『月刊丈風』(日本丈風の会) 2019年9月 memo

    日復一日  アクセス数 18569 

令和(後平成)元年=2019年9月22日  
己亥 皐月水無月文月葉月●長月神無月霜月師走
立秋処暑白露●秋分9・23寒露霜降立冬11・8
年初265日ー101日年末

新世紀の国際的モデル事例となる

「三世代平等型長寿社会」

をこしらえながら 百折不撓の
青少年・成長期 中年・成熟期 高年・円熟期を

 それぞれに迎え ともどもに生きる

「日本丈風の会」会員募集 特別半月間
(2019年9月15日~10月1日)

1999年・国連「高齢者年」から20年
1999年10月1日・国連「高齢者デー」から20年
1999年9月15日・高連協「高齢者憲章」から20年

「高齢化」という国際的潮流への対応として、これまでわが国と国民は
「高齢者対策」(年金・福祉・介護・医療)には力を尽くしてきましたが、
「高齢社会対策」(モノ・サービス・しごとづくり、居場所・しくみの形成、移動の安全)は構想のままで実現に達しておりません。
 これから20年、史上初、世界ではじめて成立した「高年世代」が中心になって、前人未到の「三世代平等型長寿社会」の達成をめざすこと。国際的に先行するわが国と国民の”世紀の課題”にむかって、本会はその先頭に立ち「衆志成城」「衆口一詞」の烽火を高く掲げ”ます。
 津々浦々の五百壮士、三千の同志は、 今ここに集合してほしい!!
 2109・9・15 記 堀 亜起良

亜起良つぶやき語録

 世界で初の「高年世代」が登場
 毎年、総務省が9月15日(老人の日)に発表している高齢者に関する人口推計によると、65歳以上の高齢者は3588万人で、高齢化率(人口比)は28.4%になりました。2位はイタリアで23.0%、3位はポルトガルで22.4%。ということは最速で4人にひとりに達したのがアジアの日本が最初で、ヨーロッパの国々はゆっくりと高齢化を迎えているということです。
 4人にひとりということはボリュームとしての「高年世代」の成立を意味します。青少年、中年世代とともに「高年世代」が成立し、それに見合ったモノやサービスや居場所やしくみを新たに創出する必要があるのです。いまある社会で「二世代+α」として余生を遠慮がちに過ごすのではなく、みずからの知識・技術を活用して高齢者みんなが暮らしやすい生活圏をこしらえて、「三世代平等型」社会を達成すること。仲間とともに日復一日を楽しんで過ごしながら「人生100年」をめざすことになります。2019・9・15

「日本百歳社会」は女性社会  
「敬老の日」の9月16日、世界最高齢の田中力子(かね)さん116歳を小川洋福岡県知事が訪れてお祝いしました。福岡市の老人ホームで迎えた田中さんは、周りの人から「これからやってみたいこと」と聞かれると、両手をひろげて「いま持っている力をみんなにあげたい」とこたえて、驚きと拍手につつまれました。1903年(明治36)に9人きょうだいの7人目として生まれた田中さんはギネスワールドレコード社から男女を通じて「存命中の世界最高齢」に認められています。男性は北海道足寄町在住の渡辺智哲さん112歳。
 9月15日に厚労省が発表した100歳以上の高齢者は初めて7万人を超えて7万1238人となりました。そのうち女性が88.1%。老人福祉法が制定された1963年には全国で153人でしたが、1981年に1000人を突破、1998年に1万人を突破し、その後も右肩上がりに増えつづけています。「日本百歳社会」は世界初の女性社会として成立しようとしています。2019・9・17

