して細胞のなかに侵入して生きようとする新型コロナウイルス(新冠状病毒)と生命体を保持しようとする宿主の細胞内での生命の存続を争う菌戦争というべきもの。武漢の現地では抑え込んだようです。危機管理が複雑なアメリカの対処に関心が集まっています。独自の対応で感染者も死亡者も少ない日本ですが、4月7日に「緊急事態宣言」を発出したばかり、東京での今後の推移に成否がかかっています。
 ヒトの血にかんするこのことばには生命持続への強い願望が託されています。(web連載「円水社+」より)

高年期の暮らしやすい地域づくり 3
中学校区に地域生涯学習大学校を創設

 4月7日、新型コロナウイルスに対する「緊急事態宣言」が発出されました。感染騒動は激しく厳しい時流ですが、本流として底流している「高齢化」問題への対応を遅延させるわけにはいきません。先行高齢化国であるわが国の対策でもっとも遅延しているのが、高齢期の学習対策です。高齢化で先行しているのに先進諸国と同じレベルのリカレント教育では遅れているのです。
 わが国の自治体が時代の要請に応じてこれまでに設立した教育施設としては、明治の「尋常小学校」、大戦後の昭和の「新制中学校」のあと、就学前の幼児保育・教育のための平成の「認定子ども園」があります。
 そしていま高齢者が4人にひとりという長寿時代を迎えて、高齢者層を対象とする令和の「地域生涯学習大学校」の設立が急務となっているのです。海外に前例を探して得られるものではありません。われわれが模索しつつ初めて設立するのですから。
 以下は先駆的事例を参考にしつつ新世紀20年という考察期間を経て得た提案です。
 中学校区単位で学習施設「地域生涯学習大学校」を設けて、60歳~の地域住民を対象にして、独自に地域カリキュラムを組んで、地域活性化のための高年者人材を確保するとともに受講者には25年+の高年期の生きがいと生涯の学友を得る機会を提供します。
 察するところでは、優れた構想力をもつ文科省の現役官僚から同趣旨の事業として提案が出されても、厚労省との調整が必要であり、学制の変更であり、直接の国家事業ではないので、実際にはリカレント教育どまりに。国際的に前例がなく、リスクばかりが多いこんな大胆な教育創出の実務を背負える人物が現われないのでしょう。結局は先駆的な自治体の事例から習って独自に構成することになります。

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先駆的な自治体の事例に習う
 各地(自治体)の地域再生・創生のための高年者人材を養成し確保する施設として全国的な展開が必要です。リカレント学習や公民館学習が個人の生きがいづくり中心なのに対して、60歳以上の地域住民を対象にする施設とすることで、高齢期25年+に必要な知識や技能を習得でき、地域特性を活かしたまちづくりに参画でき、生涯にわたる学友を得ることが可能になります。
 検討を要する課題としては、学校名・運営者・所在地・連絡先・創立年月日・入学資格・修業年・経費・講座内容・卒業後のようす(まちづくり)など。
 先駆的事例として特徴のある「大学校」の例としては、兵庫県いなみ野学園、成田市生涯大学院、江戸川総合人生大学、世田谷区生涯大学シニア・カレッジなどのほか、シマネスクくにびき学園(島根県高齢大学校)、明石市立高齢者大学校あかねが丘学園、姫路市好古学園大学校、橿原市まほろば(高齢者)大学校、千葉県生涯大学校・・などがあります。本会の重要課題として特に力をそそいでいます。議論を起こしましょう。(つづく)2020・4・7

高年期の暮らしやすい地域づくり 2
「居場所や通い場所」の設置

 自主的で独創的な高齢者むけの「居場所・通い場所」が各地に形成されています。みなさんの街にはいかがですか。自治体・団体・個人を問わず、さまざまなそれらの活動の中心にいるのは、地元を愛する高齢者の仲間です。想像力や構想力を働かせて、モノづくりにせよサービスにせよ、地つきの可能性を活かしながら仲間と協力して経営しています。一つひとつの”泉眼”からのようにこんこんと湧くようにして創り出された独自の成果を伝え合って、みずからを豊かにするとともにみんなが楽しめる「居場所・通い場所」をつなぐのが本会の活動のひとつです。みなさんが毎日歩いて通っている「居場所・通い場所」を紹介してください。つないでいきましょう。

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歩いて日々通うのは地元の高齢者
「安歩当車」が最良の健康法

 歩いて日々通うのは地元の高齢者です。その姿を「安歩当車」(『戦国策「斉策四」』など)といいます。「安歩」はゆっくりと歩行すること、「当車」は車で行くのに勝っているということ。古代から貴族は外出にあたって車を用いましたが、一般の者は従容として歩くことで負け惜しみとともにその楽しみと効能を享受しました。貧富にかかわりなくゆっくり歩くことが最良の健康法であることを自得したことばです。「緩歩代車」ともいいます。時代が変わって車が変わっても、「安歩当車」が最良の健康寿命の延伸法であることに変わりがありません。(つづく)2020・4・3

高年期の暮らしやすい地域づくり 1
「高齢者意識」の醸成

 いまみなさんが暮らしている地域の課題になっているのが「共生社会」づくりです。共生には男女平等とともに三世代平等があります。ここで「三世代」というのは、「青少年(~30歳・成長期)・中年(~60歳・成熟期)・高年(~90歳+・円熟期)」の三世代三期のことで、とくに2015年に「高齢化率」(65歳以上の人口比)が25%を超えて史上初めての「高年世代」が成立しているわが国では、「高年者層の社会参加」と「世代交流」が新たな社会形成のかなめになってきているのです。
 にもかかわらず、最近の世情では若者と女性が優先・優遇されているために、多くの「引退余生」期の人びと(老人層)は、元気であっても社会参加の機会に乏しく「高齢資産3金」(年金・貯金・退職金)をたよりにして不本意ながら「毎日が日曜日」と評されるような暮らしをしています。少数派の外向的な「現役長生」の意識をもつ人びと(本稿の丈人層)が、これまでなかった自分たちの生活感性に見合った「もの・サービス・社会のしくみ(居場所など)」をこしらえて、「三世代平等長寿社会」の創出にさきがけ的な役割をはたしているのが現状です。2020・3・27

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自治体に「生活支援コーディネーター」が登場
「現役長生」の高年者層が官民協働で支える
 みなさんの自治体では「高年者層の社会参加」と「世代交流」はいかがでしょうか。
 これまでの支援が必要な高齢者のための介護・医療を中心にした「地域包括支援センター」に加えて、元気な高齢者の暮らしやエンディングを含む地域での「支え合い(互助)」のしくみとして、それぞれの自治体に新たに「生活支援コーディネーター」(地域支え合い推進員)と「地域協議体」が設置されています。既存の社会福祉協議会や老人クラブや民生委員のみなさんととともに地域の「高齢化」にかんする課題をはじめさまざまな住民のニーズに対処しようというのです。この新たな地域生活圏の形成を推し進める活動の主体者として、「現役長生」タイプの健丈な高年住民の参加が要請されているのです。地元の「生活支援コーディネーター」(地域支え合い推進員)を激励してください。
 一人ひとり静かに思い起こしてください。若いころ、1980年ころの地域では当たり前だったお互いさま意識での助け合い、「夜、戸を閉じず」(大同社会の証し)という安心感で満たされていた「一億総中流」のころの地域のありようを経験している高年者のみなさんですから身構える必要はないのです。自治体としては新たな「地域共生社会」づくりに参加してもらい、その経験を再現して世代交流などの場で活かしていただきたいというのが要望なのです。「高年世代」として地域の再生創成を支援しながら、将来の「三世代平等長寿社会」の基盤をつくるという歴史的快挙なのです。
 新型コロナウイルス騒乱は収まるようすがありません。国際的には自国優先がすすみ国際協調が後退し、国情としても「個人優先と格差」が強まる時流のなかで、本流として底流するのが「地域共生社会」づくりです。あの大戦の戦禍のあと70年余り、「平和と平等」を体現してきた高齢者として、自治体が横比べですすめる官民協働の「地域共生社会」づくりの一隅を引き受けて、みずからの「安眠」の場を守る取り組みに参画しようということなのです。(つづく)2020・3・29

高齢者参加による共生社会づくり 5
参加して具体的な課題に取り組む

 高年期にあって「時間と資産」を3分割(自分・家族・社会)して暮らしているアクティブ・シニア(3580万人のうち350万人ほどか)のみなさん。保持している潜在力(「老人力」に対比した本稿の「丈人力」。別項)を結集して、いま全国の市区町村で横比べで進められている「地域共生社会」づくりの事業活動を住民として支援することが最重要の課題となってきました。
 各自治体はこれまで新世紀の20年、「高齢化対策」としては医療・介護・福祉・年金などの「高齢者(ケア)対策」を必死で進めてきましたが、その上に人口の4人にひとりを超えた高齢者層のための「高齢社会(参加)対策」が急務になっているのです。
 ここ数年のあいだにそれぞれの自治体に「生活支援コーディネーター」(地域支え合い推進員)と地域協議体が設置されてきましたが、この新たなしくみを推進する主体が地域住民とくに健丈な高齢者です。具体的な課題の優先順はそれぞれの自治体によって異なりますが、以下のような課題は共通していますので、ここにまとめてみます。
 どうか知るだけではなく、ひとつでも(いくつでも)参加してください。

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自治体による「地域共生社会」事業活動
1 高齢者自身の「参加意識」の醸成、これが基本中の基本です。
2 暮らしや介護やエンディングを含む地域での「支え合い(互助)」。
3 「居場所や通い場所」の設置。(課題の共有。仲間づくり)
4 「生涯学習活動」(地域大学校)のしくみづくり。(高齢人材の確保)
5 「世代交代」ではなく「世代交流」。(同じ地域での三世代構造)
6 「安全な移動」のためのユニバーサル・デザインのまちづくり
7 街なかの並木や生垣や植栽を活かした緑のまちづくり
8 住区から住区への小路をつないだ「歩く小路」の整備。
9 地域の特色を活かした「モノやサービスづくり」。(就業・所得)
10 安定した家並みをつくる「三世代同等同居」住宅の優遇補助。
 次回から個別具体例の検証・検討をいたします。(止。この項をお仲間へ転送をお願いします)2020・3・21

高齢者参加による共生社会づくり 4
暮年の人生の充実のための「共生の文化」

 みんながそれぞれに「平和と平等」(戦禍を胸の奥に)に努めて日々推移して“安居楽業”の社会をこしらえてきた日本が、70年余にしてまた「軍事と格差」の潮流に襲われようとしています。その波頭が個々の地域に迫ろうとしている今、それを体験している高齢者が危機意識をもって保持に動かなければ守れない時が迫っているのです。国際協調から一国優先への逆流は、新型コロナウイルス騒動でいっそう際立とうとしています。
 この”村難”を回避するには、各地域での「共生社会」の創成が急務です。その核芯になる「地域支援コーディネーター(地域支え合い推進員)」と地域協議体が自治体ごとに設置されていて、遅速はあっても横比べで地域の特質を活かした「地域共生社会」の創出が住民活動として進んでいます。その活動の支援のための健丈な高齢者層の参加が必要になっているのです。このまま座して黙止するわけにはいかないのです。
 この「地域共生社会」の創出活動を担っている「さわやか福祉財団」の堀田力会長は、その基となる「共生の文化」についてわかりやすくこういいます。
「『共生の文化』というのはどういうことか。中身に即して簡単にいえば、定年退職をして家に籠っている、外へ出ても行く場所は居酒屋程度、家族で旅行はするけれどもご近所とのつきあいは一切なく、通りで顔をあわせれば目礼するだけ。こういう暮らし方は『恥ずかしい』とみんなが感じる、それを『共生の文化』と呼びたいと思います」(2014年7月29日、内閣府主催「高齢社会フォーラム in 東京」)

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「地域共生社会」づくりが急務
 地域の高齢者が参加協力して、介護者ばかりでなく子どもでも障がい者でも困った人を支え合い助け合うという「共生の社会」が、新しいしくみとして「生活支援コーディネーター」(地域支え合い推進員)と地域協議体を中心にして、通い場所や活性化の核になるワークショップづくりなどで実現しています。とくに日々定まったしごともなく「毎日が日曜日」といった暮らしに慣れ親しんでいる引退余生期の男性層に対して、堀田さんは「月月火水木金金」といった忙しさで全国各地の自治体をまわりながら、暮年の人生の充実のための「共生の文化」による「共生の社会」の創出を説いているのです。
 対応は切迫しています。遅速はあっても自治体ごとの住民に着実に「共生の文化」の意識が醸成され、それを共有した人びとによって「共生の社会」は根づき萌芽し形づくられていこうとしているのです。その達成のために健丈な高齢者層のみなさんに問います。このまま座して黙止するのでしょうか、それとも立って参加するのでしょうか。(つづく)2020・3・15

高齢者参加による共生社会づくり 3
「高齢社会(参加)対策」の実現へ

 支えが必要な高齢者に対する「高齢者(ケア)対策」だけでも国・自治体にとっては並大抵の事業ではなかったのですが、加えて健常な高齢者が増えて「高齢社会(参加)対策」の課題が重なってきているのです。「高齢社会(参加)対策」は社会のしくみにかかわりますから、自治体によって事情が異なります。それゆえに独自の対策が可能ですし必要になりますが、なによりも参加意識をもった高齢者の参加の有無が成否にかかわってきます。
 国は「高齢社会対策大綱」(1996年橋本内閣閣議決定)を用意して実現をはかりましたが、参加意識をもった高齢者層の登場がない時期での実現は進みませんでした。小泉内閣(2001年)、野田内閣(2012年)、最近の安倍内閣(2018年)で大綱は見直されていますが。
 ですから地域住民である高齢者自身の「参加意識」の醸成、これが基本中の基本です。厚労省が中心になって、さわやか福祉財団や社会福祉協議会や生協などの民間団体のリードによって「地域支援コーディネーター」と地域協議体の設置が全国各地で進められており、その活動の中心核になろうとしています。みなさんの自治体はいかがですか。健常な高齢者の出番なのです。(つづく)2020・3・11

高齢者参加による共生社会づくり 2
自治体の「高齢化対策」の欠如

「高齢化対策」には、介護、医療、年金(高齢者3経費)のような高齢者個人にかかわる「高齢者(ケア)対策」とともに、両翼として社会のしくみにかかわる「高齢社会(参加)対策」があります。そのうちの「高齢者(ケア)対策」のほうはこの新世紀の20年、急増する高齢者(支えられる側の弱者)に対応して財政上の負担に苦慮(「社会保障」関連費用)しながらも年々充実させてきました。これはだれもが身近に体験してきたところです。
 とくに1961年にスタートした「国民皆保険」、2000年にスタートした「介護保険」、医療面での各診療科の施設・医療の充実などは高齢者はだれもがその恩恵を受けており、その上で2004年には「100年安心の年金」がいわれました。最近では自治体ごとに「地域包括支援センター」が設けられて、住民が高齢期を安心して暮らせる体制が形づくられています。繁栄社会をつくった功労者として高齢者はその敬愛の対象としてたいせつに扱われており、そのために努めている多くの関係者の誠意・熱意は実感しているところです。
 この成功例とともに、高齢化の進展とともに増えつづけている「支える側の高齢者」の人生にかかわる「高齢社会(参加)対策」として社会のしくみの改革を実現せねばならない時期がやってきているのです。(つづく)2020・3・10

高齢者参加による共生社会づくり  1
国の消費税は「高齢者3経費」の目的税

 いま政府は全世代型の社会保障ということで高齢者を温存から軽視する方向への政策をとろうとしています。高齢期に特化した社会保障を軽視することに沈黙しているわけにはいかないのです。
「高齢化対策」というとき、みなさんは何を思われますか。まずは医療や介護、それから福祉とか年金とか・・。その財源のためにのみ使われる目的税が「消費税」です。この国に平和で平等で格差の少ない豊かな「一億中流」社会をこしらえた功労者である高齢者。その晩年に報いるために「高齢者3経費」(高齢者介護・高齢者医療・年金)としての目的税としてそれ以外に使えないようにしたのは、1999年の自自公政権の宮沢(喜一)大蔵大臣でした。予算編成の土台となる予算総則に「消費税収は社会保障の3経費に充てる」と書き込んでくれているのです。
 それが消費税のはじまりで、3経費に民主党が力を入れた子育て支援を加えた4経費を消費税収の使途と定めたのです。この基礎年金、高齢者医療、介護など社会保障経費の財源に充てると定められた消費税を、何にでも使える一般財源と同じように扱おうとするのがいまの政府の「消費税政策」です。高齢者は温存されていたこれまでから軽視されるこれからに沈黙しているわけにはいかないのです。(つづく)2020・3・9

高齢化率25%+の時代に
三世代(30+30+30+α)」を活かす

どこのスーパーの売り場でも実感できるように、地域生活圏に高齢者の姿が多くなりました。わが国は世界最速で「高齢化」がすすんで、2015年には高齢化率(65歳以上の人口比率)が25%に達しました。住民の4人にひとりが高齢者という新たな時代の幕開けです。(今は28%+で3580万人に)
ということは、「青少年=成長期」(孫世代)と「中年=成熟期」(子ども世代)とともにボリュームとして「高年=円熟期」世代が成立して、「三世代の時代」を迎えていることになります。ここで改めて訴えたい(叫びたい)のは、これまでの「人生65年」という「二世代(20+40+α)」(アルファは被扶養者としての長い余生)時代から、「人生100年」の「三世代(30+30+30+α)」時代 へという高齢化先進国型社会への転換期を迎えているという事実なのです。
三世代平等の長寿時代」をどう迎えて生きるかという新たな課題が、国にも自治体にもそして何より高齢者個人に突きつけられているのです。2020・3・7

平和団塊(戦後)世代が「古希」に 
950万人による史上初の役回り   

 ご存知のように敗戦後の1947(昭和22)年~1949(昭和24)年に生まれた人びと「団塊の世代」(1976年発刊の堺屋太一『団塊の世代』から)は、教育現場や就職、結婚などで、600万人余(平成30年625万人)というボリュームゆえの社会的影響が指摘され納得されてきました。勤めて高度成長を支えて世紀をまたいで高齢者となった「戦後ベビーブーマー」のみなさんが次々に「七十古希」に到達しています。
「古希期」2020年 七〇歳~七四歳 人口は平成30年10月1日統計局推計
生年  干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1950 昭和25 庚寅70 94・9 102・1 朝鮮戦争特需 金へん糸へん 「白い花の咲く頃」
1949 昭和24 己丑71 103・0 111・7 ニコヨン 「青い山脈」「長崎の鐘」
1948 昭和23 戊子72 100・9 110・6 斜陽族 ノルマ 「湯の町エレジー」「異国の丘」
1947 昭和22 丁亥73 94・8 104・5 不逞の輩 ゼネスト 「鐘の鳴る丘」
1946 昭和21 丙戌74 57・9 65・4 象徴 タケノコ生活 「東京の花売り娘」
参考:
1945 昭和20 乙酉75 60・8 70・5 敗戦 ピカドン 一億総懺悔 「リンゴの唄」
2020・3・6

「団塊」から「平和団塊(戦後)」の世代へ 

 本稿で用いている「平和団塊の世代」には、同じく200万人を越えて生まれた1950年と少数とはいえ本稿の課題である「平和」を論じる場では決して存在を無視できない終戦翌年である1946年生まれの人びとを含んでいます(平成30年945万人)。
 この戦後5年間の「平和団塊の世代」が2025年に75歳問題を経てなお「人生100年」をめざして創出する長寿社会(本稿の「三世代平等長寿社会」)の達成が、ニッポン発21世紀オリジナルの「高齢化」モデル事業なのです。2019・12・1修正再録
2043年に「憲法100年」を祝う
「平和団塊」の人びとは、ご両親から「平和」のたいせつさを骨身に刻みこまれ、みずからの長寿人生が「平和」の証であり、普遍的な国際的価値であり、そのための「平和憲法」の保持は欠くことのできない条件であることを体感として理解している人びとです。
 1995年に「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)をめざす「高齢社会対策基本法」が制定された50歳のころには実感はなかったでしょうが、いま70歳に達して納得のいく文言として理解されていると思います。
 ですから「平和団塊」のみなさんは、国際社会に平和を訴える「憲法第九条」と、尊厳ある長寿社会を希求する「高齢社会対策基本法」というふたつの旗印を先人から引き継いで、2043年の「憲法100年」記念祝典をめざして歴史的聖火リレーの途上にあるのです。本稿も熱い思いでその歴史的創造的ステージを見守っているのです。2019・12・3修整再録

「平和団塊」のみなさんの横顔

 ここで「ニッポン発21世紀オリジナル 三世代平等長寿社会」の主役をつとめる「平和団塊」のみなさんの横顔を紹介しておきたい。新聞・TVなどから選ばせていただきましたが、どうか掲載をお恕し願います。

一九四六(昭和二一)年生まれ・七四歳に。
鳳蘭(俳優) 松本健一(作家) 宇崎竜童(歌手) 美川憲一(歌手) 北山修(歌手) 新藤宗幸(政治学) 柏木博(デザイン) 岡林信康(歌手) 堺正章(TVタレント) 坂東真理子(官僚) 田淵幸一(プロ野球) 菅直人(政治家) 秋山仁(数学教育) 藤森照信(建築史) 倍賞美津子(俳優)・・

一九四七(昭和二二)年生まれ・七三歳に。
橋本大二郎(政治家) 衣笠祥雄(野球評論) ビートたけし(TVタレント) 尾崎将司(プロゴルフ) 西郷輝彦(歌手) 鳩山由起夫(政治家) 津島佑子(作家) 千昌夫(歌手) 上原まり(琵琶奏者) 荒俣宏(作家) 中原誠(将棋棋士) 小田和正(歌手)  北方謙三(作家) 金井美恵子(作家) 西田敏行(俳優) 森進一(歌手) 池田理代子(漫画家) 布施明(歌手)・・

一九四八(昭和二三)年生まれ・七二歳に。
高橋三千綱(作家) 毛利衛(宇宙飛行士) 里中満智子(漫画家) 赤川次郎(作家) 五木ひろし(歌手) 赤松広隆(政治家)  江夏豊(プロ野球) 都倉俊一(作曲家) 沢田研二(歌手) 上野千鶴子(女性学) 井上陽水(歌手) 橋爪大三郎(社会学) 糸井重里(コピーライター) 由起さおり(歌手) 舛添要一(都知事) 谷村新司(歌手) 内田光子(ピアニスト)・・

一九四九(昭和二四)年生まれ・七一歳に。
村上春樹(作家) 鴨下一郎(政治家) 林望(国文学) 海江田万里(政治家) 高橋真梨子(歌手) 平野博文(政治家) 武田鉄矢(歌手) 高橋伴明(映画監督) 萩尾望都(漫画家) ガッツ石松(ボクシング) 矢沢栄吉(歌手) 佐藤陽子(バイオリニスト) 堀内孝雄(歌手) 森田健作(政治家) テリー伊藤(演出家)・・

一九五〇(昭和二五)年生まれ・七〇歳・古希に。
残間里江子(プロデューサー) 舘ひろし(俳優) 和田アキ子(歌手) 坂東玉三郎(歌舞伎俳優) 東尾修(プロ野球) 中沢新一(宗教学者) 池上彰(ジャーナリスト) 姜尚中(政治学者) 八代亜紀(歌手) 辺見マリ(俳優) 塩崎恭久(政治家) 梅沢富士男(俳優) 岩合光昭(写真家) 綾小路きみまろ(漫談家) 神田正輝(俳優)・・

 だれもが等しく貧しかった戦後に生まれ育った子どものころの記憶を共有している人びと。そこからそれぞれに個性的な人生をつくりあげ熟成期をすごしている「平和団塊」のみなさんです。2019・12・5修整再録

高齢期を悔いなく過ごすための
90歳代(その4) 80歳代(その3) 70歳代(その2) 60歳代(その1)
長寿時代ライフステージ「賀寿期5歳層」 と高齢期年表 
別男女別人口 流行語・流行歌 人口は平成27年10月1日現在。国勢調査   

長寿時代のライフステージ「賀寿期5歳層 」(2020年基準)
還暦期(六〇~六四歳) 昭和35~31年 還暦六〇(一)歳
禄寿期(六五~六九歳) 昭和30~26年 禄寿六六歳
古希期(七〇~七四歳) 昭和25~21年 古希七〇歳
喜寿期(七五~七九歳) 昭和20~16年 喜寿七七歳
傘寿期(八〇~八四歳) 昭和15~11年 傘寿八〇歳
米寿期(八五~八九歳) 昭和10~ 6年 米寿八八歳
卆寿期(九〇~九四歳) 昭和 5~ 元年 卒寿九〇歳
白寿期(九五~九九歳) 大正14~10年 白寿九九歳
百寿期(一〇〇歳以上) 大正9年以前   百寿一〇〇歳
「人生七十古来稀なり」(杜甫の詩「曲江」から)といわれた「七十古希」はいまやだれもが祝える賀寿となりました。新たな目標である「百齢眉寿」(虞世南「琵琶賦」から)まで、「体・志・行」(生命の三元)に配慮しながら仲間とともに活き活きと暮らす姿が「高齢社会」の姿です。 2020・2・21の修整再録

これより「高年期」(六〇歳代)(2019年基準) その1
「還暦期」(六〇歳~六四歳)
生年   干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1959 昭和34 己亥60 *   *  ご清潔でご誠実で がめつい奴 「黒いはなびら」
1958 昭和33 戊戌61 73・2 75・7 団地族 ハイティーン イカす 「港町十三番地」
1957 昭和32 丁酉62 71・6 72・4 神武景気 よろめき 「有楽町で逢いましょう」
1956 昭和31 丙申63 74・2 75・4 もはや戦後ではない 太陽族 「ここに幸あり」
1955 昭和30 乙未64 74・6 80・4 ノイローゼ 三種の神器 「南国土佐を後にして」
 ・60歳に達して「還暦」を迎えた人びと。戦後10年、「もはや戦後ではない」といわれ、神武景気がはじまったころに生まれました。
「禄寿期」(六五歳~六九歳)
生年   干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1954 昭和29 甲午65 78・3 78・1 ビキニ死の灰 空手チョップ 「五木の子守唄」
1953 昭和28 癸巳66 82・2 84・6 家庭の事情 八頭身 「街のサンドイッチマン」
1952 昭和27 壬辰67 84・9 90・3 血のメーデー 黄変米 ワンマン 「芸者ワルツ」
1951 昭和26 辛卯68 90・1 93・8 平和条約 逆コース 「高原の駅よさようなら」
1950 昭和25 庚寅69 96・8 102・8 朝鮮戦争特需 金へん糸へん 「白い花の咲く頃」
 ・太平洋戦争の戦禍の残るなか朝鮮戦争が起こり特需に沸く。
  以後つづく 制作・堀内正範  2020・2・27

これより「高年期」(七〇歳代)(2019年基準) その2
「古希期」(七〇歳~七四歳)
生年   干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1949 昭和24 己丑70*104・6 111・3 ニコヨン 「青い山脈」「長崎の鐘」
1948 昭和23 戊子71 102・6 111・0 斜陽族 ノルマ 「湯の町エレジー」「異国の丘」
1947 昭和22 丁亥72 98・3 104・2 不逞の輩 ゼネスト 「鐘の鳴る丘」
1946 昭和21 丙戌73 59・0 67・3 象徴 タケノコ生活 「東京の花売り娘」
1945 昭和20 乙酉74 62・6 70・1 敗戦 ピカドン 一億総懺悔 「リンゴの唄」
 ・1945年8月15日、無条件降伏。1947~49年生まれ「団塊の世代」
「喜寿期」(七五歳~七九歳)
生年   干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1944 昭和19 甲申75 75・6 86・6 鬼畜米英 学童疎開 「同期の桜」「お山の杉の子」
1943 昭和18 癸未76 73・2 83・8 撃ちてし止まん 学徒出陣 「若鷲のうた」 
1942 昭和17 壬午77*73・3 86・5 欲しがりません勝つまでは 「南から南から」
1941 昭和16 辛巳78 70・9 84・1 八紘一宇 国民学校 「めんこい仔馬」「里の秋」
1940 昭和15 庚辰79 63・9 74・3 月月火水木金金 「暁に祈る」「紀元二千六百年」
 ・1941年12月8日太平洋戦争勃発。
  以後つづく 制作・堀内正範  2020・2・29

これより「長命期」(八〇歳代)(2019年基準) その3
「傘寿期」(八〇歳~八四歳)
生年   干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1939 昭和14 己卯80*52・4 65・5 複雑怪奇 靖国の母 「上海の花売り娘」
1938 昭和13 戊寅81 54・6 68・4 対手とせず 大陸の花嫁 「麦と兵隊」「支那の夜」
1937 昭和12 丁丑82 54・4 71・2 国民精神総動員 「別れのブルース」「海ゆかば」
1936 昭和11 丙子83 51・9 70・1 今からでも遅くない 「ああそれなのに」
1935 昭和10 乙亥84 46・8 65・6 人民戦線 暁の超特急 「二人は若い]「野崎小唄」
「米寿期」(八五歳~八九歳)
生年  干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1934 昭和 9 甲戌85 42・3 61・6 明鏡止水 「赤城の子守唄」「国境の町」
1933 昭和 8 癸酉86 40・7 59・0 転向 ファシスト 「東京音頭」「島の娘」
1932 昭和 7 壬申87 36・6 55・6 話せば判る 欠食児童 「影を慕いて」
1931 昭和 6 辛未88*31・7 54・5 生命線 酒は泪か溜息か 「サムライニッポン」
1930 昭和 5 庚午89 27・8 47・5 エロ・グロ・ナンセンス 「祇園小唄」「酋長の娘」
  以後つづく 制作・堀内正範  2020・3・1

これより「長命期」(九〇歳代) (2019年基準) その4
「卒寿期」(九〇歳~九四歳)
生年   干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1929 昭和 4 己巳90*24・5 44・7 大恐慌 大学は出たけれど 「東京行進曲」
1928 昭和 3 戊辰91 20・9 41・4 狭いながらも楽しい我が家「波浮の港」「君恋し」
1927 昭和 2 丁卯92 17・3 37・9 何が彼女をさうさせたか 「ちゃっきり節」
1926 昭和 元 丙寅93 14・5 33・8 文化住宅 モガ・モボ 「ヨサホイ節」「この道」
1925 大正14 乙丑94 11・9 28・5 軍教 ラジオ放送 円タク 「あの町この町」◇「白寿期」(九五歳~九九歳)    
生年 干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1924 大正13 甲子95  8・9 24・2 憲政の常道 メートルデー 「からたちの花」
1923 大正12 癸亥96  5・6 19・8 大震災 流言蜚語 「船頭小唄」「復興節」
1922 大正11 壬戌97  4・5 17・3 恋愛の自由 民衆芸術 赤化 「馬賊の唄」「砂山」
1921 大正10 辛酉98  3・7 13・7 悪家主 プロレタリア 「七つの子」「赤とんぼ」
1920 大正 9 庚申99* 2・4 11・4 国調 示威運動「聞け万国の労働者」「叱られて」

◇これより「百寿期」(一〇〇歳~)
生年   干支・年齢 人口(男・女)万人 流行語・流行歌
1919 大正 8 己未100* 1・7  7・1 デモクラシー サボ 「背くらべ」「靴が鳴る」
1918 大正 7 戊午101 1・1 5・6  平民宰相 米騒動 赤い鳥 「浜辺の歌」「宵待草」
1917 大正 6 丁巳102  0・78  4・2 きょうは帝劇、あすは三越 「さすらひの唄」
1916 大正 5 丙辰103  0・56 3・0 民本主義 是々非々「サンタルチア」「電車」
1915 大正 4 乙卯104  0・88 6・17 御大典 「恋はやさし」「乾杯の唄」
1914 大正 3 甲寅105 ―― ―― 大正琴「カチューシャの唄」「朧月夜」「故郷」
1913 大正 2 癸丑106 ―― ―― 薩閥 新しい女 「鯉のぼり」「海」「早春譜」
1912 大正 元 壬子107 ―― ―― 大正維新 閥族打倒 「都ぞ弥生」「春の小川」
100歳以上
男 0・88 女 6・17 計7・05万人(2015年10月1日 国勢調査)
男 8331 女 61454 計6万9785人(2018年9月15日 厚労省)
平成30年度「老人の日」の記念行事 百歳高齢者表彰 お祝い状と記念品(銀杯)
男 4442  女 27746   計3万2188人 (前年比144人増)
改元
明治45=大正元 1912・7・30 大正15=昭和元 1926・12・25
昭和64=平成元 1989・1・8  平成31=令和元 2019・5・1 
 制作・堀内正範  2020・3・3 止

「 山川異域 風月同天」
詩句を添え中国へ支援物資を送る

 新型コロナウイルス(新型冠状病毒)の感染拡大で全人代が延期され、発端となった湖北省武漢市はなお交通網遮断による封鎖がつづきます。
 渦中にある武漢市をはじめ各地に日本の交流関係の団体からマスクほかさまざまな支援物資が送られています。その中で中国語検定試験のHSKを行っている日本青少年育成協会が湖北省の湖北高校などに送った物資の箱に記した「山川異域,風月同天」(『全唐詩「巻732長屋」』から)の詩句がネット上で話題になっています。というより政府ができない民衆の不満救済の役目を果たしています。風土は異なっても見上げる中天の月への有情は同じであるというもので、日本をはじめ防疫物資を送ってくれる異域の国々が世界に広がって、中国の民衆は襲来した「病毒」の封じ込めを命運を共にする人類の闘いであり、世界はひとつという意味で支援する側と心情を共有しているのです。
 この「山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」の詩は平安時代に仏教移入をめざした長屋王が、遣唐使に託した1000枚の袈裟に刺繍させたもので、1300年前に鑑真はこれをみて仏縁を感じ日本への渡航の心を固めた(『唐大和上東征伝』から)といいます。
「春回大地」とはいえまだ凍てつく日がつづきますが、元宵節(最初の満月)を終えると次第に春めいてきて「春暖花香」の季節がやってきます。桜の花見は中国にもあって武漢大学キャンパス内の500mほどの桜花大道が有名です。「風月同天」の桜のころまでには病毒騒動が収束することを祈るばかりです。2020・2・25

還暦から百寿まで8段階でたどる
「賀寿期五歳層」のライフステージ
(2020年基準)

 65歳で定年になったころは天寿まではまだ遠いし、しばらくは「毎日が日曜日」で暮らしたいと願い、エンジンをL(ロウ)まで落として暮らしてみたものの、2~3年もすると将来が気になりはじめるようです。健康には不安がないのですが、培ってきた知識や技術が錆びつきだすのに気がつくからです。といって65歳から95歳までの30年の余生をどう過ごしていいのかわからない。日々が空すべりしていきます。
 人生の円熟期である「高年期」(65歳~)の日々を充足して過ごすには、ここに提案する「賀寿期五歳層の8ステージ」の考え方が有効に働くでしょう。
 先人は見定めえない人生の前方に次々に「賀寿」を設けて、個人の長寿を寿いできました。90歳の「卒寿」に達した老師を、白髪になった学生たちが囲んで、お礼やお祝いを点々適々に述べあうのは人生の節目の快い情景です。多くの同年代の仲間とともに励まし合いながら8つのステージを一つまた一つ着実に過ごして百寿期を目指すことになります。みなさんにはあといくつのステージがありますか。

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長寿時代のライフステージ「賀寿期5歳層」(2020年基準)
還暦期(六〇~六四歳) 昭和三五~三一年 還暦六〇(一)歳
禄寿期(六五~六九歳) 昭和三〇~二六年  禄寿六六歳
古希期(七〇~七四歳) 昭和二五~二一年  古希七〇歳
喜寿期(七五~七九歳) 昭和二〇~一六年  喜寿七七歳
傘寿期(八〇~八四歳) 昭和一五~一一年  傘寿八〇歳
米寿期(八五~八九歳) 昭和一〇~ 六年  米寿八八歳
卆寿期(九〇~九四歳) 昭和 五~ 元年  卒寿九〇歳
白寿期(九五~九九歳) 大正一四~一〇年  白寿九九歳
百寿期(一〇〇歳以上) 大正九年以前    百寿一〇〇歳
「人生七十古来稀なり」(杜甫の詩「曲江」から)といわれた「七十古希」はいまやだれもが祝える賀寿となりました。新たな目標である「百齢眉寿」(虞世南「琵琶賦」から)まで、いくつになっても仲間とともに活き活きと暮らす姿が「高齢社会」の姿です。 2020・2・21

内閣内でまったく存在感がない
「高齢社会対策担当大臣」

 みなさんは「高齢社会対策担当大臣」がだれだかご存知ですか。そんな大臣っているの?という人も少なくありません。高齢者(65歳+)が4人にひとり、3500万人に達した新たな社会が到来しているのに、「高齢社会対策基本法」(1995年制定)から25年、対策担当大臣がこれほどまでに存在感をなくしてしまっているのです。
 第四次安倍第二次改造内閣(昨年9月から)では衛藤晟一(せいいち)参議院議員が「一億総活躍・領土問題・沖縄及び北方対策・消費者および食品安全・少子化対策・海洋政策」と併任しているのです。
 内閣府内でも主要な職務として扱われなくなって久しいのです。内部の扱いは「共生社会政策」の一分野として、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)が担当しています。「高齢社会対策担当」の参事官や政策調査員がいるにはいますがこれも併任ですから、「高齢社会対策」を担う太い導線が内閣府内に整っているとはいえないのです。

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腰の据わった専任担当大臣を
「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(基本法前文)を形づくるためには、まずは内閣府内に専任の大物担当大臣を据えて、「高齢社会対策」を担当する部局に人材を配置して太い導線を形成して、事業推進の総括をせねばならないでしょう。「人生100年」の世紀を通じた国際評価につながる対策を講じるべきときなのです。にもかかわらず安倍総理の施政方針に言及がなく、若手の野党議員からは質問すら出ない。国会はその重要性に気づこうとしないのです。
 3500万人の高齢者は全国の津々浦々から声をそろえて衆口一詞、「内閣府に高齢社会対策の専任担当大臣と強力な部局を!」と叫ばねばならないのです。地元選出の議員をとらえて説得して国会に及ぼすのが次の一手です。  2020・2・19

月見草の野球人
野村克也さんが84歳で去世 

 プロ野球人の愛称「ノムさん」野村克也さんが虚血性心不全で去世(1935年6月29日~2020年2月11日。84歳 )しました。
 高校野球では無名の京都府立峰山高校出で1954年に南海にテスト生で入り、捕手として一軍に。戦後初の三冠王、年間本塁打1位の52本、通算打席数1位(1万1970打席)、ベストナイン19回・・。
 同じ時期に常勝巨人で活躍していた長嶋茂雄さん(2月20日に84歳)や王貞治さん(79歳)に比べて下積み苦労人であったことから、「花の中にヒマワリもあれば、人目につかずにひっそりと咲く月見草もある」とみずからいい、「月見草」が野村さんの代名詞となりました。
「ID(important data)野球」は野村さんの創意によるもの。とくにキャッチャーのデータをもとにした判断が試合を左右することから。ヤクルトスワローズの古田敦也捕手はその実現者に。
 奥方より表方の妻「サッチー」沙知代さんあっての野村さんといわれた「婦唱夫随」ぶりが有名で、先立たれて2年2カ月で後追いしてしまいました。2020・2・17

施政7年の安倍総理の脳裏に
高齢者の実人生の姿がない 

 高齢者のみなさん、安倍内閣総理大臣の第201回国会における施政方針演説(2020年1月20日)を聞いて、なにかご自分の胸に響く発言を感じましたか。
”7年7相”があって以来7年の長期政権で、一貫して無視・軽視・黙視してきたもの、それが3500万人に達した「高年世代」の実人生の姿です。配慮がないのでなく、脳裏にないのです。
 施政方針演説で安倍さんは、
「高齢者のうち、8割の方が65歳を超えても働きたいと願っておられます。人生百年時代の到来は大きなチャンスです。働く意欲のある皆さんに、70歳までの就業機会を確保します」
 と、人生100年時代を言い、70歳まで働く機会を確保すると言っても、姿が脳裏にないものですから具体的な内容についての構想が示せないのです。史上新たな「三世代(高齢化)社会」には新たなモノやサービスやしくみが求められています。その創出のための知識や技術は、高齢者自身が培って持っており、それを活用した事業・活動が施政方針の中心として、国会で国民に呼びかけられなければならない時なのです。

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地方改革についても
「若者が将来に夢や希望を持って飛び込んでいくことができる地方創生の新しい時代を」
と言っても、いま同じ地域でともに暮らしている若者と高齢者の世代交流についての言及はありません。地方創生のためにはエイジング(成長期と円熟期)をともにする住民の協力がベースです。全国津々浦々での特徴を活かした創生は、実態の見えない総理の美辞では動きません。
 その一方で、「年金、医療、介護全般にわたる改革」を進めますと言います。高齢者の実人生がまるで見えない首相の全般にわたる改革に期待することはできません。予算委員会での質疑も“桜を見る会”ばかり。安倍施政の偏りと欠落はもっともっと大きいのです。
 安倍総理ばかりか国会の審議にも、
「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(1995年「高齢社会対策基本法」前文)
 へ向かう姿勢が感じられないのです。
 テレビの画面から社会を支えて活き活きと活動しているアクティブ・シニアの姿が消えてから久しくなります。2020・2・15

「一億総活躍」による内需で
丈夫で長持ちする地産日用品が再登場

 青少年も、中年も、高年者も、ともに活き活きと活躍していなければ「一億総活躍」にはなりません。「安居楽業」といいますが、おだやかに暮らせて楽しいしごとがあることが庶民の人生のしあわせです。「非正規雇用」で働くことも「毎日が日曜日」で過ごすことも、しあわせな人生とはいえません。
 健常な高齢期を「安居楽業」で過ごすには、まず泉眼のようにこんこんと湧出する発想をたいせつにすること。家庭や地域の暮らしの中で、「これは」という自分の生活感性に見合ったモノやサービスやしくみを発見・発想・発案したとき、そのままにしないこと。製作が可能な企業(自社でも、本会でも)や個人を探しあてて製品化を要請することです。ひとしきり受け入れてきた「百均商品」に代わって、品質の優れた丈夫で長持ちする地産日用品の再登場の時期なのです。地域を超えた人気用品がつくり出せれば、地域の発案者は名望と実益を得ることになります。今はそういうwin-winが可能な時節なのです。高齢者参加の「一億総活躍」の時代なのです。
 高齢期にある自分の暮らしを快適にすることが、3500万人の高齢者みんなの暮らしを快適にし、それがのちのち“経済伸長”に通じるのだと確信することです。

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製作者で消費者である高齢者
 いまあるしくみに身を細めて付き合うのではなく、これまでにない新たなしくみを「高年世代」としてこしらえること。そのために高齢者が自分たちの生活感性に見合ったモノやサービスやしくみを発見・発想・発案して要請し実現すること。その製作のための技術や知識や経験をもつ企業や個人は必ず地域に存在していて、必ず要望に応じてくれるはず。もしなければ起業まで考慮してもいい。
 製作側のほうは定年延長した熟年社員や引退した社友も参画して成員みんなで愛着をもって新たな自社ブランドの「成熟+円熟」製品OPG(Older Person’s Goods)をつくって世に送り出す。一つひとつは些細・仔細ですが、みんなが横比べで努めることで、ほどなく総体として内需による「一億総活躍」の経済社会を創り出す展開となるでしょう。歴史になかった高齢者主導の社会改革です。
 日本発“高齢製品OPGルネサンス”の幕開けです。
 すでにそういう方向に進んでいる業種としては、コンビニ、配食、介護(ロボット)、ヘルスケア、住宅・不動産、自動車、食品・外食、家具、電気製品、ペット、衣料、化粧品、旅行、スポーツ・フィットネス、出版・・などが知られます。2020・2・13

総不況による「日本途上国化」を終えて
OPG(Older Person’s Goods)で経済伸長 

「建国記念の日」を祝うにあたって、国の将来の姿として祝いたいのにないもの。「三世代」が協力しながらそれぞれに自立して暮らしを楽しむ姿です。
 家庭内や地域の生活圏で、増えつづけた高齢者とともに高齢社会を際立たせる国産品・地産品が、途上国産の「百均商品」と入れ替わって存在感を示していないのです。品質の優れた新たな「成熟+円熟」製品OPG(Older Person’s Goods)が暮らしの中で際立って、史上で初、国際モデルともなるべき「三世代平等長寿社会」の姿へと確実にむかっているはずの時期なのですが。そのための知識も技術も持ち合わせているのですが。
 ひとしきり、アジア地域の途上各国の「日本化」のために引き受けた「日本途上国化」によって「足踏み」(総不況)をしていた各地各界の生産者が、優良OPG新製品の開発に取り組む体勢を整えて、生産者であり消費者である高齢者が長く保持してきた能力を活かしてその一隅を担う。成員みんなが愛着をもって新たな「成熟+円熟」製品OPGをつくって世に送り出す。それを待って享受するのも自立した意識をもつ高齢者層(本稿の丈人層)。そうしてやっと「三世代平等長寿社会」へとむかう姿が見えてくるのです。将来を見据える「一億総活躍」の躍動的な姿を祝いたいのです。

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「平和と平等」でのアジア地域のリーダー
 これまでは途上国時代からつづいてきた若者・中年や女性中心の「成長力」による“経済成長”でした。が、先進高齢化国ではそれにプラスして壮年・高齢者の「成熟力+円熟力」を活かした良質な国産・地産品による“経済伸長”(成長といわない)を展開すること。これは最速で高齢化率25%に達した日本が最初の試行国となるでしょうし、産物は将来の輸出品でもあります。
 いずれは「成熟+円熟」製品OPGがGDPを拡大することになります。そうしてはじめてアジア地域の「グローバル化」のために「足踏み」(総不況)をして待っていたわが国が、「平和と平等」のもとでのアジア地域のリーダーとして歴史的・国際的役割を果たすことになります。各地各界の中小企業が中核になって動き出し、優良新製品の製品化に挑む体勢を整えること。それが水玉模様のように広がったとき、この国の「高齢化社会」の総体が見えてくるのです。
 平和裏での「高齢化」を新世紀の目標に掲げる国連がもっとも期待する国際活動となるでしょう。わたしたちの小さな一歩が世界平和につながっているのです。(賛同される方はこの項をお仲間に転送してください。ねずみ算を信じて。2020・2・11

世代伝承する「戦禍の記憶」
クールジャパンとしての「高齢社会」

 未曾有の戦禍のあと、「平和と平等」を掲げて始まった大戦後の新たな社会づくり。
 1945・昭和20年当時20歳から34歳だった大正生まれの人びとは友人を戦場で失い、焦土に立って、若手としてその担い手となりました。
 両親が大正生まれの戦後っ子「平和団塊」のみなさんは、両親から肌に触れて熱っぽく「戦禍の記憶」を世代伝承されています。いま歴史に新たな「高齢社会」のしくみを創出しようとしている65歳から75歳の人びとです。一人ひとりが史的に国際的にライトを浴びているのです。
 先輩とともに「一億総中流」を成し遂げたみなさんが新たにこしらえる高齢者のための居場所、通い場所、施設、サービスなどは、おのずから「平和と平等」をバックボーンとして持つしくみとして形成されています。これらは、その後の格差が許容される時代に生まれた後世代の人が、格差社会で苦しみもがいた後にたどり着いて、ほっとする肌合いの温かいしくみとしてつくり出されているはずです。それゆえにこれらは時をへて、「平和と平等」を保持するしくみ・施設として、訪れる外国の人びとにクールジャパンとして評価される質と経緯をもって伝承されていくでしょう。2020・2・9