 「老壮青」バランスは政策内容で
 第四次安倍再改造内閣(9月11日)で、総理が提唱した「老壮青」バランスはどう実現されたのでしょうか。麻生太郎(78)副総理兼財務相を留任させ小泉進次郎(38)環境相を起用したこと、待機組の70代から6人と側近重用の50代から9人を入閣させて、働き盛りの60代を4人におさえたことで「安定と挑戦」への態勢が整ったと自賛しているようですが。
 改造人事とともに重要なことは政策内容での改造です。が、本稿が求めつづけている専任の「高齢社会担当相」設置への指向にとぼしく、健丈な高齢者を重用する呼びかけにも欠けています。「少子化」とともに課題とされる「高齢化」対策が進まないうえに、「全世代型社会保障」を検討することで高齢者層への財政的比重が軽くなることになります。
 そして何より緊急な施策が地方創生です。必ず訪れる国際的な経済変調に耐えられる内需型経済伸長。それを支えるのが、地域にふえた健丈高齢者層による暮らしやすい地域づくりです。三世代が暮らしやすい地域ごとそれぞれのモノやサービスやしくみづくりによる「三世代平等型」生活圏の創生。横比べの地域創生が急務です。2019・9・13

「和風・・」は民族特性の成果 
 日本文化は外来の文化を撚り合わせて総合して成り立っています。「漢字かなカナROMA字まじり」の日本語表記からしてまずはその証です。世界文化遺産に登録された「和食」をはじめとして和服も和風住宅も、そのほか移入した優れた文物を工夫してこの国の暮らしに取り入れさらに勝れた「和風」の成果として達成してみんなで享受しています。モノのありようは、国外からの技術の長所を融け合わせて統合を示しています。
 海外から優れたものを取り入れてこの国の風土に適したさらに勝れたものを作り出してきた民族特性。その特性を活かした21世紀・第3千年紀でのさまざまな分野での「和風」活動・事業は日本の国際的声価を高めます。20世紀世界大戦への反省としての国際的事業である「非軍事平和国家」づくりは、日本がなすべき21世紀最重要の「和風」事業です。偏務として敗戦国の日本は国際的モデルとなる平和国家づくりに専念し、軍事力を保持してそれを守るのはアメリカをはじめとする戦勝国なのです。2019・9・11

「クールジャパン」は来日外国人の愉しみ
 はるか遠い日に東に向かった文化の波は漢・韓(かんから)を通じて日本に達して開花し、西に向かった技術の波はローマ・西欧・北米を経て日本に至って開化し、到達して開花・開化しなかったものは宝石鉱脈となって浅く深く横たわっています。そういえる理由は、わずかな特例のほかこの国から西へも東へも出て行った形跡がないからです。
 これまでのそんな国際的歴史的な溜め込みを、国外から訪れた人びとは、さまざまな鉱脈として探しあてて「クールジャパン」として発見を楽しんでいるのです。そこで「21世紀のニッポンは国際的歴史的な文化・技術の鉱脈です」といえるのですが。クール(かっこいい)と捉えられているものが、日本の製品・サービス・アニメ・漫画・ゲームからファッション・食・観光まで多岐にわたるからといって、「クールジャパン戦略」と称して担当大臣までおいて国が展開するのは本来の「クールジャパン」とはかけはなれた事業です。「共感」をもって海外に知らせるのは来日した外国の人びとだからです。2019・9・9

「神」と「孔子」についての米中対立
 ことしの中国の小学生むけ教科書から、外国文学作品の中の「神」や「聖書」といった表現が削除されました。たとえば『マッチ売りの少女』では「星が流れ落ちる時、魂が神様のもとへ行くのよ」というセリフが「星が流れ落ちる時、人がこの世を去るのよ」に変わったといいます。『論語』にも「子、怪力乱神を語らず」(「述而篇」から)や「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」(「先進篇」から)とあって、来世の「神」の存在を認めない「宗教事務条例」にかかわってのことでしょう。
 一方、アメリカでは「孔子学院」の活動への制限があります。孔子学院は孔子の名を冠していますが儒学教育機関ではなく、海外の大学などと提携して中国語や中国文化の教育および宣伝、友好関係の醸成を目的とした政府の機関で、各国に500か所を超え、日本でも活動しています。
 全米で同学院の閉鎖がつづき、政治や経済の対立とともに考え方やしくみにかかわる文化の領域でも、見過ごすことのできない対立が動き出しています。2019・9・7 