「月月火水木金金」から「毎日が日曜日」へ
「高齢資金3金」に一喜二憂して 

「月月火水木金金」というのは、国家のために休日なしではげむ日本海軍の艦隊勤務のようすを歌った軍歌のタイトル。戦時中に発売されて戦後も休日返上で働く国民のあいだで広く使われました。
「毎日が日曜日」というのは、読売新聞に1975・昭和50年に連載された城山三郎の小説のタイトルで、高度成長期を支える終身雇用の企業戦士と勤務しながら老後の個人の暮らしに備える人物といった企業中心の人生と個人中心の人生のありようを描いたもの。昨今の高齢化時代に、国家から企業へさらに個人の自己実現へと人生の目標を移した国民の暮らしぶりをいうようになり、社会に関心がうすい定年後の高齢者の生き方を、正社員になれず休日なしに働く若年労働者から実感をこめていわれます。
「高齢資金3金」というのは「貯金・退職金・年金」の高齢者をささえる生活資金のこと。「毎日が日曜日」の日々の家計を実質的にささえており、この個人差が暮らしの格差を生んでいます。
 わが国の高齢者は、戦後75年を「月月火水木金金」から「毎日が日曜日」へ、そのあいだに歴史に稀有な格差の少ない「一億総中流」期を体感して生きてきて、歴史的にも国際的にも稀有な長寿人生を「一喜二憂」しながら過ごしているのです。2020・2・7

高年者が保つ知識・技術を活かして 2
「一品三種」の三世代用品づくり

 高齢者(65歳+)が年ごとに増えつづけて4人にひとりに達して「高年世代」(25%+)が形成されたのが2015年です。新世紀のこの期間に高齢者になった人びと3580万人によって、みずからの生活感性にふさわしいスグレモノ(サービスも)が各地域・各分野でなぜ創出できなかったのでしょうか。知識も技術も人材も資金もあったのに。日常品は次々に途上国製の粗悪品に場を奪われてしまって。
 医療や介護で増えつづけた「支えられる高齢者」とともに増えつづけていた「支える側の高齢者」の人生を軽視してきた政界のリーダーたち。自分たちの世代交代に忙殺されて、将来の社会の姿を見通せなかった歴代政権の無策連鎖が原因なのです。こう指摘されても自分の責任だったと思う政治家はおそらくいないでしょう。高齢社会対策担当の特任大臣でさえも。こちらから名指しはできますが。

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家庭内の三代コーディネート
 そんな失政の犯人探しよりいま急いで有効なのは、モノによる暮らしの充実です。
 ソビエト崩壊後のグローバル化と呼ばれたアメリカ一極集中の自由経済への転回。東西ドイツを中心とするヨーロッパが主でしたが、アジアでは途上諸国の「日本化」が潮流となり、日本企業は資金・ノウハウ・人材を投じて対応することになりました。「日本の途上国化」です。現地での自主生産が可能になれば多くの企業は海外からもどってきます。
 職種にもよりますが、定年延長した高年社員と社友とが協力して、既存の自社ブランドのノウハウを活かして、新たな高年者向けの製品を発想・工夫して製品化すること。既存の売れ筋の青少年(成長期)用、中年者(一般)用に合わせて高年者(成熟+円熟期)用を加えて三世代用の「一品三種」(女性対応があれば四種)の製品化を実現することになります。家庭内の三代コーディネートがテーマです。
「これはわたし(パパ)の、これは家内(ママ)の、これは子ども(わたし)の、そしてこれは孫(Bちゃん)の」。流通経路も可能なかぎり歩行生活圏である旧商店街に確保して。2020・2・5

高年者が保つ知識・技術を活かして  1
品質の優れた国産・地産品の再現 

 ここは本会の事業・活動の芯柱です。どうか眼裏の塵を払って読み考察ねがいます。
 高齢期の暮らしを豊かにする「モノの高齢化」である品質のいい国産・地産製品づくり、高齢者向けの“made in japan”製品づくりに、熟練高齢者が保持している知識・技術が活かされるときがきました。体内に冷凍されてたいせつにときを待っていたはずです。
 高齢者となった人びとによって、みずからの生活感性にふさわしい新たなモノやサービスがなぜ創出されなかったのでしょうか。
* アジアで一国先進国化に成功していた日本の企業は、経済のグローバル化で起こった「途上国の日本化」で海外進出せざるをえなくなり、国内企業は「日本の途上国化」による総不況で足踏みを余儀なくされました。
* 「高齢化」に対する政治的な対策が、「高齢者はすべて被扶養者」という固定的な意識で「支えられる高齢者」のための社会保障のみが対象とされたこと。
* そして肝心の「支える側の高齢者」が、「退職金・貯金」に加えて100年安心の「年金」という「高齢資金3金」に支えられて「毎日が日曜日」と評される生活パターンに入ったからです。

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 一度下げたエンジンをLからMに
 丈夫で長持ちする品質のいい国産・地産製品ができていれば、だれもが肌ざわりのいい良質な国産・地産品に取り囲まれて過ごし、後人や外国人にうらやましがられて、活き活きとエイジング期を過ごすことができていたはずでした。日用品の途上国化によるわが国の中小企業の停滞からの回復には高齢者向けの製品構想が求められます。
 高齢者向けモノとサービスをつくるには、足元から内需を安定させて経済を地域から持続可能(サステナビリティ)にする枢要なエンジンの働きが必要です。始動者はいうまでもなく実現しようとする構想力の旺盛な高齢者です。一度下げたエンジンをL(ロウ)からM(ミドル)にすることで始まります。
 この課題の成果は、日本オリジナルであるとともに国際的に先行する成功事例として「高齢化途上国」が次々に追随してくるにちがいありません。(つづく)2020・2・3

東洋の原理は「生命の常在」 1a
「人生100年」の先方を見通す

     再掲 2019・11・30他よりまとめ
 だれもが納得できる東西文明のありようです。
 西にむかった西洋文明の、「存在」についての原理(西洋の原理)は、「モノと心(神)」の二元論です。2千年紀のあいだ地上に秩序をもたらしましたが、いまや見える存在である「モノ」に関する「進化論」と見えざる「GOD」の複数存在によって、見えざる神同士の対峙と最終兵器の出現によって、人類滅亡の予兆さえもたらしています。とても「人生100年」の先方は見通せません。
 これに対して東にむかった文明の「東洋の原理」は、仏典が明かすように「生命の常在」であり、「ヒト」は「体・性・相」という「三身」(三元論)の存在として認識されています。
 インドの仏陀(ゴータマ・シッダールタ)は、80歳のときに王舎城を出て生地ルンビニーへ向かう途中、クシナーラーで「涅槃」を迎えています。そのとき同行していたいとこの阿難(アーナンダ)に「輪廻」を伝えています。「生命の常在」です。
 中国の孔子は「快力乱神を語らず」と言い、「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」とも言い、「現存する生」の中に歴史も未来も含まれるという立場ですし、荘子は世界は人間のみのものでないことを「万物斉同」として示しています。わが国の「八百万(やおよろず)」の神々は、生を受けたものはみな等しく、お互いの生を認めあうことの表象として存在しています。
「人生100年」は足下から遥かにつづいているのです。2020・2・1a

東洋の原理は「生命の常在」 1b
「健康寿命」(ケア三元)を伸ばすには

 ここではヒトの「生命の常在」を、「体・志・行」の「存在の三元」と表現しています。この三元のほかに人間存在はないというのが「東洋の原理」による生命観で、本稿ではそれをわかりやすく「からだ」と「こころ(ざし)」と「ふるまい」としています。
 これは生活者の立場でいえば「健康」「知識」「技能」の暮らし三元。医療の立場でいえば「疾病」「認知症」「介護」のケア三元となります。
 東洋の原理では、「ヒト」の生命(人生)は「からだ=体」「こころ・こころざし=心・志」「ふるまい=行」という三元の活動としてありつづけるということ。「人生100年」は足下から遥かにつづいています。西洋の原理である「モノ(進化論)と心(神)」の行き止まりに対して。
 ぜひ自得してください。かけがえのない「健康寿命」は、この三元のバランスによって命の躍動としてもたらされることになります。2020・2・1b

地域の特性を活かした形
家並み・街並みとしての住まい

 住まいは「高枕無憂」であること、「安眠」できることが何よりも幸せです。
「住宅」についての最近の実情からみると、国土交通省も各県レベルでも、住民みずからが所有して居住している「三世代同居」住宅を増やすよう努めていることに気づきます。自治体も子どもを安心して育てられる環境整備の手段として、世代間の助け合いを図るための「三世代同居」を促進していますし、税制上の軽減措置が図られています。世紀初めの骨太の方針「特性を活かした地域の発展」が底流になっているようです。ところが”七年七相”の歴代政府が地方政策として掲げて後押ししなかったために、全国の自治体の横比べ事業になっていないのです。

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 三世代住宅への公的支援の不足が民間の「高齢者ホーム」建設の趨勢を助長しているのではと推測されます。健丈な高齢者の潜在能力を活用することなく、高齢期の可能性を押し込めてしまう「高齢者ホーム」(蜂の巣部屋)。それをふやさないで、家並み・街並みとして安定した「三世代同等同居」型住宅(家族の城)を積極支援する方向にむかうべきでしょう。高齢者100年の能力を地域で活用する明確な方向性は、地域100年の変容として姿をあらわすことでしょう。
 人生の終わりの時期に社会的な「自己実現」(国連五原則の一つ)を果たして、後人に敬愛されて、「尊厳」(国連五原則の一つ)をもって「寿終正寝」の姿で最期を迎えられるなら、わが家は最良の「終(つい)のすみか」といえるでしょう。2020・1・31
*参考論考2019:「三世代平等長寿社会」をつくる 第三章 ニッポン発二一世紀オリジナル 家庭・「三世代同等同居」型住宅に住む

1世紀仕様の「三世代同等同居」住宅 
わが家三代の暮らしの知恵をつなぐ

「三世代平等長寿社会」を豊かにするための苗床が「三世代同等同居」型住宅です。次世代の成長を見守るシニアがいて、高齢者をたいせつに思うジュニアが育つ家庭。中年世代の女性がM字型の寿退社なしに一文字就労ができる家庭。お互いのプライバシーを確保しつつ家族として絆を強くしながら、わが家三代の暮らしの知恵をつないでいく「三世代同等同居」。
 
三世代がそれぞれ家庭から外に出て、それぞれ個性ある住民活動を繰り広げる基盤となる「三世代同等同居」型の住宅が、1棟でも多くあるような「家並みづくり」に自治体は配慮すべきでしょう。「高齢化(長寿)の時代」でありその能力を有する高齢者がいる時期の地域対策として、家庭内で保持する個人の能力が外で発揮できるステージをもつ「街並みづくり」を横比べですすめることで、安定した家並み・街並みづくりにも一役をかうことになるでしょう。
 三世代(青少年・中年・高年)が三期(成長・成熟・円熟期)をそれぞれに享受できる家族プライバシーの確保された「三世代同等同居」型の住宅、大柄で堅牢で個性的なセンチュリー住宅が、1棟また1棟と増えていき、子・孫の時代の日本標準住宅になるよう努め合う時期にあるのです。2020・1・27

「終(つい)のすみか」について 
うさぎ小屋から蜂の巣部屋へ

「終(つい)のすみか」については、個人的にさまざまな事情があり希望もあることでしょう。背後にのっぴきならぬ時代の特殊な状況もありますし。
 本稿はここで親・子・孫((例:80・50・20歳)の「三世代」で暮らし、保持している能力を活かしてそれぞれの「自己実現」を果たし、最期は家族に見守られて去世することのできる「三世代同等同居(三同同)」型住宅で暮らすことを提唱しています。
 それと対極近くにあるのが「ケア付き高齢者ホーム」です。大都市周辺で急速にマンション建設がすすめられ、入居も順調で高齢者がもつ資金の流動をつくっているようです。まだ健康なうちに将来の「介護」に不安のない日々を先取りして、独りで暮らしてだれにもケアの負担をかけずに静かに暮らす人生。かつてうさぎ小屋と揶揄された一戸建てでそれでも幸せに暮らして、最期は蜂の巣もどきのワンルーム独居で静かに終わる人生。同じリタイア仲間と慰め励ましあいながら日また一日を送り、時折りたずねてくる家族や友人に会う。「支える側」から「支えられる側」への思慮先行の高齢化投資です。生活のあれこれの利便性に配慮がなされていますが・・。2010・1・25

「平和と平等」から「軍事と格差」へ
転回を拒む「平和団塊」の人びと

「高齢期」に達していることを自覚しているみなさん、とくに先の大戦後に生まれた「平和団塊」(1946~1950年)のほぼ1000万人のみなさんを中心に訴えます。「青少年時代」(~30歳、成長期)は、戦禍からの復興期に貧しくともみんなで豊かになろうと努めました。「平和と平等」指向の国づくりです。それあって30年、歴史にもまれな「一億総中流」の先進社会を現出したのでした。
「中年時代」(~60歳、成熟期)」は、米ソ冷戦の終結、バブル経済の崩壊、途上国の追い上げによる日本の途上国化がありました。非正規雇用、百均商品・・
 そして「高年時代」(~65歳~90歳+、円熟期)は、「七十古希」に達して「毎日が日曜日」と揶揄される余生を余儀なくされています。
 アメリカ主導の「一国優先主義」が国際協調を逆転回させ、国内では「平和と平等」に代わって「軍事と格差」が拡がる兆しをみせています。高齢者率(65歳以上の人口比率)が28%を超えて成立した「高年世代」が存在感を示して「軍事と格差」の芽を摘み、「平和と平等」を体現しつづけて、「三世代平等長寿社会」を創出することが急務です。その拠点のひとつが本会の活動「a三世代平等長寿社会を達成するみんなの会」であり、信頼し合える仲間の集結が必要です。2020・1・23

「三世代平等長寿社会」(論考)

  2020・1・1~1・20 まとめ
  目次
1 だれが「平等」を体現するか(序論)
  「社会の高齢化」が遅延
 「余生」を安眠して暮らせるか(経済)
  一品三種の国産・地産品づくり 
3 国連の「高齢者五原則」が指針(国際)
4 「高齢者対策」と「高齢社会対策」(政策)
  高齢者を温存でなく軽視
5 犍陀多(カンダタ)の話(格差)
6 平和と平等」から「軍事と格差」へ(歴史)
7 後の世代に負債を残さない(将来)
  大地から湧き出るように

1 だれが「平等」を体現するか(序論)
 改元の初年をつつがなく過ごしおえて、新たな年を迎えているみなさんのこの一年に期待して訴えます。とくに高齢期にいると自覚しているみなさんに。
 こと改まって訴えるのは「三世代平等長寿社会」の創出についてです。
 ここで「三世代」というのは、「青少年世代(成長期)」「中年世代(成熟期)」「高年世代(円熟期)」を指しています。あいまいな言い方のようですが、だれもが自分が人生の三期のどこに属しているかは実感としてわかるもの。身近でわかりやすい例としては、孫・子・自分の三代のそれでしょうか。長寿の時代ですから孫・子・自分・親という「四世代平等長寿社会」を想定する人もあって、このほうが問題意識がよりはっきりしていてタイトルとしても刺激的かもしれません。

 たとえば七〇歳の「古希」を迎える“ぶらさがり団塊”のAさん(一九五〇年・昭和二五年生まれ)は、敗戦の戦禍の残るさなか自分を産み育ててくれた九四歳の母(一九二六年・昭和元年生まれ)が健在でおり、団塊ジュニアとともに就職氷河期をかいくぐってきた四五歳の子ども(一九七五年・昭和五〇年生まれ)がおり、これから二一世紀を生きぬく二〇歳の孫(二〇〇〇年・平成一二年生まれ)がいるという四世代同居の一家です。「わたる世間・・」ふうのドラマができそうな家族です。
 とはいえ目下の主要な課題は「三世代平等長寿社会」の達成にあります。「三世代が平等である社会」を、「高齢化」が進行し高齢者が増えている時に合わせて、みんなでそれぞれの家庭と周りの生活圏で達成する。それによってゆくゆくは同時代をともに生きるだれもが安心して暮らせる生活環境を整えようというのが、この表題の趣意ということになります。とくに高齢期を自覚している人には現実に動いている「平等でない社会」の存在が意識されているのでは。

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「社会の高齢化」が遅延
 これまでは「人生六五年」、これからは「人生一〇〇年」というのは、いずれも世にいう人生の到達目標に対する政府の見解です。両者のあいだには明らかな意識の転回がありますから、それに対応しながら本論考の筋書きのほうに視点を動かしてみると、
「二世代(二〇+四〇)+α」型から「三世代(三〇+三〇+三〇)+α」型へ
 という一気の転回になります。
 世代の年数は基準値ですからご自分の実情に合わせて足し引きすればいいでしょう。ただし六五歳から一〇〇歳へと一気に跳んでしまった原因は、新世紀二〇年のあいだの政策不履行の連鎖にあったことは肝に銘じておいてください。
 世にいう「お年寄り」というのは七〇歳からのようですが、七〇歳については、遠く一二五〇年前に五八歳で去世した唐の詩人杜甫が詠んだ「人生七十古来稀なり」(曲江)から七〇歳が「古希」と呼ばれて、長いあいだ賀寿のひとつとされてきました。
 が、いまやだれもが「古希」にたどり着ける「長寿(高齢化)の時代」であることは、スーパーの売り場を眺めても実証されます。課題はそれに見合ったさまざまな場での変容が追いついていないことにあるのです。「人生一〇〇年」で見えてきたことは、より現実的な「七十古希」のみなさんの暮らしに見合う「社会の高齢化」の遅延です。

2 「余生」を安眠して暮らせるか(経済)
 令和(後平成)二年には、一九五〇年・昭和二五年生まれのみなさんが七〇歳の「古希」に、そして終戦の一九四五年・昭和二〇年生まれのみなさんが七五歳の「後期高齢者」に到達します。その間の「団塊世代」を含む戦後生まれのほぼ一〇〇〇万人の人びとが、稀れどころかみんな「丈夫で長持ち」で品質の優れた“made in japan”の日用品よろしく元気に暮らしているのです。
 それぞれが”自己実現“のために日また一日を工夫して多様多彩な人生を送っている「平和団塊」のみなさんです。「一億総動員」した戦争が終わって、「安眠」ができるようになった「平和」の時代に生まれて七〇年余を生きてきた証しとして。
 本来なら、いま日々を過ごしている地域の生活圏で、長年かけて培ってきて今でもたいせつに保っている知識や技術や人脈や資産などを活かして、高齢期の生活感性にふさわしい新たなモノ(サービスも)を製品としてつくり、商品として流通させ、家庭にはいって生活用品として利用しているはずでした。

 そういうモノの変容があってはじめて高齢期のみんなの暮らしを豊かにすることができるからです。ところが日本の一国先進国化にアジア諸国が追随して、途上国の日本化とともに日本の途上国化が「グローバル化経済」のアジアでの潮流となり、心地よい国産・地産製品が息づく和風のわが家とはならずに、いわゆる「百均商品」に囲まれた家庭内途上国化が割って入ったのでした。
 何もなかった敗戦後や復興期の暮らしを知る者としては、遅れて豊かになろうとしている途上国産のやや粗雑な製品に不満はいえませんが、日本ではひととき、品質の確かな国産・地産品に囲まれて、歴史の上で理想とされる「大同社会」の姿である「夜、戸を閉じず」のままでセキュリティなど気にせずに「安眠」できた「一億総中流」の時期を体験しているのです。
 その故あって、高齢者は敗戦後の社会を復興・発展させた功労者として、みんなの善意によって分け隔てなく“被扶養者”として温存されてきたのでした。今も高齢者はだれもが労苦しないですむ「余生」が約束されていると信じて暮らしているのです。ところが新世紀一九年にして、二〇〇〇万円もの生涯生活費の不足が他ならぬ財務省から漏れて出てきているのです。

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一品三種の国産・地産品づくり
 高齢者の暮らしを豊かにするモノの「高齢化変容」である国産・地産製品。品質のいい“made in japan”製品は復活・再生ができるのでしょうか。
「失われなかった二〇年」――高齢者が年々増えつづけて高齢化率二五%(二〇一五年)に達して「高年世代」が形成されたこの期間に、高齢者となった人びとによって、みずからの生活感性にふさわしい新たなモノやサービスが各地域・各分野で創出できていれば、だれもが肌ざわりのいい良質な国産・地産品に取り囲まれて過ごし、後人や外国人にうらやましがられて、活き活きとエイジング期を過ごすことができていたはずでした。
 繰り返しは老齢特性ですから何度もいいますが、新世紀に入って増えつづけた「支える側の高齢者」の人生を軽視してきた政治リーダー。その失政の連鎖が原因なのです。こう指摘してもご自分の責任だと言う政治家はおそらくいないでしょう。こちらから名指しはできますが。

 そんな失政の犯人探しよりいま有効なのは、意識した高齢者の一人ひとりが、あたかも泉眼のようにこんこんと内発する発想をたいせつにすること。
 職種にもよりますが、可能な企業なら高年社員と社友が協力して、既存の自社ブランドのノウハウを活かして新たな高年用の製品を発想・工夫して製品化すること。既存の青少年(成長期)用、中年者(一般)用に合わせて高年者(円熟期)用を加えて三世代用の“一品三種”(女性対応があれば四種)の製品化を実現することにあります。
「これはパパの、これはママの、これはわたくしの、これはBちゃんの」という家庭内用品のファミリー・コーディネートが主要テーマです。
 これまでは途上国とも競い合う若者や女性の「成長力」による“経済成長”でしたが、先進高齢化国ではそれにプラスして、高齢者の「成熟+円熟力」を活かした良質な国産・地産品による“経済伸長”(成長というとまぎらわしい)をどういうふうに展開するかが、企業の実情に合わせた急務となってくるのです。これも日本が最初の試行国となるでしょう。将来の輸出品づくりです。
「高齢者向けモノとサービスをつくる」ことは、足下から内需を安定させ拡大させて経済を持続可能(サステナビリティ)にする枢要なエンジンの働きです。実現者はいうまでもなく、自立し参加し自己実現しようとする高齢者のみなさんです。
 この課題の解決の成果は日本オリジナルであるとともに、国際的に先行する成功事例として「高齢化途上国」が次々に追随してくるにちがいありません。

3 国連の「高齢者五原則」が指針(国際)
 両世紀をまたぐころには世紀の幅でいろいろな議論がなされました。
 そのとき国連は、二一世紀の潮流として国際平和を保ちながら迎える「高齢化」を見通して、一九九九年を「国際高齢者年」(International Year of Older Persons)とし、一〇月一日を「国際高齢者デー」と定めて、高齢者が自立して「すべての世代のための社会をめざす」活動に参加するよう呼びかけたのでした。
 国連の掲げた「高齢者のための五原則」は「自立(independence)・参加(participation)・ケア(care)・自己実現(self-fulfilment)・尊厳(dignity)」です。
 当時わが国は国際的「高齢化マラソン」の先行国グループのなかで、アジア唯一のそれも際立ってスピード・ランナーとして注目されていました。国民の関心も広がって、総務庁をフォーカルポイント(窓口機関)として全国展開をしています。全国の自治体の関連事業は一〇八三件に及び、一〇月一日には東京都庁で記念式典が行われて、就任したばかりの石原慎太郎都知事があいさつをしています。民間団体を結集した高連協は「高齢者憲章」を起草し、九月一五日には東京・大隈講堂で、堀田力代表が報告をしています。憲章は以後の活動の指針となっています。
 国際的にダントツで「高齢化」で先行するわが国は、それから二〇年、先進的な「高齢化対策」のモデル事例を期待されながら、「高齢社会対策」を自然渋滞させてきたのです。世界に先例がないゆえにわがこととして自立・参加して体現する「高年世代」が不在の時期には、対策構想(「高齢社会対策大綱」、一九九六年~)は準備したものの実質的な進展をみませんでした。国際的な指針としての「国連・高齢者五原則」のうち、実感できているのはわずかに「ケア」だけというのが実情なのです。

4 「高齢者対策」と「高齢社会対策」(政策)
 わが国は「高齢化」が世界一という速さで進んで、六五歳以上の高齢者が人口に占める「高齢化率」が二八%を超えました。そこで「高齢化対策」というとき、急増する「支えられる高齢者」を対象にした「高齢者(ケア)対策」のほうはこの二〇年、財政上の負担に苦慮しながら暦年の予算を継いで、国際的レベルを保持してきました。
 ところが一方で同時に急増している「支える側の高齢者」を対象にした「高齢社会(参加)対策」は、一九九六年に「高齢社会対策大綱」として閣議決定(橋本内閣)したものの実現に向かいませんでした。小泉内閣、野田内閣でも見直しは行われていますが、高齢化率七%ごとにといった実態からではなく、機械的に五年ごとの義務付け見直しですから、緊急性うんぬんもいわれて、際立った進展をみませんでした。
「高齢者(ケア)対策」だけでも国・自治体にとっては並大抵の事業ではなかったのですが、加えて「高年世代」の登場とともにこれまで延滞してきた「高齢社会(参加)対策」の課題が重なってきているのです。

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高齢者を温存でなく軽視
「高齢社会(参加)対策」は社会のしくみの変容にかかわりますから、自治体によって事情が異なりますが、それゆえに独自の対策が可能であり必要になります。
 地域で増えつづける元気な高齢者のみなさんが参加しないでいては「少子高齢化」の進行とともに地域活動は萎縮するばかり。多様性(ダイバーシティ)がいわれて女性は八面六臂の活躍ですが、一方で高齢者は「毎日が日曜日」と揶揄されています。自治体の独自の「高齢社会(参加)対策」によって、「労働力減少」ではなく「労働力変容」を成し遂げることができて持続可能な地方経済の伸長が見込まれるのです。
「高齢者(ケア)対策」と「高齢社会(参加)対策」は両翼なのですが、この二〇年は「高齢者(ケア)対策」のみの片肺飛行がつづいているのです。若者と女性の活動による“経済成長”のみに期待し、地域で暮らす元気な高年者のもつ“成熟+円熟力”による“経済伸長”を軽視してきたのです。功労者である高齢者を温存するところが軽視しつづけることになった政策によって、高齢者は世情の逆風にさらされる状態になっているのです。
 かつてみんなが豊かになることをめざした「一億総中流」のために、個人的な預金にまわさず貯蓄ゼロをいとわなかった推進者(中小規模の企業主には借入が残る)が高齢期になって「下流老人」と呼ばれたりしています。社会の内部に亀裂がおこり、「格差」が生じているのです。

5 犍陀多(カンダタ)の話(格差)
 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は一九一八年・大正七年の作品ですから一世紀前のことになります。子ども向けの雑誌『赤い鳥』の創刊号に書いた童話で、お釈迦さまがおいでになる極楽とその対極である地獄との間で、一筋の蜘蛛の糸にすがっている犍陀多が主人公です。もちろん天上が極楽ですから、蜘蛛の糸は極楽から地獄へと垂れていて、犍陀多はその糸にすがって極楽へとむかう途中にいます。
 本人は覚えていないのですが、悪党だった犍陀多がかつて一匹の蜘蛛を踏みつぶさずに助けてやったことがあって、そのことからお釈迦さまは仏界から一本の蜘蛛の糸を下ろして、地獄であえいでいた犍陀多を救ってやろうというのです。上へいけば極楽へたどりつき、落ちればまた地獄という中間で、犍陀多が下をみると、蜘蛛の糸にすがって蟻のように後から後から罪びとたちが昇ってきます。
 極楽へつながるのは一筋の細い蜘蛛の糸。たくさんの人がぶらさがっては重さに耐えきれずに糸は切れてしまう。悪党ですからとっさに自分の下で糸を切ることくらい思いついたとしても不思議ではないのですが、作家は犍陀多にそんなことをさせるいとまを与えません。犍陀多は地獄に落ちていくことになります。

 じつは芥川のこの『蜘蛛の糸』の話には元ネタがあって、鈴木大拙が訳したポール・ケーラス著『カルマ(因果の小車)』からモチーフを得ているのです。やはり仏陀に「この糸を便りて昇り来たれ」といわれて、犍陀多は極楽へとむかいます。が、同じように後から後から糸にすがって昇ってくる人びとに気づいて、「去れ去れ、この糸はわがものなり」と絶叫するところで糸が切れて地獄へ落ちていきます。
「自分だけは」と願ったゆえに地獄へ落ちていく犍陀多を見る大拙と龍之介とが感じていたところは同じではないでしょう。大拙が関心を持つのはひとりの凡夫としての犍陀多の心の動きであり、芥川が「極楽と地獄」という対極を明確に示したのは、おそらくは当時、鋭敏な作家の眼前で広がりつつあった「格差」を表現したかったからにちがいないからです。

6 「平和と平等」から「軍事と格差」へ(歴史)
 極楽は『蜘蛛の糸』で芥川が表現するように、単調でつまらなそうに思えます。自分を理解してくれるような仲間はいなそうで。地獄から極楽までたどる途中に他に何か別の世界があるはずで、できることならそこで下からくる連中に糸をくれてやって塗中下車してもいいと思った人もあることでしょう。
 そののち「天災=地獄」である関東大震災(一九二三年・大正一二年)に遭遇して、芥川は東京下町のふるさとが焼尽する「地獄」をみ、「唯ぼんやりした不安」に襲われます。のちの時代の「人禍=地獄」となる「大東亜戦争」(日中戦争・太平洋戦争)がどこまで予見されていたかは知れませんが、「唯ぼんやりした不安」に襲われたまま一九二七年・昭和二年七月に自死してしまいます。犍陀多の糸を切ったのです。将来に自分が生ききれない時代を予見していたことは確かです。 
 いままた「二〇一一・三・一一 東日本大震災」の後遺症が癒えない世の中に、「平等」よりさまざまな「格差」が露出するなかで「平和」を危うくする自衛隊の中東派遣、日米同盟強化など「軍事」が動く気配があります。信頼するにほど遠い政治指導者。それを感じて「将来の不安」に襲われている多くの国民。

「平和と平等」という大戦後七〇年余を支えてきた未来指向から「軍事と格差」を容認する風潮が広がっていく現実。衣装を替えて現れる国民の性向(悪癖)。
「自分だけはなんとか」と願いながら、極楽へゆくこともままならずに地獄に落ちていく現代の犍陀多。それでも自分の糸がいちばん遅くに切れることに一縷の望みをつないで。
「戦場」を体験した大正人。胸中に戦禍を収めて外界の「平和」を保った昭和人。「平和と軍事」という存在の多重性の間を行き来した平成人。そして胸中の「平和」を守るために外界に「軍隊」を要請する令和人。いままた「平和から戦争へ」そして「平等から格差へ」と時代の振り子が戻ってゆく気配。
 人生に「一〇〇年」という長い期間を得ても、将来への「不安」を抱えて過ごさねばならないのは酷な話。そのなかで「自分だけはなんとか」という思いで暮らすのも罪な話。酷でもなく罪でもない穏当な人生を送るにはどうすればいいのでしょうか。 

7 後の世代に負債を残さない(将来)
 見出しとしては唐突すぎるので経済の欄では控えましたが、「一〇〇〇兆円超の国の負債を負う」というものです。まだ見ぬ子孫に大きな負債を残さないようにできるのは、「高齢化(長寿)社会」達成のプロセス以外にはないというものです。
 三五八〇万人に達して「高年世代」を形成し、家計黒字(一四〇〇兆円超)の大半を有し、培った知識と技術を保ち、働く意欲を持っている高齢者は、いまある社会の隙間を埋めるようなしごとをしていないで、みずから新たな「社会の高齢化」を構想し実現すべきであること。高齢者がもつ潜在力によって時代の転回が可能な機が熟していると感じている人が数多く湧出している今がその好機であると、二〇年来仔細に観察してきた本稿がここに声高に訴えているのです。成熟力・円熟力を活かせる人びとの総力による「高齢化(長寿)社会」(三世代社会)の形成です。
 暦年の政府の年度予算の立て方では何年かかっても負債は年々じわじわ増えるばかり。重圧になるような負債を負ってこの国に生まれてくる子どもはかわいそう。子どもが生めない責任は若い人にはありません。
 ではだれがどうやって?
 ここが発想の転回点です。

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大地から湧き出るように
 一九九九年の「国際高齢者年」からこのかた二〇年、「高齢化(長寿)」の当事者である高齢者はどうしてきたのでしょうか。
 一九六一年にスタートした「国民皆保険」、二〇〇〇年にスタートした「介護保険」の充実、そして最近では自治体ごとに「地域包括支援センター」が設けられて、住民が高齢期を安心して暮らせる体制が形づくられてきました。
 周りを見てわかるように、大方の高齢者は身の丈いっぱいの貯金と、ほどほどの退職金と、一〇〇年安心の年金の受給を得て、労苦しないですむ“余生”を過ごしてきたのではないでしょうか。繁栄の時代をこしらえてくれた先人(功労者)に対する後人の慰労の善意によって支えられて。
 それゆえに現役の時に培った知識も技術も活かすことなしに。これが将来問題になるとは気づいても、世代交代の渦中にあった政界からはだれも言い出せないで推移してきたのです。
 二〇年間に活用されずに先人の去世とともに失ってしまった知識や技術や経験や構想などの総体は、実に膨大なものとなっています。失った生命は二〇年のあいだに二三〇〇万人を数えます。
 わかりやすくいえば、失ってしまったかけがえのない先人の潜在力は、この間の社会保障費を相殺し、国家の負債となっている一〇〇〇兆円超の過半の負担に堪えるほど膨大だったのです。

 善意で始まったとはいえ、今までのような「余生」がいつまでも許されるほどに先人が蓄えてくれた国力に余裕があるわけではありません。その上に歴史に学ばず戦禍を知らない世代の政治リーダーは、先人がこしらえてくれた公的な基盤の上で、私的な仲間うちでサクラを見る会を催したり、中東へ自衛隊を送ったり、必要とあればお札を刷り増して戯れに興じているのです。先人が労苦して育てて実らせた果実を「秋収冬蔵」せずにわがもの顔に消費しているようにしか思えないのです。
 戦後の「平和と平等」の社会をこしらえてきて今なお勝れた知識と技術と見識をもつ高齢者が、みずからと後人のために、もうひとしごとをしてから去る覚悟をしなければならないようです。
 活かせれば可能な潜在力によるモノやサービスや居場所やしくみづくり。成熟+円熟期にある人びとが保っている生活感性に、知識・技術・資産・人脈を活かして地域生活圏での日々に新たな暮らし方を提供しみずからも実感して。
 そういう自立した生き方が日本オリジナルの「高齢化(長寿)社会」を形成するプロセスの源泉であり、一人ひとつの泉眼なのです。内から湧き出る発想とその実現。それが見渡すかぎり水玉模様のように重なって広がって大地を覆いつくすとき、総体としての日本社会の「高齢化」が達成されることになります。
 上からではなく大地から湧き出るように 。 止
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20年の片肺飛行がつづく  
「高齢者(ケア)対策」と「高齢社会(参加)対策

改稿して論考へ
「高齢化」が世界最速で進んで、「高齢化率」が28%を超えたわが国で、「高齢化対策」というとき、みなさんは何を思いますか。まずはご自分の人生にかかわる医療、介護、それから福祉とか年金とか・・。
「高齢化対策」には上記のような高齢者個人にかかわる「高齢者(ケア)対策」がありますが、それとともにモノ・サービスや居場所づくりといった生活環境にかかわる「高齢社会(参加)対策」があります。そのうち「高齢者(ケア)対策」のほうはこの20年、急増する高齢者を対象にして財政上の負担に苦慮しながらも年々充実させて、国際的レベルを保持してきました。これはだれもが身近に経験してきたところです。
 とくに1961年にスタートした「国民皆保険」、2000年にスタートした「介護保険」の充実、医療面での各診療科の施設・医療の充実などは日進月歩でしたし、最近では自治体ごとに「地域包括支援センター」が設けられて、住民が高齢期を安心して暮らせる体制が形づくられてきています。だれもがその恩恵を受けており、そのために努めてきた多くの関係者の誠意は実感しているところです。
 これだけでも国・自治体にとっては並大抵の事業ではなかったのですが、加えて「高齢社会(参加)対策」の課題が重なってきているのです。2019・12・25
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「高齢社会(参加)対策」は社会のしくみにかかわりますから、自治体によって事情が異なりますが、それゆえに独自の対策が必要になります。
 まずは急増している高齢者の「参加意識」の醸成、これが基本中の基本です。
 その上で就労の延長や高齢起業による高齢社会にふさわしいモノやサービスづくり、居場所・通い場所の設置、生涯学習のしくみ、「世代交代」ではなく「世代交流」、暮らしや介護やエンディングを含む地域での「支え合い(互助)」、ユニバーサル・デザインの行き届いた住居、安全な移動・・そのほか「高齢社会(参加)対策」の課題は多々あります。
 地域で増えつづける元気な高齢者のみなさんが参加しないでいては「少子高齢化」の進行とともに地域活動は萎縮するばかり。「高齢社会(参加)対策」によって、「労働力減少」ではなく「労働力変容」を成し遂げることができて持続可能な「高齢化経済」の伸長が見込まれるのです。これは地域だけではなく企業でも重要な課題です。
「高齢者(ケア)対策」と「高齢社会(参加)対策」は両翼です。この20年は片肺飛行がつづいているのです。2019・12・27

「非軍事平和」をどう保つのか 2
「憲法9条」を100年保持して国際祝典を主宰

「人生100年」の長寿をめざす目標のひとつとしての提案です。
 8000万人を超える被害者(死者)を出した第二次世界大戦のあと、連合国側も枢軸国側もともに当事者として、戦争のない世界を希い求めたのでした。最終兵器とされる原子爆弾の被災をうけた敗戦国日本の「非軍事平和」による復興と国づくり。それは戦後の国際社会にとって、“人類の信義”において「戦力の永久放棄」の条項が刻まれた新憲法のもとでの国家再建として、わが国は国際モデル事例の達成をゆだねられているのです。
 その形成プロセスは時を経て、全世界のとくに中小国の平和志向の市民層に広く支持されることで、「憲法9条」の保持は原爆の完全廃棄とともに21世紀を貫く運動になり、1947年5月3日の施行から100年を経た2047年に、21世紀最大の国際平和行事「日本国憲法100年記念祝典」が開かれることになるでしょう。全世界の平和志向の市民のスタンディング・オベイションを受けて。これは日本の高齢者層にとって、なる事業ではなく、なす事業としてゆだねられているのです(「半藤一利・藤井裕久対談」から。2018・6・5)。
 もちろん論ずるまでもなく、独立国であるかぎり、自衛のための軍備は国際環境に配慮しつつ保持するのは当然ですが。 2019・12・19
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 大戦後つづいた国際協調から反転する逆流がまたアメリカから生じています。トランプ大統領の「一国優先主義」は米中の経済摩擦を契機にして国際的な潮流となり、経済の「一国優先主義」による通貨切り下げ競争となり、それに影響を受けた世界経済の変調が世界不況という人禍の再来すら危惧させるのです。国際的に歴史が繰り返される恐ろしい光景です。
 歴史探検家の半藤一利氏は反省をこめて「国家の品格(公益)は平和を守ること」(上記対談から)といいます。「憲法9条」はわが国が世紀を越えて掲げる国際協調の旗印(聖火)であり、とくに中小国の平和を願う市民に訴えて「9条」の趣意を共有し、2047年に「日本国憲法100年記念祝典」を世界各地の市民とともに行うこと。その主宰者は平和の証として100歳に達するわが国の「平和団塊」(戦後世代)の代表です。長寿をめざし、それを覚悟として生きてほしいのです。一人またひとり。2019・12・21(本会の課題・活動 「平和憲法100年記念国際祝典2047推進会議」 )

「非軍事平和」をどう保つのか 1
敗戦国日本のなすべき片務(偏務)

 戦場こそ知らないけれども戦禍を知る戦後生まれの「平和団塊」(1946~1950年生まれ)のみなさんの髪もおおかた白くなったことでしょう。「一億一心総動員」まで叫ばれた先の大戦の敗戦のあと、「戴白の老も干戈を見ず」(白髪になった老人も戦争を知らない。中国宋代のことば)という史上まれな長期間の平和社会をつくりあげてきた大正・昭和生まれの日本人。それぞれの戦禍の記憶を胸の奥に収めて、先人・同輩とともに「非軍事平和」の国づくりにたずさわって70年余り。
 戦争の火は消えず、戦場は朝鮮半島、ベトナム、中東へと移りましたが、わが国内では「平和と平等」の社会と「九割中流」の経済を成し遂げました。20世紀後半の奇跡とまで評される”近似大同社会”(夜不閉戸)に、世界からの関心が向けられているのです。「クールジャパン」です。アジアで際立つノーベル賞各分野の受賞はその評価の証しです。そして平和の明しである「憲法9条」は、世紀をこえて日本人一人ひとりが高く掲げて海外をめぐる聖火です。増えつづける訪日外国人による「クールジャパン」のダントツが「平和と平等」による日本の確認であって当然なのです。2019・12・15
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 いままた「一億総活躍」をいうなら「一億総懺悔」をした敗戦後の原点に立ち返っての国民的論議が必要です。「戦禍」の記憶を、高年者は胸の奥を探って確かめ、中年・青少年は新たに胸の奥にとどめるべきときだからです。胸の中に「平和」だけを持つ次世代に「平和」は守れないからです。胸の中の「平和」を守るために外に軍隊を必要とするからです。
 第二次世界大戦の終結に際して、敗戦国日本が内発的な反省をこめると同時に、勝利者である連合国(とくにアメリカ)もまた国際的視野から武力を“人類の信義”において「永久に放棄」した日本国憲法の成立を希って関与したことは明らかです。「非軍事平和」による徹底した国づくりが日本の片務(偏務)であり、それを守る片務(偏務)としての軍事の役割は、威嚇し行使できる武力を保持する連合国側(とくにアメリカ)にあります。日本の軍事力に期待するトランプ発言は歴史的暴言です。
 根がその歴史の深みにまでとどかず、「第2項に自衛隊を明記する」などという底が浅く内向きな現役政界人の自主憲法論議。それによる憲法改定は歴史的暴挙です。対して身をもって「平和と平等」を体感し体現しながら活躍した中村哲医師のような高年者の存在。「武器を用いずに平和を具現化できるのは9条があるから」ということばは、「日本国憲法」がもつ国際的片務(偏務)についてのかけがえのない遺言として、原点に立ち返っての国民的確認が必要なのです。一人またひとりの。(つづく)2019・12・17

犍陀多(カンダタ)の話 2 
われあとに地獄へ落ちるとき

改稿 論考へ
『蜘蛛の糸』で芥川が表現するように、極楽は単調でつまらなそうに思えます。自分を理解してくれるような仲間はいなそうで。地獄から極楽までたどる途中に他に何か別の世界があるはずで、できることならそこで下からくる連中に糸をくれてやって塗中下車してもいいと思った人もいることでしょう。
 芥川はそののち「天災」である関東大震災(大正12・1923年)に遭遇して、東京下町のふるさとが焼尽する「地獄」をみ、「唯ぼんやりした不安」に襲われます。鋭敏な作家にのちの時代の「人禍=地獄」となる「大東亜戦争」(日中戦争・太平洋戦争)がどこまで予見されていたかは知れませんが、「唯ぼんやりした不安」に襲われたまま昭和2・1927年7月に35歳で自死してしまいます。犍陀多の糸を切ったのです。将来に自分が生ききれない時代を予見していたことは確かです。そのあと引き起こされた「軍国主義」による「一億総動員」の戦争・・。2019・12・11
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 いま「2011・3・11 東日本大震災」のあと、世にさまざまな「格差」が広がるなかで「軍事」が動く気配を感じて「不安」に襲われている多くの庶民。信頼するにほど遠い政治指導者。大戦後70年余をすごしてまた「平和と平等」への指向から「軍事と格差」を容認する風潮が広がりつつある現実。衣装を替えて現れる国民の性向(悪癖)。「自分だけはなんとか」と願いながら極楽へゆくことができず地獄に落ちていく現代の犍陀多。それでも自分の糸がいちばん遅くに切れることに一縷の望みをつないで。
 胸中にそれぞれの戦禍を収めて外界の「平和」を保った昭和人、「平和と軍事」という存在の多重性の間を行き来した平成人。そして胸中の「平和」を守るために外界に「軍隊」を要請する令和人。いま「平和から戦争へ」「平等から格差へ」と時代の振り子が戻ってゆく気配・・。
「100年人生」という長い高年期を得ても、将来への「不安」を抱えて過ごさねばならないというのは酷な話。そのなかで「自分だけはなんとか」という思いで暮らすというのも罪な話。酷でもなく罪でもない穏当な人生を過ごすにはどうすればいいのか。「平和と平等」への個別の回答を自得することが本会の課題ですが。2019・12・13

犍陀多(カンダタ)の話 1 
「平和と平等」から「軍事と格差」へ

改稿 論考へ
 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は大正7・1918年の作品ですから、ちょうど一世紀前のことになります。子ども向けの雑誌『赤い鳥』の創刊号に書いた童話で、お釈迦さまがおいでになる極楽とその対極である地獄との間で、一筋の蜘蛛の糸にすがっている犍陀多が主人公です。もちろん天上が極楽ですから、蜘蛛の糸は極楽から地獄へと垂れていて、犍陀多はその糸にすがって極楽へとむかう途中にいます。
 本人は覚えていないのですが、悪党だった犍陀多がかつて一匹の蜘蛛を踏みつぶさずに助けてやったことがあって、そのことからお釈迦さまは仏界から一本の蜘蛛の糸を下ろして、地獄であえいでいた犍陀多を救ってやろうというのです。上へいけば極楽へたどりつき、落ちればまた地獄という中間で、犍陀多が下をみると、蜘蛛の糸にすがって蟻のように後から後から罪びとたちが昇ってきます。
 極楽へつながる一筋の細い蜘蛛の糸。たくさんの人がぶらさがっては重さに耐えきれず糸は切れてしまう。悪党ですからとっさに自分の下で糸を切ることくらい思いついたとしても不思議ではないのですが、作家は犍陀多にそんないとまを与えません。
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 じつは芥川のこの『蜘蛛の糸』の話には元ネタがあって、鈴木大拙が訳したポール・ケーラス著『カルマ(因果の小車)』からモチーフを得ているのです。やはり仏陀に「この糸を便りて昇り来たれ」といわれて、犍陀多は極楽へとむかいます。が、同じように後から後から糸にすがって昇ってくる人びとに気づいて、「去れ去れ、この糸はわがものなり」と絶叫するところで糸が切れて地獄へ落ちていきます。
「自分だけは」と願ったゆえに地獄へ落ちてゆく犍陀多を見る大拙と龍之介とが感じていたところは同じではないでしょう。大拙が関心を持つのはひとりの凡夫としての犍陀多の心の動きであり、芥川が「極楽と地獄」という対極を明確に示したのは、おそらくは当時、鋭敏な作家の眼前で広がりつつあった「格差」を表現したかったからにちがいないからです。(つづく)2019・12・9