「現役」とは兵役についている人のこと
「現役」の原義は兵役に服していること、軍務についている人のことです。
 ですから漢字文化圏では「現役の学生」といえば兵役に服している学生のこと。兵役のない日本だから「いま学生という立場にある若者」の意味なのです。先の大戦の敗戦後にわが国に託された国際的偏務事業が、「非軍事平和国家」の創出でした。偏務としての「平和」の国づくりゆえに若者に兵役がありません。 しかし形成されてゆく「平和国家」を守る意識と活動は、この国の若者にとっても重要な役割になってきました。それは「兵役」に対峙する「公役」です。
「公役」として、若い一時期、平和裏に国を守る意識を共有するために、自主的に、男性はおもに地域・災害のため、女性はおもに介護・福祉の活動をすることで、国家・国土・国民のありようを体験することは平和国家のモデル(教育)の一環としてあってよい姿です。 2019・9・5 

 日本国憲法がもつ国際的偏務性
 憲法議論に、もっと「日本国憲法」がもつ国際性と偏務性を論じることが必要です。「非軍事平和」条項である「九条」を守るべきは、アメリカをはじめとする戦勝国であり、「九条」を掲げた日本の役割は「非軍事平和」に徹した国際モデルの国づくりです。自主憲法論は内向的で偏っています。議論は若い世代が憲法成立の経緯を知り、その国際性と偏務性を活かす層を厚くする機会とすること。
 歴史探検家半藤一利氏は、歴史的反省としての護憲活動として、中小国の平和を求める市民に訴えて「九条」の意味合いを国際的に共有し、「非軍事平和」の潮流をつくることだ、と訴えています。(「半藤一利・藤井裕久対談」2018・6・5から)
  20世紀の「戦禍」を21世紀の「平和」につなげるために、来る2047年に、「日本国憲法100年記念祝典」を国際的におこなうこと。その主催者は、永続する平和の証として100歳人生をめざしている戦後世代(平和団塊)の代表がつとめることになるでしょう。2019・9・3

「一国優先主義」のゆく
 国際的な歴史に学べないのはアメリカのようです。世界中に惨禍をもたらした第一次大戦のあと当事国の努力で成立した国際協調のかなめである国際連盟に加わらず、反転させて「一国優先主義」により国益を守ろうとした結果、アメリカの利益どころか大恐慌を現出したのでした。
 今またアメリカに生じた協調から反転への逆流。トランプの「一国優先主義」は米中の経済摩擦を契機に国際的な潮流となり、経済の一国優先主義による通貨切り下げ競争となり、それに影響を受けた日本経済の崩壊が世界不況という大震災の震源になることすら見えてきました。
 政界の名誉顧問として、藤井裕久氏は歴史から学べないアメリカの暴挙といい、歴史探検家の半藤一利氏は「国家の公益は非軍事平和を守ること」といいます(「半藤一利・藤井裕久対談」2018・6・5から)。わが国が歴史に学んで世紀を越えて掲げつづける国際協調の旗印は「憲法九条」であり、平和を願う各国市民に訴えて共有し、国際協調を強く太い芯柱とすべきでしょう。2019・9・1

余生(隠居)は「中隠」でいいか 
 高齢者(65歳+)のみなさんは、定年とともに年金(公的・私的)を得て、貯蓄と退職金を合わせて将来を見据えて、安心して「毎日が日曜日」といわれる余生(隠居)を送っているといわれています。
「大隠は朝市に隠る」と『文選』に載る王康琚「反招隠」詩にがあって、真の隠者はにぎやかな市中で暮らしているというのです。『文選』は平安時代からよく読まれて、小野岑守(篁の父)が言及していますし、のち『方丈記』の鴨長明の閑居には白居易の生き方が意識されています。
 白居易(字が楽天)は「中隠」詩で、大隠はやはり朝市に住むこと、喧騒を離れて丘樊(郷村、山中)に入るのは小隠で、「出づるに似てまた処(お)るに似たり」の中隠をよしとしています。しごとに留まっていても心と力を労せず、忙しすぎず閑でもない、飢えと寒さをしのぐ給与も得られるというもの。今いう「生涯現役」に近いですが、高齢者がみな小隠で25年+の余生を送ったら年金不足は起こって当然。中隠といわず社会参加する「大隠朝市」の人生を志向する時期にあるのです。2019・8・27