非軍事平和の憲法9条のこと
中村哲さんの殺害訃報があって

 12月4日、アフガニスタンのジャララバードで、人道支援で活動中だった中村哲医師(73歳。1946年9月15日~*)が凶弾を受けて死去しました。ご本人は襲撃の情報を得ていたものの、自然体でいることが何よりの安全策という日本人としてのクリスチャンとしての信念を貫いてテロの銃弾を受けて倒れたもの。まことに哀しい知らせです。
「憲法9条」について中村さんは、民族の理想であり、世界の理想であるとし、「9条が活動を支えてくれている実感がある。海外で武器を用いずに平和を具現化できるのは9条があるから」と9条の保持を訴えていました。非軍事平和の憲法の理念を、海外で身をもって示しつづけた中村さんは、終戦直後の昭和21年9月の生まれ。
 本稿のいう「平和団塊」世代の中には中村さんのような人が数多くいることを信じていますし、本稿のアクセス・メンバーにも会員としても数多く参加してくれることを願っています。2019・12・7

「団塊」から「平和団塊」の世代へ 3
2047年の「憲法100年」祝典を主催

「平和団塊」の人びとは、ご両親から「平和」であることのたいせつさを骨身に刻みこまれ、みずからの長寿人生が「平和」の証であり、普遍的な国際的価値であり、そのための「平和憲法」の保持は欠くことのできない条件であることを体感として理解している人びとです。
 1995年に「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)をめざす「高齢社会対策基本法」が制定された50歳のころには実感はなかったでしょうが、いま70歳に達して納得のいく文言として理解されていると思います。ですから「平和団塊」のみなさんは、国際社会に平和を訴える「憲法第九条」と、尊厳ある長寿社会を希求する「高齢社会対策基本法」というふたつの旗印を先人から引き継いで、2047年の「憲法100年」祝典をめざして歴史的ひのき舞台に立っているのです。本稿も熱い思いでその歴史的創造的ステージを見守っているのです。2019・12・3

「団塊」から「平和団塊」へ 2
「平和団塊」世代のみなさんの横顔

 ここで「ニッポン発21世紀オリジナル 三世代平等長寿社会」の主役をつとめる「平和団塊」(1946~1950年生まれ)のみなさんの横顔を紹介しておきたい。新聞・TVなどから選ばせていただきましたが、どうか掲載をお恕し願います。

一九四六(昭和二一)年生まれ・七三歳に。
鳳蘭(俳優) 松本健一(作家) 宇崎竜童(歌手) 美川憲一(歌手) 北山修(歌手) 新藤宗幸(政治学) 柏木博(デザイン) 岡林信康(歌手) 堺正章(TVタレント) 坂東真理子(官僚) 田淵幸一(プロ野球) 菅直人(政治家) 秋山仁(数学教育) 藤森照信(建築史) 倍賞美津子(俳優)・・

一九四七(昭和二二)年生まれ・七二歳に。
橋本大二郎(政治家) 衣笠祥雄(野球評論) ビートたけし(TVタレント) 尾崎将司(プロゴルフ) 西郷輝彦(歌手) 鳩山由起夫(政治家) 津島佑子(作家) 千昌夫(歌手) 上原まり(琵琶奏者) 荒俣宏(作家) 中原誠(将棋棋士) 小田和正(歌手)  北方謙三(作家) 金井美恵子(作家) 西田敏行(俳優) 森進一(歌手) 池田理代子(漫画家) 布施明(歌手)・・

一九四八(昭和二三)年生まれ・七一歳に。
高橋三千綱(作家) 毛利衛(宇宙飛行士) 里中満智子(漫画家) 赤川次郎(作家) 五木ひろし(歌手) 赤松広隆(政治家)  江夏豊(プロ野球) 都倉俊一(作曲家) 沢田研二(歌手) 上野千鶴子(女性学) 井上陽水(歌手) 橋爪大三郎(社会学) 糸井重里(コピーライター) 由起さおり(歌手) 舛添要一(都知事) 谷村新司(歌手) 内田光子(ピアニスト)・・

一九四九(昭和二四)年生まれ・七〇歳「古希」に。
村上春樹(作家) 鴨下一郎(政治家) 林望(国文学) 海江田万里(政治家) 高橋真梨子(歌手) 平野博文(政治家) 武田鉄矢(歌手) 高橋伴明(映画監督) 萩尾望都(漫画家) ガッツ石松(ボクシング) 矢沢栄吉(歌手) 佐藤陽子(バイオリニスト) 堀内孝雄(歌手) 森田健作(政治家) テリー伊藤(演出家)・・

一九五〇(昭和二五)年生まれ・六九歳に。
残間里江子(プロデューサー) 舘ひろし(俳優) 和田アキ子(歌手) 坂東玉三郎(歌舞伎俳優) 東尾修(プロ野球) 中沢新一(宗教学者) 池上彰(ジャーナリスト) 姜尚中(政治学者) 八代亜紀(歌手) 辺見マリ(俳優) 塩崎恭久(政治家) 梅沢富士男(俳優) 岩合光昭(写真家) 綾小路きみまろ(漫談家) 神田正輝(俳優)・・

 みんな等しく貧しかった戦後に生まれ育った子どものころの記憶を共有している人びと。そこからそれぞれに個性的な人生をつくりあげ、熟成期をすごしている「平和団塊の世代」のみなさんです。2019・12・3

「団塊」から「平和団塊」へ 1
1000万人の「戦後っ子世代」の人生

 ご存知のように敗戦後の1947~1949年に生まれた人びと「団塊の世代」(1976年発刊の堺屋太一『団塊の世代』から)は、教育現場や就職、結婚などで、約650万人というそのボリュームゆえの社会的影響が指摘され納得されてきました。勤めて高度成長を支え、世紀をまたいで高齢者となった「戦後ベビーブーマー」のみなさんが次々に「七十古希」に到達しつつあります。

 本稿で用いている「平和団塊の世代」には、同じく200万人を越えて生まれた1950年と少数とはいえ本稿の課題である「平和」を論じる場では決して存在を無視できない終戦翌年である1946年生まれの140万人の人びとを含んでいます。この戦後5年間の「平和団塊の世代」が2025年に75歳に達しなお「人生100年」をめざして創出する長寿社会(本稿の「三世代平等長寿社会」)の達成が、ニッポン発21世紀オリジナルの課題なのです。(つづく)2019・12・1

「東洋の原理」による生命観
健康寿命を伸ばす「三元ケア」

「ヒト」の存在については、仏典が「三身」(体・性・相)として説いていますが、この三元のほかに人間存在はないというのが「東洋の原理」による生命観なのです。本稿ではそれをわかりやすく「からだ」「こころ(ざし)」「ふるまい」と表現しています。
「からだ」「こころ(ざし)」「ふるまい」というのは、漢字で書けば「体」「心・志」「行」で、これが「東洋の原理」である「存在の三元論」です。「心」はその発現である「志」に含んで「体・志・行」ということになります。
 ・・・・・・・・・・・
 生活者の立場でいえば「健康」「知識」「技能」の暮らし三元。ケアの立場でいえば「疾病」「認知症」「介護」のケア三元となります。
 ここでまとめますと、「ヒト」の生命(人生)は「からだ=体」「こころ・こころざし=心・志」「ふるまい=行」という三元の活動としてありつづけていること。「健康寿命」というのは、日々の暮らしで意識するこの三元のバランスによってもたらされることになります。ぜひ自得してください。2019・11・30

還暦から百寿まで8段階でたどる
「賀寿期五歳層」のステージ

 人生の円熟期である「高年期」(65歳~)の日々を愉快に迎えて過ごすには、「賀寿期五歳層の8ステージ」の考え方が有効に働くでしょう。先人は見定めえない人生の前方に次々に「賀寿」を設けて個人的長寿のプロセスを寿いできました。90歳「卒寿」に達した老師を白髪になった学生たちが囲んで、点々滴々のお礼やお祝いを述べあうのは人生の節目の快い情景です。長寿時代には多くの仲間とともに励まし合いながら8つのステージをのぼって百寿期を目指せばよいのです。(2019年基準)

還暦期(六〇~六四歳) 昭和三四~三〇年 還暦六〇(一)歳
禄寿期(六五~六九歳) 昭和二九~二五年  禄寿六六歳
古希期(七〇~七四歳) 昭和二四~二〇年  古希七〇歳
喜寿期(七五~七九歳) 昭和一九~一五年  喜寿七七歳
傘寿期(八〇~八四歳) 昭和一四~一〇年  傘寿八〇歳
米寿期(八五~八九歳) 昭和 九~ 五年  米寿八八歳
卆寿期(九〇~九四歳) 昭和 四~大正一四年 卒寿九〇歳
白寿期(九五~九九歳) 大正一三~ 九年  白寿九九歳
百寿期(一〇〇歳以上) 大正八年以前    百寿一〇〇歳

「人生七十古来稀なり」(杜甫の詩「曲江」から)といわれた「七十古希」はみんなが祝える長寿時代です。新たな目標の「百齢眉寿」(虞世南「琵琶賦」から)まで、いくつになっても高年者が仲間とともに活き活きと暮らす姿が「高齢社会」の姿です。2019・11・21

最年長時は「長命期・晨星期」
次世代へメッセージを送る賢人

 本稿では第三世代である高年期を「前期高年期(65歳~)」・「後期高年期(75歳~)」そして「長命期・晨星期」(男性は85歳~、女性は90歳~)の三期として述べていますが、個人差がありますからご自分でご随意に3分割してください。
 2020年には90歳は1930(昭和5)年生まれ。それより年長のとくに大正生まれの男性は戦中・戦後を耐えて生き抜いて、高度成長を成し遂げた頑強で自立心が強く「百折不撓」の方々です。新しい時代の暁を迎えてなお輝きつづける「晨星」として、次の時代の後人へかけがえのないメッセージを送りつづけておられる懐かしく敬愛すべき存在なのです。
 本稿の高年期にいわゆる「余生」はありません。「長命期・晨星期」をそう呼んでもかまいませんが、おまけの人生なぞありませんから避けています。「三世代平等」をみずから証す「高年世代」の現役として、日また一日をどこまでも生ききる人生に賛同するからです。2019・11・19

「2世代+α」型から「3世代平等」型へ
第3千年紀に形成される社会の姿

 平和がつづいて高齢者がふえて、どこの国でも「高齢化」問題が深刻な課題になっています。とくにわが国は最速で65歳以上の高齢者人口が4分の1を超えた「高齢者国」(2015年)の魁(先駆け)になりました。そこでこれまでの「二世代+α」社会でのα(アルファ、余生)としてではなく、自立した高齢者として社会参加して、自分たちにふさわしい新たなモノ・サービス、居場所、しくみをこしらえながら「三世代平等」社会を形成する役割を担うことになりました。「高年世代」として意識して、保持している知識・技術・資産・人脈を活かして、着実に存在感を示すことができて初めて、「長寿社会」が実感されることになるでしょう。
 それが他国に先駆けて「人生100年時代」を迎えている日本から国際発信する「高齢化社会」へのプロセスであり成果であり、おそらくは「高齢者4分の1社会」に到達した国々が後追いして、21世紀から第3千年紀を通じての国際的基準として成立するはずのもの。現代の一人ひとりの体現がそのまま歴史的国際的な貢献になるのです。2019・11・17

東洋の原理は「生命の常在

 インドの仏陀(ゴータマ・シッダールタ)は、80歳のときに王舎城を出て生まれた地ルンビニーへと向かう途中、クシナーラーで「涅槃」を迎えています。そのとき同行していたいとこの阿難(アーナンダ)に「輪廻」を伝えています。「生命の常在」です。
 中国の孔子は「快力乱神を語らず」と言い、「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」と言い、現存する生の中に歴史も未来も含まれるという立場ですし、老子は人間存在の奥底に流動する「玄之又玄」を悟り、荘子は世界は人間のみのものでないことを「万物斉同」として示しています。
 わが国の「八百万(やおよろず)」の神々は、生を受けたものはみな等しく、「和」をもって互いの生を認めあうことの表象として存在しています。人もまた常在を示すべく「すめらみこと」(天皇)は「おほにへまつり」(大嘗祭)をおこなって生命としての継承を証し、伊勢神宮で「とようけのおおみかみ」に報告(新謁の儀の参拝)します。
 人だれもが生命を遠古から引き継いだ「各有千秋」の存在であり、「生命の常在」を意識して未来へ生存の希望をもつ人びとによって、新千年紀の文明の中心は東洋に遷ることになるでしょう。わたしたちの温和な日々のくらしがそのまま国際的な平和に連なっているのです。2019・11・15

大正生まれ(100歳)へのオマージュ(賛辞)3
母さんは許さない

 大正生まれの男たちは「富国強兵」教育の下で育てられて、大陸や太平洋の戦場に送られて戦って命を落としました。終戦の昭和20年=1945年には20~34歳。生き残った男たちはこんどは「企業戦士」となって、死んだ者、傷ついた者の分まで働いたのでした。
 女性たちは「良妻賢母」教育で育てられて、良い妻として銃後をまもり、父や夫や兄弟を戦地で失い、戦後は賢母として子どもを養育し、戦禍の記憶を胸の奥深くに閉じこめて身をもって平和を支えてきました。子どものころに中国東北で「自ら生きよ」と放り出され、いままた年老いて一人暮らしで「自ら生きよ」と二度も放り出された人もいます。
 力をつくして戦後の復興・高度経済成長を成し遂げた大正生まれの人たちは、昭和50年=1975年には50~64歳でした。歴史にまれな「九割中流」という平等社会を築き上げた功労者です。
 憲法の平和条項に自衛隊を書きこむなどという、また戦争という事態を想定させる動きをみせる男たちに対して、生命を生み育てる女性の側からの告発として、「かあさんは許さない」と老母はいうのです。(止)2019・11・13

大正生まれ(100歳)へのオマージュ(賛辞)2
「大正生まれ」の歌 

  2019・11・11
「大正生まれ」は1976年にテイチクからレコードが出されています。作詞者の小林朗(こばやし・あきら)さんは大正14年生まれ。2009年2月2日に亡くなりました。

「大正生まれ」 小林朗作詞 大野正雄作曲
♪大正生まれの俺達は 明治の親父に育てられ
忠君愛国そのままに お国の為に働いて
みんなの為に死んでゆきゃ 日本男子の本懐と
覚悟は決めていた なぁお前…略(ダウンロードしてください)

「大正生まれ(女性編)」の歌は1979年にテイチクからレコードが出されています。
「大正生まれ(女性編)」 小林朗作詞 大野正雄作曲
大正生まれのわたし達 明治の母に育てられ
勤労奉仕はあたりまえ 国防婦人のたすきがけ
みんなの為にとがんばった 
これぞ大和撫子と 覚悟を決めていた ねぇあなた…略(ダウンロードしてください)

大正生まれ(100歳)へのオマージュ(賛辞) 1
「九割中流」の功労者を「下流老人」とはなんですか

 これからの「100年人生」へのつぶやきのあとは、いま「人生100年」の人びとのこと。100歳ですから1919年・大正8年の生まれです。先の大戦の敗戦(戦禍)を26歳で迎えて、みんなして貧しさを分かち合い、亡くなった人や傷ついた人の分まで合わせて三人分も働いて、みんなして等しく豊かになろうとした人びと、自分のための貯蓄など考えもしなかった人びと。そんな戦後復興の功労者に対して、貯蓄がないゆえに「下流老人」と呼び「老後破産」と評するとは何たること。そんな風潮に憤りを覚えます。
 戦禍のあと「ほどほどの赤字人生が男の生きざま(美学)だよ」といって貯蓄するよりは周りの人びとへの心づかいにおカネを使ってきた人びとに貯蓄がないのはあたり前。そういう人びとが多くいて、みんなの暮らしに差が生じないことを優先したからこそ、史上にまれな「九割中流」の平等社会がつくれたのです。ですから、後人にどういわれても自分の「人生100年」に誇りこそあれ後悔はないでしょう。

「下流老人」と呼ばれようと、一日100円ででも生き抜く覚悟があり自負があり、ひもじさと貧しさからはじまって最後にまた貧しさとひもじさにもどった人生を、わが人生として受け容れて、いまさら国や自治体からの救済なんか求めない人びとなのです。それが「100年人生」を生きる「大正人」の心意気なのです。(つづく) 2019・11・9

「はじめに生命体ありき」が東洋の原理
「見えざる創造主」は存在しない


「東洋の原理」は、「はじめに創造主ありき」あるいは「はじめにモノありき」という西洋の原理(二元論)とは異なります。「はじめに生命体ありき」です。「存在」の初めからの存在として「生命体」があり、その不断に変容するありようとして地上に現存する「ヒト」がいて「モノ」があると説いています。

「生命体」は常に変容変化する形として「ヒト」や「モノ」になりますが、新たに生じるものではなく、最初から在るものなのです。「ヒト」も「モノ」もすべての存在は「生命体の現存の形態」であり、時空のなかで不断に変容し「転生」をしつづけているのです。「ヒトとして生まれた生命体」は、ひとしきり「ヒト」として生きつづけて命を終えていくのです。ですから仏教では「ヒト」として生まれることのむずかしさを説いています。ここには「見えざる創造主」は存在していません。
 これから千年紀の人類の依るべき原理として、「はじめに生命体ありき」という「東洋の原理」を根底に置いて広く活かすことで、地上にあらたな千年紀の沃野が見えてきます。一人ひとりの「人生100年」はその上に成り立つことになります。2019・11・7

異文明への違和感
「神」と「孔子」についての米中対立

  再掲
 ことし2019年の中国の小学生むけ教科書から、外国文学作品の中の「神」や「聖書」といった表現が削除されました。たとえば『マッチ売りの少女』では「星が流れ落ちる時、魂が神様のもとへ行くのよ」というセリフが「星が流れ落ちる時、人がこの世を去るのよ」に変わったといいます。『論語』にも孔子の言として「子、怪力乱神を語らず」(「述而篇」から)や「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」(「先進篇」から)とあって、来世の「神」の存在を認めない「宗教事務条例」にかかわってのことなのでしょう。
 一方、アメリカでは「孔子学院」の活動への制限があります。孔子学院は孔子の名を冠していますが儒学教育機関ではなく、海外の大学などと提携して中国語や中国文化の教育および宣伝、友好関係の醸成を目的とした政府の機関で、各国に500か所を超え、日本でも大学と提携して活動をしています。
 全米で同学院の閉鎖がつづき、政治や経済の対立とともに考え方やしくみにかかわる文化の領域でも、見過ごすことのできない対立が動き出しています。異文明への違和感が根底にあるのです。2019・9・7

一神教文明のもとで 3
極小と極大への原理追究のはてに

 近代の「科学science」の進歩として、「モノ」に向かった原理探究は、一方は極小の存在である原子・素粒子(量子)へと達し、一方は極大の存在である宇宙・ビッグバンにまで達して、なおも極小と極大へと際限なく展開しつづけています。
 その極小化の果てに到達した原理と技術によって、地上から人類が消去されるという“進歩の悪夢”が想定されるのですが、それは極大化された宇宙空間で起こる現象としては、何ほどでもない地球上の些細なできごとでしかありません。

 前の20世紀を通じて毎年、人類の進歩に貢献した人物の業績に贈られてきたノーベル賞は、ノーベルのダイナマイトがそうであったように、「人類による人類のための成果」という自然破壊への贖罪の証なのです。破壊と創造が常にそうであるように、善と悪とは同時同等の表裏の存在であることに気づいたとき、「西洋の原理」への信頼は崩れます。人類の進歩の究極が人類の滅亡に通じているからです。2019・11・5

一神教文明のもとで 2
「見えざる創造主」の存在をかけて

 現代の超大国アメリカの大統領は、就任宣誓の最後に「創造主によりて(BY THE GOD)」と誓います。国民を代表して「見えざる創造主」に対して宣誓して職務につきます。もちろんオバマ氏も、トランプ氏も、次の大統領X氏も。
 なぜ「すべてのアメリカ国民の代表」あるいは「人類の英知によりて」ではないのかという違和感があります。大聴衆のだれもがそれを当然のこととしていたように「見えざる創造主」は「西洋の原理」の中心として息づいています。そしてアメリカから戦場へ赴く兵士たちは十字を切って出立します。行く先はISなど別の「見えざる創造主」を支えとする人びとの地域です。

 哲学としての「西洋の原理」は、「唯物論Materialism」と「唯心論Idealism」の二元論によって説明されています。「モノ」に始まって「ヒト」に至る。進化論です。あるいは「ヒト」に始まって「モノ」に向かう。全能の創造主の存在論です。西洋文明は「見えざる創造主」の存在なくしてありえないのです。(つづく) 2019・11・3

一神教文明のもとで 1 
人類終焉の予兆

「人生100年」(一世紀人生)の話をしようとするとき、その期間を託す近未来100年、つまり21世紀の社会に安心が得られなくてははじまりません。これまで2千年紀のあいだにオリエントから発して西方へ向かって鯨呑し蚕食しつつ移っていった先進的文明地域。その到達点としての21世紀欧米社会を支えているのは、「見えざる神GOD」への篤く揺るぎない信仰です。
 その「西洋の原理」は、「見えざる神の国」に至ろうと努める者のみが永遠の命をえて幸せに生きられるというもの。西洋文明は「見えざる創造主」を絶対正義とする原理によって、不安定な地上に安定と安住と安眠をもたらしてきましたが、「見えざる破壊兵器」を出現させたことによって、絶対正義である「見えざる創造主」を守るために“罪深き人類”を地上から抹消するという帰結になり、それは人類の終焉を意味します。「西洋の原理」の先にはこんな恐ろしい情景すら予兆として露出しているのです。米軍によるISリーダーの殺害はその一例にすぎません。(つづく)2019・11・1

10・1「生涯現役の日」と「三世代平等長寿社会の日」

 21世紀を前にした1999年は国連が設置した「国際高齢者年」であり、その10月1日は初の「国際高齢者デー」でした。
 それから20年目の2019年10月1日は、「生涯現役の日」制定・普及委員会(議長:清家篤前慶応義塾塾長)が主催した初の「生涯現役の日」でした。当日、AP市ケ谷で「職業寿命」「社会活動寿命」「資産寿命」「健康寿命」の4寿命での意見交換会(交流フォーラム)をおこなって、この記念日の普及を通じてわが国の「生涯現役社会」の実現をめざそうというのです。
 どちらかというと「ゴムひも伸ばし」の対策に近く、国民運動による新しい社会構想ではないようです。 それに対して9月9・10日に大阪で開催された「いきがい・助け合いサミットin大阪」(さわやか福祉財団・堀田力会長)は地域でのシニア参加による共生社会づくりの実践報告であり、「高齢化」の新しい社会構想として注目すべきものです。本会のささやかな「10・1 三世代平等長寿社会の日」宣言は、後者に与するものです。2019・10・3

「10月1日 三世代平等長寿社会の日」宣言
日本丈風の会

 平和のうちに迎える「高齢化」が、21世紀の国際的な潮流となることを見通した国連は、新世紀まじかの1999年を「国際高齢者年」とし、10月1日を「国際高齢者デー」と定めて、世界中の一人ひとりの高齢者が自立して「すべての世代のための社会をめざして」活動に参加するよう呼びかけました。
 その日から20年、平和のうちに築いた「高齢化」において先行するわが国は、その先進的なモデル事例を期待されつつ、「医療・介護・福祉・年金」といった「高齢者対策(ケア)」においては公私をあげて対応して成果を収めてきました。

 しかしながらその一方の翼でありながら、先進国にも例のない「高齢社会対策」においては、わがこととして参加して実現する「高年世代」(高齢化率25%)が成立するまでは対策構想(大綱)は用意できているものの進展をみませんでした。
 いま2019年、世界最速で唯一、高齢化率25%(いま28%)に達したわが国は、これからの20年にむかって、新たに成立した「高年世代」(戦後復興・高度成長・九割中流をなしとげた人びと)が、青少年=成長期・中年世代=成熟期の人びととともに円熟期の知識・技術・資産・人脈を活かして、前人未到の「三世代平等長寿社会」を達成せねばならないのです。高齢者のだれもが後人から敬愛され、日また一日を安心し尊厳をもって生涯を送れる国際的モデル事例をこしらえて。

1 家庭で社会で、三世代を意識しつつ人生の三期をすごす。
2 高年期にそれぞれが保持する知識・技術・資産・人脈を活かして新たなモノ・サービス・しくみをこしらえる。
3 みんなで生活圏の三世代化をすすめる。
4 国のしくみとして内閣府に専任の高齢社会担当相を置く。
5 世界初の構想「100歳社会」グランドデザインを発表。
6 公共放送NHKに第三局として高齢・文化局を置く。
7 自治体に「包括支援ケア」「生涯学習」「シルバー人材」の3センターを設ける。
8 平和憲法100年の国際式典を2047年におこなう。主宰者は戦後生まれの平和団塊世代の代表。
9 人権として男女平等を掲げつつ意識として女尊男卑を優先する。
10 移動における三世代化。ハードの車、ソフトの道路やルールにおいて。
11 住居の三世代同等同居を標準化。
12 三元ケア・賀寿期五歳層・G型ライフサイクルを生活地盤に据える。

世界で初の「高年世代」が登場
65歳以上の高齢者は3588万人                再掲
 毎年、総務省が9月15日(老人の日)に発表している高齢者に関する人口推計によると、65歳以上の高齢者は3588万人で、高齢化率(人口比)は28.4%になりました。2位はイタリアで23.0%、3位はポルトガルで22.4%。ということは最速で4人にひとりに達したのがアジアの日本が最初で、ヨーロッパの国々はゆっくりと高齢化を迎えているということです。

 4人にひとりということはボリュームとしての「高年世代」の成立を意味します。青少年、中年世代とともに「高年世代」が成立し、それに見合ったモノやサービスや居場所やしくみを新たに創出する必要があるのです。いまある社会で「二世代+α」として余生を遠慮がちに過ごすのではなく、みずからの知識・技術を活用して高齢者みんなが暮らしやすい生活圏をこしらえて、「三世代平等型」社会を達成すること。仲間とともに日復一日を楽しんで過ごしながら「人生100年」をめざすことになります。2019・9・15

金融庁が老後資産報告書を撤回
老後に約2000万円が必要
 金融庁は9月25日の金融審議会総会で、老後に約2000万円が必要とした報告書を金融相に答申しないまま、国民の資産形成に向けた議論を10月に再開すると決めた。報告書はホームページでは公開を続け、公文書として扱う。金融審の作業部会による今後の議論に生かす方向。

 高齢者家庭(家計)の生涯年金2000万円赤字(平均で月5万円、30年で)は金融庁(金融審議会市場ワーキンググループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」6月3日公表)の審議会で検討して積み上げた数字に実感があり、撤回しても国民に納得されてしまっています。
 世紀初めには「100年安心」の年金が論議されていたはず。その後の歴代政府がグランドデザインを掲げて国民に訴えることをせず、「ゴムひも伸ばし」の政策をつづけてきたゆえの結果なのです。20年にしてこの体たらく。「ゴムひも伸ばし」の政策をやめ、政策不在の連鎖を断ち切って、新たな社会の姿「三世代平等型長寿社会」を掲げて国民に訴えるときなのです。2019・9・27

「日本長寿社会」へのパラダイムシフト

 史上初、国際的に先行する「日本長寿社会=三世代平等型社会」への世紀をまたいだパラダイムシフト(規範の変化)をみてみましょう。

20世紀後半期の社会   21世紀初頭の社会
国土の均衡ある発展     個性ある地方の発展
人生65年時代       人生100年時代
高齢化率(65歳以上の人口比率。国際的基準)
14%・1994年    21%・2007年 25%・2015年
ピラミッド型人口構成    釣りがね型人口構成
高齢化社会         高齢社会・超高齢社会・長寿社会
支えられる高齢者      支える側の高齢者
二世代+α型社会      三世代平等型社会
団塊(1947~49)世代  平和団塊(1945~50)世代
成長力の時代        成長力・成熟力・円熟力の時代
定年60歳         定年65歳+
余生・隠居         自立・参加・ケア・自己実現・
                尊厳(国連「高齢者五原則」)
還暦・古希・喜寿・・    賀寿期五歳層
自治体立小学校・中学校   自治体立生涯学習大学校
生きがい教育        地域カリキュラム
核家族二世代同居      三世代同等同居 
一人暮らし         地域包括ケア
シニア・老人力       アクティブシニア・丈人力
終末期病院で        終末期自宅で   2019・9・25

「100年安心」の年金が崩壊
2000万円の蓄えでもムリ
「人生100年」時代に60歳の人が95歳まで生きるとすると、年金以外に2000万円が必要という。世紀初めには「100年安心」の年金がいわれて、退職金と貯蓄を合わせて2000万円には届かなくとも、「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(1995年制定の「高齢社会対策基本法」前文)へ向かっていると信じていた国民は、それがわずか20年で崩壊していることを知らされたのです。

 本稿は1999年の「国際高齢者年」以来「ゴムひも伸ばし」の無策連鎖に警鐘を鳴らしつづけてきました。「ゴムひも伸ばし」の政策のまま貯蓄を奨励するのではなく、「三世代平等型」社会へとしくみを変えて、増え続ける高齢者が貯蓄がなくとも安心して暮らせる社会をめざすのが本筋だからです。
いま65歳の人の金融資産の平均保有額2252万円を公表の支えとしているのでしょうが、みなさんそんなに持っているのでしょうか。そしてこの発表に「自分は安心」と思える人がどれほどいるのでしょうか。2019・9・23

争いの「怒」を和かな「恕」に変えて
心の同じ場所からの異なった感情表現

 人名用漢字ですがあまり用いられない漢字に「恕」(じょ。ゆるす、思いやる)があります。傍らに身近な「怒」(ど。いかる)があり、このふたつの文字は姿からして心の中の同じ所から発する異なった感情を表現していると想定されます。ともに女性に起因しています。
「恕」については、門弟の子貢から「一言にして終身行うべきもの」を問われた孔子は「それ恕か。おのれの欲せざる所は人に施すなかれ」(『論語「衞霊公十五」』)と答えています。一方で老子は「聖人の道は為して争わず」(『老子「八一章」』)と言い残して去りました。「善く戦う者は怒らず」(戦いは怒りによらない)とも言っています。怒りは怒りを再生するからです。 胸中で勢いづく「怒」をゆるやかな「恕」に変えて発することで争いを回避・解消できこころに中で時使ってを怒を恕にかえてなだめてから発露することで、世の中はどれほど穏やかになることでしょう。恕子(ひろこ)さん、がんばってください。円水社+「恕己及人」(じょききゅうじん)より 2019・9・21 

「男女平等」よりひとまず「女尊男卑」
2000年間のしくみを変える
「男尊女卑」のさまざまなしくみが2千年紀もつづいてきました。なぜだったのでしょうか。ヒトの集団の場合は、男は戦い奪う性、女は産み守る性という偏務的な役割分担があったからです。男性が戦う外敵はヒトばかりではありません。他の動物や災害も相手でした。女性が守る対象は自分の子供ばかりではありません。親族・宗族・宗祖や伝統・財などでした。外敵としての他の動物はいなくなり、見えざる仮想敵国はなくなり、戦えば双方の滅失(人類の滅亡)が想定される事態になりました。

 安定したしくみへの偏務の解消のための男性の女性化、女性の男性化は過渡的な方法でしかありません。一気に「男女平等」とはいかないのです。さまざまな場面での偏務の修正は「男女平等」ではなく、意識の「女尊男卑」と行動によってすすめることにより、あらたなしくみの創出が可能になるのです。結果としての「男女平等」はその先に見えているのです。
 こういう事情を女性は喜んでばかりはいられません。自立した意識と努力で、男性を納得させる実力をつけねばならないからです。2019・9・19

日本百歳社会は女性社会
7万人の88%がじょせい
「敬老の日」の9月16日、世界最高齢の田中力子(かね)さん116歳を小川洋福岡県知事が訪れてお祝いしました。福岡市の老人ホームで迎えた田中さんは、周りの人から「これからやってみたいこと」と聞かれると、両手をひろげて「いま持っている力をみんなにあげたい」とこたえて、驚きと拍手につつまれました。1903年(明治36)に9人きょうだいの7人目として生まれた田中さんはギネスワールドレコード社から男女を通じて「存命中の世界最高齢」に認められています。男性は北海道足寄町在住の渡辺智哲さん112歳。

 9月15日に厚労省が発表した100歳以上の高齢者は初めて7万人を超えて7万1238人となりました。そのうち女性が88.1%。老人福祉法が制定された1963年には全国で153人でしたが、1981年に1000人を突破、1998年に1万人を突破し、その後も右肩上がりに増えつづけています。「日本百歳社会」は世界初の女性社会として成立しようとしています。2019・9・17

会員募集 特別半月間
(2019年9月15日~10月1日)
1999年・国連「高齢者年」から20年
1999年10月1日・国連「高齢者デー」から20年
1999年9月15日・高連協「高齢者憲章」から20年


「高齢化」という国際的潮流への対応として、これまでわが国と国民は
「高齢者対策」(年金・福祉・介護・医療)には力を尽くしましたが、
「高齢社会対策」(モノ・サービス・しごとづくり、居場所・しくみの形成、移動の安全)は構想のままで実現に達しておりません。
 これから20年、史上初、世界ではじめて成立した「高年世代」が中心になって、前人未到の「三世代平等型長寿社会」の達成をめざすこと。国際的に先行するわが国と国民の”世紀の課題”にむかって、本会はその先頭に立ち烽火を高く掲げ”ます。
 津々浦々の五百壮士、三千の同志は、 今ここに集合してほしい!!
 2019・9・15 記 堀 亜起良

世界で初の「高年世代」が登場
65歳以上の高齢者は3588万人
 毎年、総務省が9月15日(老人の日)に発表している高齢者に関する人口推計によると、65歳以上の高齢者は3588万人で、高齢化率(人口比)は28.4%になりました。2位はイタリアで23.0%、3位はポルトガルで22.4%。ということは最速で4人にひとりに達したのがアジアの日本が最初で、ヨーロッパの国々はゆっくりと高齢化を迎えているということです。
 4人にひとりということはボリュームとしての「高年世代」の成立を意味します。青少年、中年世代とともに「高年世代」が成立し、それに見合ったモノやサービスや居場所やしくみを新たに創出する必要があるのです。いまある社会で「二世代+α」として余生を遠慮がちに過ごすのではなく、みずからの知識・技術を活用して高齢者みんなが暮らしやすい生活圏をこしらえて、「三世代平等型」社会を達成すること。仲間とともに日復一日を楽しんで過ごしながら「人生100年」をめざすことになります。2019・9・15

「老壮青」バランスは政策内容で
 第四次安倍再改造内閣(9月11日)で、総理が提唱した「老壮青」バランスはどう実現されたのでしょうか。麻生太郎(78)副総理兼財務相を留任させ小泉進次郎(38)環境相を起用したこと、待機組の70代から6人と側近重用の50代から9人を入閣させて、働き盛りの60代を4人におさえたことで「安定と挑戦」への態勢が整ったと自賛しているようですが。

 改造人事とともに重要なことは政策内容での改造です。が、本稿が求めつづけている専任の「高齢社会担当相」設置への指向にとぼしく、健丈な高齢者を重用する呼びかけにも欠けています。「少子化」とともに課題とされる「高齢化」対策が進まないうえに、「全世代型社会保障」を検討することで高齢者層への財政的比重が軽くなることになります。
 そして何より緊急な施策が地方創生です。必ず訪れる国際的な経済変調に耐えられる内需型経済伸長。それを支えるのが、地域にふえた健丈高齢者層による暮らしやすい地域づくりです。三世代が暮らしやすい地域ごとそれぞれのモノやサービスやしくみづくりによる「三世代平等型」生活圏の創生。横比べの地域創生が急務です。2019・9・13

「和風・・」は民族特性の成果 
 日本文化は外来の文化を撚り合わせて総合して成り立っています。「漢字かなカナROMA字まじり」の日本語表記からしてまずはその証です。世界文化遺産に登録された「和食」をはじめとして和服も和風住宅も、そのほか移入した優れた文物を工夫してこの国の暮らしに取り入れさらに勝れた「和風」の成果として達成してみんなで享受しています。モノのありようは、国外からの技術の長所を融け合わせて統合を示しています。

 海外から優れたものを取り入れてこの国の風土に適したさらに勝れたものを作り出してきた民族特性。その特性を活かした21世紀・第3千年紀でのさまざまな分野での「和風」活動・事業は日本の国際的声価を高めます。20世紀世界大戦への反省としての国際的事業である「非軍事平和国家」づくりは、日本がなすべき21世紀最重要の「和風」事業です。偏務として敗戦国の日本は国際的モデルとなる平和国家づくりに専念し、軍事力を保持してそれを守るのはアメリカをはじめとする戦勝国なのです。2019・9・11

「クールジャパン」は来日外国人の愉しみ
 はるか遠い日に東に向かった文化の波は漢・韓(かんから)を通じて日本に達して開花し、西に向かった技術の波はローマ・西欧・北米を経て日本に至って開化し、到達して開花・開化しなかったものは宝石鉱脈となって浅く深く横たわっています。そういえる理由は、わずかな特例のほかこの国から西へも東へも出て行った形跡がないからです。
 これまでのそんな国際的歴史的な溜め込みを、国外から訪れた人びとは、さまざまな鉱脈として探しあてて「クールジャパン」として発見を楽しんでいるのです。そこで「21世紀のニッポンは国際的歴史的な文化・技術の鉱脈です」といえるのですが。クール(かっこいい)と捉えられているものが、日本の製品・サービス・アニメ・漫画・ゲームからファッション・食・観光まで多岐にわたるからといって、「クールジャパン戦略」と称して担当大臣までおいて国が展開するのは本来の「クールジャパン」とはかけはなれた事業です。「共感」をもって海外に知らせるのは来日した外国の人びとだからです。2019・9・9

「神」と「孔子」についての米中対立
 ことしの中国の小学生むけ教科書から、外国文学作品の中の「神」や「聖書」といった表現が削除されました。たとえば『マッチ売りの少女』では「星が流れ落ちる時、魂が神様のもとへ行くのよ」というセリフが「星が流れ落ちる時、人がこの世を去るのよ」に変わったといいます。『論語』にも「子、怪力乱神を語らず」(「述而篇」から)や「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」(「先進篇」から)とあって、来世の「神」の存在を認めない「宗教事務条例」にかかわってのことでしょう。

 一方、アメリカでは「孔子学院」の活動への制限があります。孔子学院は孔子の名を冠していますが儒学教育機関ではなく、海外の大学などと提携して中国語や中国文化の教育および宣伝、友好関係の醸成を目的とした政府の機関で、各国に500か所を超え、日本でも活動しています。
 全米で同学院の閉鎖がつづき、政治や経済の対立とともに考え方やしくみにかかわる文化の領域でも、見過ごすことのできない対立が動き出しています。2019・9・7

「現役」とは兵役についている人のこと
「現役」の原義は兵役に服していること、軍務についている人のことです。
 ですから漢字文化圏では「現役の学生」といえば兵役に服している学生のこと。兵役のない日本だから「いま学生という立場にある若者」の意味なのです。先の大戦の敗戦後にわが国に託された国際的偏務事業が、「非軍事平和国家」の創出でした。偏務としての「平和」の国づくりゆえに若者に兵役がありません。 しかし形成されてゆく「平和国家」を守る意識と活動は、この国の若者にとっても重要な役割になってきました。それは「兵役」に対峙する「公役」です。

「公役」として、若い一時期、平和裏に国を守る意識を共有するために、自主的に、男性はおもに地域・災害のため、女性はおもに介護・福祉の活動をすることで、国家・国土・国民のありようを体験することは平和国家のモデル(教育)の一環としてあってよい姿です。 2019・9・5 

日本国憲法がもつ「国際的偏務性
 憲法議論に、もっと「日本国憲法」がもつ国際性と偏務性を論じることが必要です。「非軍事平和」条項である「九条」を守るべきは、アメリカをはじめとする戦勝国であり、「九条」を掲げた日本の役割は「非軍事平和」に徹した国際モデルの国づくりです。自主憲法論は内向的で偏っています。議論は若い世代が憲法成立の経緯を知り、その国際性と偏務性を活かす層を厚くする機会とすること。

 歴史探検家半藤一利氏は、歴史的反省としての護憲活動として、中小国の平和を求める市民に訴えて「九条」の意味合いを国際的に共有し、「非軍事平和」の潮流をつくることだ、と訴えています。(「半藤一利・藤井裕久対談」2018・6・5から)
  20世紀の「戦禍」を21世紀の「平和」につなげるために、来る2047年に、「日本国憲法100年記念祝典」を国際的におこなうこと。その主催者は、永続する平和の証として100歳人生をめざしている戦後世代(平和団塊)の代表がつとめることになるでしょう。2019・9・3

「一国優先主義」のゆく
 国際的な歴史に学べないのはアメリカのようです。世界中に惨禍をもたらした第一次大戦のあと当事国の努力で成立した国際協調のかなめである国際連盟に加わらず、反転させて「一国優先主義」により国益を守ろうとした結果、アメリカの利益どころか大恐慌を現出したのでした。
 今またアメリカに生じた協調から反転への逆流。トランプの「一国優先主義」は米中の経済摩擦を契機に国際的な潮流となり、経済の一国優先主義による通貨切り下げ競争となり、それに影響を受けた日本経済の崩壊が世界不況という大震災の震源になることすら見えてきました。

 政界の名誉顧問として、藤井裕久氏は歴史から学べないアメリカの暴挙といい、歴史探検家の半藤一利氏は「国家の公益は非軍事平和を守ること」といいます(「半藤一利・藤井裕久対談」2018・6・5から)。わが国が歴史に学んで世紀を越えて掲げつづける国際協調の旗印は「憲法九条」であり、平和を願う各国市民に訴えて共有し、国際協調の強く太い芯柱とすべきでしょう。2019・9・1

余生(隠居)は「中隠」でいいか 
 高齢者(65歳+)のみなさんは、定年とともに年金(公的・私的)を得て、貯蓄と退職金を合わせて将来を見据えて、安心して「毎日が日曜日」といわれる余生(隠居)を送っているといわれています。
「大隠は朝市に隠る」と『文選』に載る王康琚「反招隠」詩にがあって、真の隠者はにぎやかな市中で暮らしているというのです。『文選』は平安時代からよく読まれて、小野岑守(篁の父)が言及していますし、のち『方丈記』の鴨長明の閑居には白居易の生き方が意識されています。

 白居易(字が楽天)は「中隠」詩で、大隠はやはり朝市に住むこと、喧騒を離れて丘樊(郷村、山中)に入るのは小隠で、「出づるに似てまた処(お)るに似たり」の中隠をよしとしています。しごとに留まっていても心と力を労せず、忙しすぎず閑でもない、飢えと寒さをしのぐ給与も得られるというもの。今いう「生涯現役」に近いですが、高齢者がみな小隠で25年+の余生を送ったら年金不足は起こって当然。中隠といわず社会参加する「大隠朝市」の人生を志向する時期にあるのです。2019・8・27

「七十古希」から「百齢眉寿」へ
「酒債は尋常行く処に有り、人生七十は古来稀なり」と詠った酒豪の杜甫の詩「曲江」から70歳を「古希」と呼ぶようになったといいます。
 杜甫が59歳で没したことから「七十古希」がいわれ、長寿の目標とされてきました。高級官人は70歳になるとどこででも使える杖をもらって「杖国」と呼ばれたといいます。「三笠の山の月」を想って客死した阿部仲麻呂(晁衡)は70を越えて生きましたから拝受したのでしょう。

「百齢」は百歳のこと。百歳はなおはるかに遠い願望だったでしょう。「眉寿」は老齢になると白い長毛の眉(眉雪)が生えて長寿の特徴となることから。同じ唐代の書家虞世南は「願うこと百齢眉寿」(琵琶賦)と記して百歳を願いましたが、80歳を天寿として去りました。「七十古希」の杜甫は59歳でしたから、長寿への願望は遠くに置いたほうがいい。「百齢眉寿」を目標にして日また一日を過ごすことをおすすめします。2019・8・25
これ以前は「現代シニア用語事典」に

  

茶王樹下 先人の営為に習う 四字熟語

木已成舟 (もくいせいしゅう) 2019・8・28 円水社+
 伐り出された木材はすでに加工されて舟となっているという「木已成舟」I(夏敬渠『野叟曝言(九・一四九回)』など)は、すでに事情が定まってしまって改めることができないこと、もはや挽回できないことにいいます。この比喩としてわかりやすい「木已成舟」は古い用例がなく、典拠としてやや後の李汝珍『鏡花縁「三五回」』などが引かれていることから清朝での新語のようです。近代にも巴金は『春「一五回」』の中で、封建時代の因習を打破する反逆の勇気を「木已成舟」として若者たちに託しています。
 木の用については、孔子が弟子の宰予を評した「朽木は彫るべからず」(『論語「公冶長第五」』)が古くから知られていますが、こちらは木の用としては否定的な用例です。
 トランプ大統領の登場による一国優先主義は、第二次大戦後つづいてきた国際協調を反転させ、アメリカの経済回復どころか大不況を呼んだ第一次大戦後の二の舞を演じようとしています。歴史に学べない国際的暴挙として「木已成舟」がいわれます。

「大隠朝市」(たいいんちょうし)2019・08・21  円水社+
 先の大戦の戦禍のあと、復興から高度成長そして繁栄期の日本をこしらえた功労者である高齢者(六五歳以上)のみなさんは、意識の上でも実生活でも「毎日が日曜日」といわれる余生(隠居)を送っています。やれやれと肩の荷をそれぞれにおろして。
 隠居については、『文選』に載る西晋時代の王康琚「反招隠」詩に「大隠は朝市に隠る」があって、真の隠者というものは、にぎやかな市中に暮らしているというのです。「令和」にちなむ張衡の「帰田譜」で見たように『文選』は上代からよく読まれていましたから、平安時代に小野岑守(篁の父)が空海にことよせて言及しているし、のち隠遁文学といわれる『方丈記』の鴨長明の閑居には白居居の生き方が強く意識されています。
 唐代の白居易(字が楽天)は「中隠」詩で、大隠・中隠・小隠の三とおりの生き方を記しています。大隠はやはり朝市に住むこと、喧騒を離れて丘樊(郷村、山中)に入るのは小隠で、「出づるに似てまた処(お)るに似たり」の中隠をよしとしています。しごとに留まっていても心と力を労せず、忙しすぎず閑でもない、飢えと寒さをしのぐ給与も得られるというもの。
 今いうところの「生涯現役」が近いのですが、やや忙しすぎるようです。三五〇〇万人に達した高齢者がみんな小隠では年金不足は起こって当然のことでしょう。中隠といわず「大隠朝市」の人生を志向する時期にあるようです。

◎「恕己及人」(じょききゅうじん)2019・8・14 円水社+
 人名用漢字ですがあまり用いられない漢字に「恕」(じょ。ゆるす、思いやる)があります。傍らに身近な「怒」(ど。いかる)があり、このふたつの文字は姿からして心の中の同じ所から発する異なった感情を表現していると想定されます。ともに女性に起因して。
「恕」については、門弟の子貢から「一言にして終身行うべきもの」を問われた孔子は「それ恕か。おのれの欲せざる所は人に施すなかれ」(『論語「衞霊公十五」』)と答えています。福沢諭吉も『福翁百話「八」』で「古聖人の教にして之を恕の道と云ふ」と認めています。一方で老子は「聖人の道は為して争わず」(『老子「八一章」』)と言い残して去りました。「善く戦う者は怒らず」(戦いは怒りによらない)とも言っています。怒りは怒りを再生するからです。
 胸中で勢いづく「怒」をゆるやかな「恕」に変えて発することで争いを回避・解消できるというのが「恕己及人」(葛洪『抱朴子「至理」』など)です。恕子(ひろこ)さん、あなたが平和の証です。日ごろみんなの「怒」を「恕」に変えて争いをなくしてください。言い過ぎていたらお恕しを。

◎「寥若晨星」(りょうじゃくしんせい)2019・8・7 円水社+
 東の空が明るんで暁の光が射すころになると、天空にあって数えられないほど輝いていた星が消えていきます。新しい朝の訪れです。新しい朝を迎えて最後まで輝いている星たちが「晨星」です。あけの明星(金星・啓明星)を最後にして。親しい友人や人材が次第に減っていくようすが「寥若晨星」(孫文『建国方略「二」』など)です。「寥落晨星」「落落晨星」ともいいます。
 魯迅も『書信集「致山本初枝」』に、上海の内山書店で「談論できる人が晨星のように少なくなって(寥若晨星)、寂寞の感に」と記しています。数が少なくなった意味合いで用いていますが、「晨星」はそれゆえに「鳳毛麟角」に比べられるほどにかけがえのない人びとなのです。鳳凰の羽毛と麒麟の角はどちらも貴重で希少なものにいわれます。
「人生100年」時代にいくつから「晨星」と呼べるかわかりませんが、戦禍から立ち上って史上に希な70年余の「平和と平等」の社会を創った先人の離世の報を聞くたびに、次世代に平和のメッセージを送りつづけていた「晨星」がまたひとつ失われる寂寥感とともに、新世紀の「三世代平等型社会」をともに生きた喜びを新たにするのです。

シニア用語(用文)NOW

「浮動票」ではなく「不動票」
7月21日の参院選を終えて

投票率5割を割る
 7月21日(日)の「参院選」を終えました。
 令和後の世情の動きを測る契機として待ってみて過ごしましたが、案に相違せず、投票率が下がって5割を切りました。48.80%。戦後最低になった選挙区が20もあったといいます。自民党の得票率は有権者全体の2割に及ばず、にもかかわらず、議席数38に「国民の信任を得た」という安倍首相。

 与野党を問わず、政治(家の発言)が国民(浮動票・不動票・無党派層・swing vote・・)の現実意識と離れている(いく)ことに意を払わず、議席を得たことで「万歳!」をする当選議員の浮薄で相も変らぬ固定意識・・。浮動票ではなくしっかりとした政治意識をもつ人びとの”不動票”の存在と改憲勢力を3分の2に届かせなかった国民の“隠善”ともいうべき正常な歴史感覚の実在が救いです。
 もうひとつ、わたくし個人の関心としては、87歳で東京地方区から立った元参議院議員であった野末陳平さんの得票数、その立候補の意気に感じて、高齢都民の票がどれほど動くのか、注目していました。91194票でした。7・25 akira

野末事務所に藤井裕久さんが激励に
華やぎのあるお二人の出会いと会話
 7月11日(木)10時30分に、藤井裕久さんが千代田区平河町の野末陳平事務所を訪れて激励・歓談をしました。お二人は同じ昭和7年生まれで87歳、野末さんが1月、藤井さんが6月生まれなので学年は野末さんが一年上、参議院での活躍は野末さんが1971年から、藤井さんが1977年からで、これも野末さんが先輩ですが、活動の期間が重なっており、「やあ、お久しぶり」と握手をし、「大蔵委員会では」といえば通じるお仲間のようです。
 経済を強くするには「円安にして輸出で稼いで観光でウハウハするのはバカなこと、円高で稼がなければ」、政治では「トランプはアメリカではない。安部はあんなやつの腰ぎんちゃくになっている。メルケルに学べ」で、高齢者(老人といわない)については「日本の建て直しをして世の中をよくしたのはいまの高齢者なのに、高齢者はお金がかかるといわれる。高齢者の不満も要求も役割も高齢者でなければわからない」と野末さん。藤井さんは「野末さんは凄い、偉いよ。高齢者の代表としてがんばてください。勝って万歳をやろう」と、終始華やぎのあるお二人の出会いでした。 7・11 akira

野末陳平通信 から
今日7月11日(木)は、午前中に溜まった書類など整理していたら、
何と、スゴイ訪問客。
元大蔵大臣の藤井裕久さんが、突如、この選挙事務所に訪ねてこられました。お仲間の、高校時代の後輩・山田哲司さん、中国文化研究者である堀内正範さん、三人の高齢者が勢揃い。偶然に来合せた旧友の福田さん含めて、皆さんいろいろな意見を語ってくれました。まさに高齢者のナマの声です。
「いまの日本は我々高齢者が、基礎を作ったんだ」と力説しておられましたが、まさにその通りなんですが、それを理解してくれる若者は少ないし、そういう高齢者の声も世間には届かないので、
「チンペイ君に、老人たちの代表になってもらう」という。
老人は古くさい、今は高齢者ですよ、なんて話になったりして、笑いも生まれた程、談論風発、あっという間に時間が過ぎていきます。
とくに、藤井元大蔵大臣は、官僚のレベル低下を嘆いておられ、
「日本は強い円(えん)がベストなんだ。円安で儲かる企業が、円安を歓迎してるが、弱い円なんぞ、いくら稼いでもイミがない」
と、かなり専門的な、突っ込んだ議論にも熱が入りました。
藤井さんはチンペイと同じ87歳で、ぼくより一期下の議員だったんですが、その記憶力のすごさ、戦時中の話まで及んで、ぼくはもうびっくり。
山田哲司さんや堀内正範さんも、高齢者の本音をいろいろ教えてくれましたので、ぼくの今回の選挙に大いに役立ちます。
遠い所から訪問してくれた、お三人の同輩に感謝します。

野末陳平さんが参院選に出馬
高齢都民が選ぶ「人生100年」時代の代表
 元参議院議員の野末陳平さん(昭和7年・1932年1月2日生まれ・87歳)が、第25回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から無所属で立候補しました。7月4日が告示日で、投票日は21日(日)です。野末さんは元議員、当選回数4、24年ぶりに。
 東京都選挙区は定員6で、現職の有力候補として自民党からは丸川珠代(48)、武見敬三(67)、公明党からは山口那津男(67)の各氏が出ています。野末さんは無党派で、いま高齢者の「ナマの声」を国政に反映させるには高齢議員でなければ、という覚悟で立候補を決めたといいます。
 最近の政治のレベル劣化や年金+「2000万円」自助の問題での与野党双方の対応にガマンしきれなくなった高齢者の声を国政に反映させようというもので、当選すれば「人生100年時代」のこの国の社会のシクミに大きな影響を与えることになります。心臓の不整脈に配慮しながらの覚悟の出馬に、都民4分の1の高齢者が熱く厚く応じることで、どこまで票を集められるか。都民でない同憂の士は、mailや電話で都内の知友の一票に思いを添えることで。本会は趣旨を同じくする野末議員の登場に熱く期待し支援の活動をいたします。7・4 akira

八七歳 華やぎのある多士済々 
昭和7年・1932年生まれ
●は去世者 

野末陳平(1・2 放送作家) ●二上達也(1・2 将棋棋士) 本多勝一(1・28 ジャーナリスト) 稲盛和夫(1・30 実業家) 高階秀爾(2・5 美術評論) 広岡達朗(2・9 プロ野球) 白土三平(2・15 漫画家) ●世良譲(3・10 ピアニスト) ●大沢啓二(3・14 プロ野球) 平岩弓枝(3・15 作家) 早乙女勝元(3・26 作家) ●大島渚(3・31 映画監督) ●富田勲(4・22 音楽家) 桂由美(4・24 ファッション) ●高井有一(4・27 作家) 樋口恵子(5・4 評論家) 黒井千次(5・28 作家) ●小田実(6・2 評論家) 藤井裕久(6・24 政治家) ●宇井純(6・25 化学工学) 内橋克人(7・2 評論家) ●遠藤実(7・6  作曲家) ●青島幸男(7・17 作家) 堂本暁子(7・31 千葉県知事) 岸恵子(8・11 俳優) 小林亜星(8・11 作詞・作曲) ●岩城宏之(9・6 指揮者) 杉浦康平(9・8 デザイン) 石原慎太郎(9・30 都知事・作家) 五木寛之(9・30 作家) 三浦雄一郎(10・12 プロスキーヤー) 森田実(10・23 政治評論) 渡辺美佐子(10・23 俳優) 田中那衞(11・23 俳優) 仲代達矢(12・13 俳優)

シニア用語(用文)NOW

「年金+2000万円」は政策ミス

「ゴムひも伸ばし」政策の破綻
歴代内閣の無策連鎖つづく

いまや人生を安心して暮らせる国民はどこにもおりません。
「預貯金が2000万円以上あるからわたしは安心」とひそかに思ったところで、乗っている船(国)が沈んでいくのだから安心などありえないのです。
 1995年の「高齢社会対策基本法」以来、1999年の「国際高齢者年」以来の「高齢化社会」形成への延滞に、本稿が警鐘をならしつづけてきた危惧が、わずか20年で現実味をおびてきました。世紀初めには「100年安心」年金が課題・話題になっていたはず。このままでは政府の「ゴムひも伸ばし」政策のすえに、新世紀の日本社会は「国際的失敗例」を残すことになります。新世紀になって以後の首相は、だれもこの国の新たな姿を国民に示せずに、だれもが成功例であった20世紀の遺産を食いつぶしてきただけ。政策不在の連鎖がつづいているのです。
「令和」のどこにこの国の将来像が見えるのでしょう。ことばだけは踊っていますが。

「言う者は知らず、知る者は言わず」(老子のことば) という実情は社会の末期の姿を示しています。20年来の本稿の「三世代平等社会」が論じられ実現にむかってはじめて、史上初、国際的モデルの日本社会が登場するのです。――

『「三世代平等社会」をつくる ~百折不撓の「人生100年」を体現して~』
(200ページ) 2019年版論考。

関連自著
『丈人のススメ 日本型高齢社会 「平和団塊」が国難を救う』

シニア用語(用文)NOW

ここまで来てしまった年金崩壊

年金+2000万円の蓄え
 1999年の「国際高齢者年」いらい本稿がこれまで「高齢化社会」形成への延滞に警鐘をならしつづけてきた危惧が、わずか20年で現実味をおびてきた。世紀初めには「100年安心」の年金が課題として議論になっていたはず。いま政府は「ゴムひも伸ばし」の政策を根本から見直すことの必要を、足元の金融庁が「審議会指針案」という報告書の形で悲鳴をあげて訴えていることに衝撃を受ける時期にある。これをつづけるかぎりではこうなるということで。いま65歳の人の金融資産が平均保有額で2252万円あるという統計上の数値を発表の支えとしているのだろう。年齢層として貯蓄の多いみなさんだが、だれもがそんなに持っているのだろうか。そしてこの発表に「自分だけは安心」と思うのだろうか。
 いま60歳の人が「人生100年」時代に95歳まで生きるとすると、年金以外に2000万円が必要という。月5万円の取り崩しを30年つづけるとして。現役にさえできない「貯蓄」を奨励するのではなく、貯蓄がなくともみんなが安心して暮らせる社会をめざすこと。1995年に「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)をめざす「高齢社会対策基本法」を決定した。あれからわずかに20年でこの結果、国際的に先行し注目されている長寿国のだれもが安心して暮らせる社会へ向かっているとはとてもいえない。「高齢化社会」議論の基本的道筋へもどらねばならないだろう。
「高齢化社会」の形成に失敗しつつある日本が、G20で先進諸国にこんな報告と提案をするのは世界への恥さらし以外のなにものでない。akira 2019・6・8

現代シニア用語事典

「七十古希」から「百齢眉寿」へ
「人生七十古来稀なり」と詠った杜甫の詩「曲江」から70歳を「古希」と呼ぶようになったといいます。ですからすでに1200年余の経緯をもつことばなのです。それ以前のことはわかりませんが、唐代で古来稀れなのですからよほど稀れだったのでしょう。杜甫が願ってたどりつけなかった(59歳で没)ことから「古希」がいわれ、70歳が長寿の証とされてきました。
 そのころ長安は安禄山軍の侵入を受けたあとで、「国破れて山河在り、城春にして草木深し」(杜甫「春望」から)といったありさま。杜甫は意にかなわぬ日々を酒びたりで送っていたらしく、「酒債は尋常行く処に有り、人生七十は古来稀なり」(酒の付けは常にあちこちにあるけれど、あってほしい70歳は希にしかない)と有るものと無いものとを比較しているのです。いまは両方がある時代だからこの対比に味わいがなくなりましたが。杜甫自身は旅先で貧窮のうちに59歳で去世しています。高級官人は70歳になると国中どこででも使える杖をもらって「杖国」と呼ばれたといいます。日本にもどれず「三笠の山の月」を想って客死した阿部仲麻呂は70を越えて生きましたから拝受したでしょう。 akira 記

「百齢眉寿」
「百齢」は百歳のこと。2011年は大正百年(1912年が元年)でしたから、大正人が百寿に達しています。わが国では百歳以上の人が七万人(女性が88%)に達してなお増えつづけており、史上稀な長寿国になりつつあります。
 杜甫が「人生七十古来希なり」と詠ったことから「古希」がいわれ、70歳が長寿の証として納得されてきました。とすれば百歳はなおはるか遠い願望だったのでしょう。「眉寿」は老齢になると白い長毛の眉(眉雪)が生えて長寿の特徴となる。同じ唐代の書家で有名な虞世南は「願うこと百齢眉寿」(琵琶賦)と記して百歳を願いましたが、80歳を天寿として去りました。「七十古希」の杜甫は59歳、「百齢眉寿」の虞世南は80歳でしたから、長寿への願望は遠くに置いたほうがいい。
 白髪が増えると老いの訪れとして苦い思いで抜いたり染めたりしますが、眉に白いものが見えた時は長寿への証として喜んで残すほうがいい。人生100年時代。いまや稀でない「七十古希」を迎えたら、次には「百齢眉寿」を目標にして日また一日を過ごすことをおすすめします。 akira 記

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

「銀海生花」(ぎんかいせいか)20190605 円水社+
「銀海生花」(蘇軾「雪后書北台壁 其の二」から)というのは、反射的な光線を浴びた時に眼にみえる花のことですから、だれでも経験していながら意識していない“わたしだけの花”のようです。「銀海」というのは唐代の道教の僧医であった孫真人の著『銀海精微』が眼科にかんする古典として知られて、いまでも眼科医むけの情報誌『銀海』が出ていますし、メガネの専門家を養成する日本眼鏡技術専門学校は銀海学園の経営ですから、「銀海」は眼あるいは眼科の意味合いでなお用いられている古語のようです。
 宋の蘇軾の詩は「凍合玉楼寒起粟、光揺銀海眩生花」というもので、王安石も「道書には肩を玉楼となし目を銀海となす」と解説していますからリアルには肩や眼をいうのでしょうが、「銀海生花」を詠った蘇軾には玉楼も銀海も花もそれとして見えていたはず。ぎんぎんぎらぎらと夕日が沈む日本海でつかの間の「銀海生花」に出合った人もあるでしょう。「眼花繚乱」で色に目まどうではなく、“わたしの花”をみてほしいのです。

6月生まれ シニア人名録(昭和元年~昭和20年)

田中克彦(昭和9・6・3 言語学) 津村節子(昭和3・6・5 作家) 山田太一(昭和9・6・6  脚本家) 柳田邦男(昭和11・6・9 評論家) 鎌田慧(昭和13・6・12 ジャーナリスト) 椎名誠(昭和19・6・14 作家) 伊東四朗(昭和12・6・15 俳優) 山本晋也(昭和14・6・16 映画監督) 高見山大五郎(昭和19・6・16 大相撲) 張本勲(昭和15・6・19 プロ野球) 鈴木忠志(昭和14・6・20 演出家) 石坂浩二(昭和16・6・20 俳優) 長山藍子(昭和16・6・21 俳優) 竹内敏信(昭和18・6・21 写真家) 野村万作(昭和6・6・22 狂言師) 妹尾河童(昭和5・6・23 舞台美術) 藤井裕久(昭和7・6・24 政治家) 司修(昭和11・6・25 画家・作家) 横尾忠則(昭和11・6・27 画家) 野村克也(昭和10・6・29 プロ野球) 倍賞千恵子(昭和16・6・29 俳優)

『月刊丈風 5月号』memo

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

「游刃有余」 (ゆうじんゆうよ) 20190529  web円水社+
「游刃有余」(『荘子「養生主」』から)は、庖丁(ほうてい、料理人)の技術がすぐれていて、身のこなしも手さばきも軽く牛刀をあやつりながら骨と肉をやすやすと切り分けていき(桑林之舞)、あとに余地が残ることに。そこから比喩として経験が豊富で熟練した技術や知識で問題を解決するのにむだな力を費さないことにいいます。
目の前で庖丁が実にやすやすと牛をさばいていくのに驚いて文恵君(梁の恵王)が聞きます。庖丁はこれは技ではなく道だといいます。牛の骨と肉のつき具合をよく知って本来の筋目に従い本来のからだのしくみに従って調理するので骨に当たることがない。「腕のいい料理人でも年ごとに牛刀を替えるのは骨に当たるからで、わたしのは19年になり数千頭もの牛をさばいても研いだ後のように鋭利です」と答えます。「善きかな、言を聞いて生を養うを得たり」と恵王に言わしめています。
日本がF3を買って「借鶏下蛋」をねらうのも、アメリカ市場で中国製品が歓迎されるのも、「游刃有余」の結果だといいます。

現代シニア用語事典 同時代人

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ 
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範

1930(昭和5)年

・内田満(1・4 政治学) 菅野昭正(1・7 フランス文学) 我妻堯(1・9 母子保健) ・三宅久之(1・10 政治評論) ・田中一光(1・13 デザイン) ・新珠三千代(1・15 俳優) ・東松照明(1・16 写真家)   不破哲三(1・26 政治家) ・大賀典雄(1・29 企業経営) ・小此木啓吾(1・31 精神医学) ・粕谷一希(2・4 編集者) 荒瀬豊(2・15 マスコミ史) 飯島耕一(2・25 フランス文学) ・日高敏隆(2・26 昆虫学) ・芝田進午(3・26 社会学) 松山幸雄(4・1 ジャーナリスト) 竹村健一(4・7 評論家) ・松永伍一(4・22 評論家) 秋山駿(4・23 文芸評論) 加藤秀俊(4・26 社会学) 坂根厳夫(4・27 科学評論) 高橋英夫(4・30 ドイツ文学) 半藤一利(5・21 作家) ・熊井啓(6・1 映画監督) ・和田勉(6・3 演出家) ・阿部進(6・11 教育評論)   ・平山郁夫(6・15 画家) 妹尾河童(6・23 舞台美術) ・深作欣二(7・3 映画監督) 秋谷栄之助(7・15 宗教家) 高島忠夫(7・27 俳優) ・芦田淳(8・21 服飾デザイン) ・竹内宏(9・13 経済評論) 有馬朗人(9・13 原子核物理) 石川喬司(9・17 評論家) ・東野芳明(9・28 美術評論)  佐藤忠男(10・6 映画評論) ・野坂昭如(10・10 作家) ・渡部昇一(10・15 評論家)  水尾比呂志(11・7 造形学) ・黒木和雄(11・10 映画監督) ・大庭みな子(11・11 作家) ・佐々淳行(12・11 安全保障) ・諸井誠(12・17 作曲家) 小田島雄志(12・18 演劇)

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ 
2010年以後の ・去世者 を含む  2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範  

1929年(昭和4)年

・三遊亭圓歌(1・10 落語家) ・神山繁(1・16 俳優) ・三木多聞(2・6 美術評論) 田沼武能(2・18 写真家) 西川杏太郎(3・9 日本美術史) 大塚正徳(3・10 薬理学) 三遊亭金馬(3・19 落語家) 犬塚弘(3・23 俳優) ・津本陽(3・23 小説家) ・小沢昭一(4・6 俳優) 永井一正(4・20 デザイナー) 加賀乙彦(4・22 小説家) 鈴木道彦(4・26 フランス文学) ・仲谷昇(5・4 俳優) ・板東三津五郎(5・14 歌舞伎俳優) ・奥平康弘(5・19 憲法学) ・高橋治(5・23 小説家) ・日野啓三(6・14 小説家) ・都筑道夫(7・6 推理作家) 栗田勇(7・18 フランス文学) 笹原正三(7・28 レスリング協会) 磯村尚徳(8・9 ジャーナリスト) ・早坂暁(8・11 小説家) ・松下圭一(8・19 政治学) サトウサンペイ(9・11 漫画家)  ・ 新井直之(9・21 ジャーナリズム論)  中江利忠(10・4 ジャーナリスト) ・志賀信夫(10・23 放送評論) ・高松英郎(10・24 俳優) 奈良岡朋子(12・1 俳優)

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範  

1928年(昭和3)年生まれ

大堀敦子(1・1 ピアニスト) 池田大作(1・2 宗教家)岡井隆(1・5 歌人) ・網野善彦(1・22 常民文化) 馬場あき子(1・28 歌人) 暉峻淑子(2・5 生活経済) ・増田義郎(2・17 文化人類学) ・上田哲(2・26 ジャーナリスト) 長沢和俊(2・28 東西交渉史) ・兼高かおる(2・28 旅行作家) ・小島功(3・3 漫画家) 田辺聖子(3・27 作家) ・菊竹清訓(4・1 建築家) ・古在由秀(4・1 天文学) 久里洋二(4・9 アニメーション) ・諸井虔(4・23 企業経営) 津村節子(6・5 作家) ドクター中松(6・26 実業家) ・蝋山道雄(8・11 国際政治) 唯是康彦(8・13 食糧経済) ・三浦文夫(社会保障・社会福祉) ・五十嵐喜芳(9・8 声楽家) ・古橋広之進(9・16 JOC会長) 羽仁進(10・10 評論家) 杉葉子(10・28 女優) 熊沢喜久雄(11・14 植物栄養学) 宮尾盤(11・27 地方財政) ・土井たか子(11・30 政治家) ・土本典昭(12・11 記録映画) ・佐藤慶(12・21 俳優)  

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範  

1927年(昭和2)年 生まれ

・一番ケ瀬康子(1・5 社会福祉) ・勅使河原宏(1・28  華道・映画監督) ・熊倉一雄(1・30 演出家) ・石牟礼道子(3・11 作家) 宮城まり子(3・21 ねむの木学園) ・堤清ニ(3・30 企業経営・作家) 無着成恭(3・31 教育評論) ・矢代静一(4・10 劇作家) ・北杜夫(5・1 作家) ・ジョージ川口(6・15 音楽家) ・芦野宏(6・18 シャンソン) 小原秀雄(7・2 動物生態学) 粟津則雄(8・15 文芸評論) ・祖父江昭二(9・3 近代文学) 伊東光晴(9・11 経済学) ・坂本義和(9・16 国際政治学) 緒方貞子(9・16 国際関係) ・加山又造(9・24 画家) 舛田利雄(10・5 映画監督) ・馬場のぼる(10・18 漫画家) 童門冬二(10・19 作家) 長谷川慶太郎(11・29 経済評論) 

同時代人 昭和シニア人名簿 1 1926年~1945年生まれ
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18制作 堀内正範  

1926年(大正15年・昭和元)年生まれ

・早乙女貢(1・1 歴史小説) 森英恵(1・8 ファッション) ・森亘(病理学) ・三浦朱門(1・12 作家) ・松谷みよ子(2・15 児童文学) 青木光一(2・17歌手) 安野光雅(3・20 画家) ・加藤寛(公共選択) ・河野多恵子(4・30 作家) 渡辺恒雄(5・30 新聞事業) ・奧野健男(7・25 文芸評論) 石井ふく子(9・1 プロデューサー) ・今村昌平(9・15 映画監督) 小柴昌俊(9・19 物理学者) ・祖父江孝男(11・5 文化人類学) 鈴木孝夫(11・9 言語社会学) 中根千枝(11・30 社会人類学) 、

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

江郎才尽」(こうろうさいじん)20190515  web円水社+
身近なスマホでも車でも、かつてナンバーワンといわれたものが衰退していく「江郎才尽」の感覚は、だれにもわかるのでよく使われます。 江郎は江淹(字は文通、444~505)のこと。南朝の宋、斉、粱の三代に仕えた文学者で、若いころは才気あふれる詩文を表して高い評価を得ていましたが、官をのぼり年をとるにつれて文思衰退して佳句を欠き趣きを失い、ついには枯渇して並みの詩文しか書けなくなって「江郎才尽」(『南史「江淹伝」』から)といわれました。いまなら認知症といわれるような病変によって起こる文思衰退を「江郎才尽」と名づけられて 当人としてそれを知って耐えていた江郎自身の悲哀の深さがこのことばを残しているのでしょう。
もの書きばかりでなく歌手にも名作の映画化にもいわれ、テレビに出づっぱりのタレントに実例をみかけます。また文才ばかりでなく、サッカーの花形選手にも、ブランド製品の劣化や国際モーターショーでの日本車が「江郎才尽」と評されたりもします。

シニア用語(用文)NOW

「人生100年」は「人生90年(65+25年)+」

「人生100年」 高齢化率 高齢者人口

「人生100年」は2017年11月の「所信表明演説」で、安倍首相が「人生100年時代を見据えた経済社会の在り方を大胆に構想し、わが国の経済社会システムの大改革に挑戦します」と明言したことから。
その検討のために設けられたのが「人生100年時代構想会議」で、同会議は2017年年末には中間報告をおこない、2018年6月には「人づくり改革基本構想」をとりまとめています。安倍内閣の政策である「三本の矢」に即した人選の有識者会議であり、教育無償化とリカレント教育、高齢者雇用までで、「人生100年時代」を拓く構想にはなお遠いものになっています。ひとことでいえば、会議員一人ひとりの「人生100年」の寄せ集めでしかありません。招請されて構想会議のメンバーに加わった英国のリンダ・グラットン女史が著書『LIFE SHIFT』の中で、日本の子どもたちが世界一の長寿で半分が107歳まで生きると予測として話題になりましたが。女史はみずからが属する中年時代にしごとが選択できる社会を構想し、そこでの多様で豊かな人生を想定しています。
「人生100年」を「人生90年(65+25年)+」という数式に置き換えてみます。65歳は国際的標準での高齢者。わが国では定年退職の年齢であり、年金支給年齢でもあります。わが国の高齢者人口は3515万人、総人口比率(高齢化率)で27.7%になっています。65歳以上人口のうち、「65~74歳人口」は1767万人(男性843万人、女性924万人)で総人口に占める割合は13.9%、「75歳以上人口」は1748万人(男性684万人、女性1065万人)で、総人口に占める割合は13.8%(平成30年版『高齢社会白書』)。そして「25年+」は健康寿命や平均寿命にかかわります。「人生100年」をひとからげにすることなく、一人ひとりがみずからの高齢期にふさわしい暮らしができるような対策で細部にふれていかなければ、実体もつかめず、国際的に評価されるような「高齢化社会」の実現はできないのです。 2019・5・10 akira

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

「凡桃俗李」(ぼんとうぞくり)20190508  web円水社+
大地が温もった春に咲き、妍を争いあう桃や李の姿(李白桃紅)を、凡であり俗とみる「凡桃俗李」(王冕「題墨梅図」から)がいわれます。そこから俗人のすることや平凡な事物や実績のない政治についてもいわれます。
元末明初の画家王冕(おうべん、字は元章)の「凡桃俗李争芬芳、只有老梅心自常」が出典。氷雪の林中にいて一夜清らかな香りを発する白梅に出合った画家が、苦学した姿を思いつつ桃李を凡俗とみる立場には納得がいきます。
子どもの王冕が苦学するようすが小学生の教科書に「少年王冕」の話として載っています。貧農の子だった彼は、地主の牛の面倒をみながら村の学堂へいき、朗々と読み上げられる文章を記憶します。あるとき牛を忘れて帰って父に叩かれ、家を脱したかれは寺院にいき、仏像の膝に坐って灯明のあかりで借りてきた破れた本を読みました。結局、科挙には合格できず、各地を放浪して絵を画いてすごしました。
王冕の画は日本にも伝わり、信長の父織田信秀が所蔵していた「墨梅図」が宮内庁三の丸尚蔵館に保存されています。

シニア用語(用文)NOW

日本国憲法100年保持の国際的役割

2019・5・3 akira

日本国憲法」について議論するなら、国際性と偏務性から論じなければ本質に迫れません。
国際性というのは、制定の経緯から「日本国憲法は日本のものではあるが日本のものではない」ということ。「非軍事平和の九条」を守るのは日本ですが、日本に守らせるのはアメリカをはじめとする連合国であって、各国は日本が自主を称して破ろうとする芽を常に監視せねばならないのです。
日本の役割は、ひとえに「非軍事平和」に徹した国際モデルとしての国づくりなのです。 戦後70年、この偏務を当たり前としてきた日本国民、制定時の戦後を体感していた人びとがいなくなり、平和を当たり前とする人びとに置き換わっています。 内に平和の体感しかない国民が外に軍備をすることでそれを守ろうとする自主憲法は、制定の歴史を黙止した偏向であり論外なのですが、平和期を“戦間期”に染めかえる役割を果たそうとしています。
この時期にこそ憲法論議はおおいにやるべきでしょう。戦禍と成立の経緯を知らない若い世代がその経緯を知って新たに守る層を厚くする機会となります。昭和史に通暁する半藤一利・保阪正康氏の持論ですが、「非軍事平和」主義の「日本国憲法」の趣意を中小国の市民に訴えて意味合いを国際的に共有する。そして100年を保持して2047年に「日本国憲法100年記念祝典」を連合国市民との共催で国際的におこなう。それを支えるのは、兵役もなく平和の証として「100歳人生」をめざしている戦後世代(本稿の平和団塊)が主催することになるのでしょう。

国防・自衛について
「九条」への自衛隊記載は国際的には一国軍国化の証。周辺国からの反発は必至です。四囲が海の日本の国防は軍備では不可能です。“外敵”からは守りづらい国なのです。いま海岸には原発があります。ひとつ破壊されたらそれで終わりです。自衛の限界は国民が熟知するところ。国境紛争地域はわが国が平和裏に共同守備・共同開発を提案し実施することで、所有の国家主権の意味を実体としてなくすことでしょう。 平和立国での自衛としては、「兵役」義務のない青年たちは一時期、平和裏に国を守る意識を共有するために、「公役」として若い日にひとしきり、男性はおもに地域・災害のための活動、女性はおもに介護・福祉の活動をすること。そうすることで、国家・国土・国民のありようを体感することは、平和国家の保持の一環としてあっていい。 akira

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「令和」を「冷和」とするなかれ

2019・5・2 hori

「令和(後平成)」期は「三世代平等化」のチャンス 。
改元を機に、青少年(~30成長期)や中年(~60成熟期)のみなさんはさらに勢いづくでしょう。そのとき4人にひとりに達した「高年世代(65~円熟期)」はどうするのか。これまでどおり二世代+α型の「ゴムひも伸ばし」の高齢化政策に温存されて、いまある社会で身を細めて暮らすのでしょうか。
このたびの明仁天皇の生前退位は、展望を示せない政府の高齢化政策にみずから「ノー」をいわれて、高齢期の人生を確保されたもの。
本会は上皇になられてからの人生の期間を「令和(後平成)」期と呼び、3500万人の「高年世代」が支え合って「自立」をすすめて存在感を示して「三世代平等化」を達成するチャンスとして位置づけています。
そのためには「(内向的な)老人」としてではなく、日々外へ出て、保っている知識・技術・資産・人脈を活かして、仲間とともにみずからの生活感覚にふさわしいモノ・居場所・しくみをこしらえること。円熟期のみなさんには、経済を伸長(成長といわない)し、文化を深化し、新たな社会を形成する潜在力(本稿の丈人力)があるのですから。 hori

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ 

春蘭秋菊」(しゅんらんしゅうぎく)20190501  web円水社+

「平成」から「令和」への改元。青少年(~30成長期)や中年(~60成熟期)のみなさんは勢いづくでしょうが、4人にひとりの「高年世代(65~円熟期)」の人びとは、このままいまある社会で身を細めて過ごすのでしょうか。
このたびの明仁天皇の生前退位は、政府の「ゴムひも伸ばし」の政策に「ノー」をいわれて、みずからの高齢期人生を確保されたもの。本稿は上皇としての期間を「令和(後平成)」期と呼び、「高年世代」が「自立」をすすめて存在感を示す「三世代平等化」のチャンスとして期待しています。
「退位礼正殿の儀」(4月30日)を終えた明仁天皇の最後のおことばは、象徴としてのつとめを「国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは幸せでした」であり、「即位後朝見の儀」(5月1日)での徳仁新天皇のおことばは、上皇に学び「自己の研讃に励むとともに常に国民を思い国民に寄り添う」でした。
円熟期の上皇と成熟期の新天皇にはそれぞれに人生の春秋があります。「春蘭秋菊」(『楚辞「九歌・礼魂」』など)なのです。

『月刊丈風 4月号』memo

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「令和(後平成)」期と平和団塊の世代

 幸せにも、幸せにも、戦後の「平和」のもとで生まれ、ともにひもじく貧しい時期に育ちはしたものの、競って学び、勤めて高度成長を支え、先人の余沢によりなにほどかの貯蓄を得て、世紀をまたいで高齢者となった「平和団塊の世代」の人びと(一九四六~一九五〇年)が、「七十古希」に到達しつつあります。
先の第二次世界大戦のあとに生まれた「戦後ベビーブーマー(戦後ッ子)」が各国にいて、「団塊」としてひとくくりに呼ばれるボリュームとはうらはらに、多彩で個性的な人生を送っています。両親から「平和」であることのたいせつさを骨身に刻みこまれ、「長寿」は人生にとって普遍的な価値であり、そのための「平和」は欠くことのできない条件であることを体感として理解している人びとです。

一九九五年に「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)の形成をめざすとして制定された「高齢社会対策基本法」のことを知っていたとしても、働きざかりの五〇歳のころでしたから実感はまったくなかったでしょう。七〇歳に達してはじめて納得のいく文言として率直に理解できて、先人の先見性に感謝している事でしょう。 ですからわが国の高齢者とくに「平和団塊」の人々は、国際社会に「非軍事平和」を訴える「憲法第九条」と、尊厳ある長寿をめざして社会改革を訴える「高齢社会対策基本法・前文」というふたつの歴史的旗印を先人から引き継いでいるのです。 国際的な関心と期待を受けて、「人生一〇〇年」という実質的な活動期間をライトを浴びて舞台に立つ「平和団塊」のみなさんに、本稿もまた熱い思いで注目し、その歴史的ステージを見守っているのです。
 
ここで「ニッポン発二一世紀オリジナル」の主役をつとめている「平和団塊」のみなさんの横顔を、ほんのすこしだけ紹介しておきたい。新聞・TVなどから勝手に選ばせていただいた方々ですが、どうか掲載をお恕し願います。

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戦後世代「平和団塊」人名録(昭和21~25年)
一九四六(昭和二一)年生まれ・七三歳に。
鳳蘭(俳優) 松本健一(作家) 宇崎竜童(歌手) 美川憲一(歌手) 北山修(歌手) 新藤宗幸(政治学) 柏木博(デザイン) 岡林信康(歌手) 堺正章(TVタレント) 坂東真理子(官僚) 田淵幸一(プロ野球) 菅直人(政治家) 秋山仁(数学教育) 藤森照信(建築史) 倍賞美津子(俳優)・・

一九四七(昭和二二)年生まれ・七二歳に。
橋本大二郎(政治家) 衣笠祥雄(野球評論) ビートたけし(TVタレント) 尾崎将司(プロゴルフ) 西郷輝彦(歌手) 鳩山由起夫(政治家) 津島佑子(作家) 千昌夫(歌手) 上原まり(琵琶奏者) 荒俣宏(作家) 中原誠(将棋棋士) 小田和正(歌手) 北方謙三(作家) 金井美恵子(作家) 西田敏行(俳優) 森進一(歌手) 池田理代子(漫画家) 布施明(歌手)・・

一九四八(昭和二三)年生まれ・七一歳。
高橋三千綱(作家) 毛利衛(宇宙飛行士) 里中満智子(漫画家) 赤川次郎(作家) 五木ひろし(歌手) 赤松広隆(政治家) 江夏豊(プロ野球) 都倉俊一(作曲家) 沢田研二(歌手) 上野千鶴子(女性学) 井上陽水(歌手) 橋爪大三郎(社会学) 糸井重里(コピーライター) 由起さおり(歌手) 舛添要一(都知事) 谷村新司(歌手) 内田光子(ピアニスト)・・

一九四九(昭和二四)年生まれ・七〇歳「古希」に。
村上春樹(作家) 鴨下一郎(政治家) 林望(国文学) 海江田万里(政治家) 高橋真梨子(歌手) 平野博文(政治家) 武田鉄矢(歌手) 高橋伴明(映画監督) 萩尾望都(漫画家) ガッツ石松(ボクシング) 矢沢栄吉(歌手) 佐藤陽子(バイオリニスト) 堀内孝雄(歌手) 松崎しげる(歌手) 森田健作(政治家) テリー伊藤(演出家)・・

一九五〇(昭和二五)年生まれ・六九歳に。 残間里江子(プロデューサー) 舘ひろし(俳優) 和田アキ子(歌手) 坂東玉三郎(歌舞伎俳優) 東尾修(プロ野球) 中沢新一(宗教学者) 池上彰(ジャーナリスト) 姜尚中(政治学者) 八代亜紀(歌手) 辺見マリ(俳優) 塩崎恭久(政治家) 梅沢富士男(俳優) 岩合光昭(写真家) 綾小路きみまろ(漫談家) 神田正輝(俳優)・・
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いかがでしょうか、個性的で頼りがいのある人びとでしょう。みんなが等しく貧しかった戦後に育った子どものころの記憶を共有している人びと。そこからそれぞれに個性的な人生をつくりあげて、熟成期をすごしている「平和団塊の世代」(日本の戦後ッ子)のみなさん。この約九五六万人の一人ひとりを、敗戦後のきびしい生活環境の中で育ててくれたご両親の「平和」への思い。それを想い起こして国際平和を体現する「平和団塊の世代」と呼んで、本稿は注目しているのです。「団塊」では即物すぎて、「平和」では理念すぎて、いずれも収まりづらいかもしれませんが、あわせて「平和団塊の世代」と呼ぶのをお許し願います。

世界大戦の当事国となった先進諸国の戦後には同じ経歴のベビーブーマーの人びとがいます。その人びととともに、わが国の「平和団塊の世代」が、それぞれの地で穏やかに高齢期をすごせる社会をみずからの力で形成し、長寿を全うすること。それが「平和に生きる」こと、「非軍事平和の日本国憲法」の理念であり共有する社会の姿にちがいないからです。それはまた次の世代へ、途上諸国の人びとへと先行モデルとして伝わることになるでしょう。一人ひとりが世紀をまたいで平和のうちに長寿を体現する。こんな役回りは願っても求めても得られるものではないのです。(論考:『史上初の「三世代平等社会」~百折不撓の「100年人生」を体現して』~から) 2019・4・30 hori

シニア用語(用文)NOW

「平和団塊の世代」が長寿モデルに

やや失礼とは知りながら、敗戦後の一九四七~一九四九年に生まれた人びとを、ここでも「団塊の世代」と呼んでいます。ご存知のように一九七六年に作家の堺屋太一さん(2019・2・8去世83歳)が『団塊の世代』を書いて、そのボリュームゆえの社会的影響を指摘して以来の呼び名であり、教育の現場や就職、結婚などでみんなが納得して用いることで流行語になったのですが、カタカナの「戦後ベビーブーマー」では実感においてとてもかなわない。いまでも約六五〇万人というボリュームを保持しています。
ですが、本稿では「平和団塊の世代」と呼んでいます。 同じく二○○万人を越えて生まれた一九五○年と、少数とはいえ本稿の課題である「平和」では決して存在を無視してはいけない終戦翌年である一九四六年生まれの一四〇万人の人びとを含んでいます。

この戦後五年間の「平和団塊」世代は、二一世紀を迎えたとき一○三七万人(二〇〇〇年一〇月)で、いま約九五六万人(二〇一七年一〇月)を数える戦後ッ子の人びとを指しています。 このアクティブ・シニア、高齢者ニューフェイスの「平和団塊」の人びとが、二〇二五年に七五歳に達して、なお「人生一〇〇年」をめざして創出する史上初の平和裏の長寿社会、本稿の「三世代平等型の長寿社会」が、ニッポン発二一世紀オリジナルの重要な「和風」事業なのです。 「平和団塊」の人びとは戦後七〇年余のあいだ、強直で骨太の先輩に引きまわされながら精いっぱいに生きてきて、おおかたの人の髪は白くなりました。「戴白の老」です。

「戴白の老も干戈を睹(み)ず」 というのは、髪が白くなった老人すら人生に一度も戦争に出合わなかったという幸運な人生を伝える良いことばです。それはいかに歴史上に「戦乱」のときが多く長く、「平和」が少なく短かったかを伝えています。 戦後七○年、「平和団塊の世代」のみなさんが「干戈を睹ず」に暮らしてきたことは確かです。二〇世紀後半の日本がそういう歴史的に稀有な平和な時代であり、そこに生まれあわせて過ごしてこられたことをなによりの幸せと感じられるのがこのことばです。二〇一八年一二月二三日の明仁天皇の天皇としての「最後のおことば」にも「平成」期が「平和」を守りえた安堵を述べておられました。そのためには「戦禍の記憶」をのちの世代に語り継ぐことが何よりも必要であると言い添えて。

内に「戦禍」を秘めて外に「平和」をもとめた先人が次第に少なくなり、胸中を占める「平和」を守るために外に「軍備」を必要とする後人が多くなります。戦後七〇年と「平成」の改元とはその折り返し点、つまり新たな「戦前」へと移る折り返し地点を予感させます。政治的軍事的な隣国からのゆさぶりそそのかしを受けて、世論はいきおい「軍国化」に傾きます。平和から戦争へ(戦間期)と振り子意識が働いてゆくのは、歴史の繰り返しと知りながら同じ道を選ばざるを得ないからです。

次の「戦前」へとリピートする予兆。 そういう日本国内に生じる芽を未萌のうちに摘みつづけるためには、「戦禍の記憶」を世代伝授しつづけること。とくに「平和団塊」のみなさんが、先人として胸中に保持する「戦禍の記憶」を後人の胸中へと伝え継ぎながら、みずからは「人生一〇〇年」を目標としつつ、二〇四七年の「非軍事平和憲法」制定一〇〇年記念の祝典まで護持していく覚悟を固めるしかないのです。 「昭和の日」は、それを確認するための祝日なのです。 (論考:『史上初の「三世代平等社会」 ~百折不撓の人生を体現して』~から)2019・4・29  hori

シニア用語(用文)NOW

元号「令和」について

漢籍と国書双方を典拠とすべし

「春笋怒発」(四字熟語からのごあいさつ)
新元号「令和」の選定者(安倍首相)は、国書『万葉集』が典故であることをひたすら強調し誇りとしています。しかしながら下記したように、実情からいえば漢籍と国書の双方を典故として説明すべきだったでしょう。これまでの恒例であった漢籍と新たに国書を合わせて典故とすることで、“漢字文化圏”の広がりと豊かさを歴史的事実として示せたはずだからです。残念ですが、首相の脱中国の自国意識の過剰さと教養のなさが際立った一件になりました。

元号「令和」について異論はないのですが、連載中の「四字熟語の愉しみ」に3回にわたって書いたように、漢字文化圏に配慮せずに歴史を削いでしまった選定者の発言の偏りによって、古典にむかう国民の意識にズレを生じます。外来の優れたものを採り入れてより勝れたものにするという民族特性「和風」として語れれば、中国の知識人も納得できて、日本の首相としての令姿を示せたでしょう。昨今、際立つ外国人による「クールジャパン」は、歴史的ジパングの「和風」鉱脈さがしなのですし、何よりいま最大の「和風」事業は、世界に例をみない「非軍事平和国家」の実現と継承なのですから。  
以下おつきあいください。2019・4・21 hori


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連載「四字熟語の愉しみ」web「円水社+」 http://www.ensuisha.co.jp/plus/ から
◎「風和日麗」(ふうわにちれい) 2019年4月17日
前回みたとおり「令和」の典拠になった『万葉集』(天平2年、730年)の「初春令月、気淑風和」の八字は、王羲之「蘭亭集序」の「天朗清、恵風和暢」と『文選』にある張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」からの化用(借用)がいわれます。が、もうひとつ唐代高宗のもとで文学の発展に寄与した宰相薛元超の「諫蕃官仗内射生疏」の文にある「時惟令月、景淑風和」が最も似た表現として指摘されます。当時、遣唐使が持ち来った新渡来の文献のなかからふさわしい表現として化用したことが想定されるのです。 日本語が「漢字かなカナROMA字混じり」であるように、外来の優れたものをより勝れたものにする日本文化の「和風」の多重性こそが民族特性なのです。「和」の意味合いは「平和」「昭和」「大和」「風和」で異なりますが、ここでは現憲法の国際的片務である「非軍事平和」が最大の「和風」事業であることに思いをいたしつつ、改元の年の五月の風暖かく陽光明るい「風和日麗」(沈復『浮生六記「二巻」』など)の休日を過ごすことに。

◎「令月嘉辰」(れいげつかしん) 2019年4月10日
新元号の「令和」が大化(645年)から248番目で初めて国書『万葉集』から得たことで、令(よ)き大和民族の特性「国風」に語りつないだ安倍首相の発言に対して、日中双方から漢字文化圏の豊かさを削ぐべきでないとする意見が出ています。優れたものを採り入れてより勝れたものにする特性「和風」を言えれば首相は令姿を示せたでしょう。 江戸期の契冲『万葉代匠記』には「梅の花の歌三十二首并序」は王羲之「蘭亭集序」の筆法を模したもの、「初春令月、気淑風和」の八字は張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」から、「気淑」は杜審言の詩から、「鏡前之粉」は宋武帝女寿陽公主の梅花粧から、「松掛羅而傾蓋」は隋煬帝の詩に負うなどの指摘がなされています。それらを借りて「和風」にするのが民族の特性といえるもの。「令月」にちなむ四字熟語に「令月嘉辰」(『大慈恩寺三蔵法師伝「巻九」』など)があって、令月はいい月、嘉辰はいい日で、あわせて「吉日」をいいます。『和漢朗詠集「巻下・祝」』に「嘉辰令月歓無極」が見えます。

◎「恵風和暢」(けいふうわちょう)2019年4月3日
新元号が「令和」と決まりました。安倍首相は漢籍でなく国書『万葉集』が典故であることを強調し誇りとしましたが、実情からいえば漢籍と国書の双方を典故とすべきだったでしょう。大宰府の自邸で、王羲之の蘭亭の宴に似せて梅見の宴を開いた大伴旅人が、『万葉集「巻五」』に載る「梅の花の歌三十二首并序」に「初春令月、気淑風和」の八字を記すにあたって、王羲之「蘭亭集序」の「天朗気清、恵風和暢」と張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」を念頭において、前者から「気」と「風和」を、後者から「春令月」と「和気」を得ており、後者は「令和」の典故でもありえます。それを知る提案者は、漢籍と国書を合わせて典拠とすることで漢字文化圏の豊かさを示そうとしたのではなかったでしょうか。 「風和」について。日本では「雪月花」ですが中国では「風花雪月」です。柔らかい風が人を温かくつつむ「恵風和暢」からの「風和」には書き手の教養が示されています。東風に感じて白梅が花開く令月(二月)の大宰府天満宮の賑わいが想像されます。

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