「七十古希」から「百齢眉寿」へ
「酒債は尋常行く処に有り、人生七十は古来稀なり」と詠った酒豪の杜甫の詩「曲江」から70歳を「古希」と呼ぶようになったといいます。
 杜甫が59歳で没したことから「七十古希」がいわれ、長寿の目標とされてきました。高級官人は70歳になるとどこででも使える杖をもらって「杖国」と呼ばれたといいます。「三笠の山の月」を想って客死した阿部仲麻呂(晁衡)は70を越えて生きましたから拝受したのでしょう。
「百齢」は百歳のこと。百歳はなおはるかに遠い願望だったでしょう。「眉寿」は老齢になると白い長毛の眉(眉雪)が生えて長寿の特徴となることから。同じ唐代の書家虞世南は「願うこと百齢眉寿」(琵琶賦)と記して百歳を願いましたが、80歳を天寿として去りました。「七十古希」の杜甫は59歳でしたから、長寿への願望は遠くに置いたほうがいい。「百齢眉寿」を目標にして日また一日を過ごすことをおすすめします。2019・8・25
これ以前は「現代シニア用語事典」に

  

茶王樹下 先人の営為に習う 四字熟語

木已成舟 (もくいせいしゅう) 2019・8・28 円水社+
 伐り出された木材はすでに加工されて舟となっているという「木已成舟」I(夏敬渠『野叟曝言(九・一四九回)』など)は、すでに事情が定まってしまって改めることができないこと、もはや挽回できないことにいいます。この比喩としてわかりやすい「木已成舟」は古い用例がなく、典拠としてやや後の李汝珍『鏡花縁「三五回」』などが引かれていることから清朝での新語のようです。近代にも巴金は『春「一五回」』の中で、封建時代の因習を打破する反逆の勇気を「木已成舟」として若者たちに託しています。
 木の用については、孔子が弟子の宰予を評した「朽木は彫るべからず」(『論語「公冶長第五」』)が古くから知られていますが、こちらは木の用としては否定的な用例です。
 トランプ大統領の登場による一国優先主義は、第二次大戦後つづいてきた国際協調を反転させ、アメリカの経済回復どころか大不況を呼んだ第一次大戦後の二の舞を演じようとしています。歴史に学べない国際的暴挙として「木已成舟」がいわれます。

「大隠朝市」(たいいんちょうし)2019・08・21  円水社+
 先の大戦の戦禍のあと、復興から高度成長そして繁栄期の日本をこしらえた功労者である高齢者(六五歳以上)のみなさんは、意識の上でも実生活でも「毎日が日曜日」といわれる余生(隠居)を送っています。やれやれと肩の荷をそれぞれにおろして。
 隠居については、『文選』に載る西晋時代の王康琚「反招隠」詩に「大隠は朝市に隠る」があって、真の隠者というものは、にぎやかな市中に暮らしているというのです。「令和」にちなむ張衡の「帰田譜」で見たように『文選』は上代からよく読まれていましたから、平安時代に小野岑守(篁の父)が空海にことよせて言及しているし、のち隠遁文学といわれる『方丈記』の鴨長明の閑居には白居居の生き方が強く意識されています。
 唐代の白居易(字が楽天)は「中隠」詩で、大隠・中隠・小隠の三とおりの生き方を記しています。大隠はやはり朝市に住むこと、喧騒を離れて丘樊(郷村、山中)に入るのは小隠で、「出づるに似てまた処(お)るに似たり」の中隠をよしとしています。しごとに留まっていても心と力を労せず、忙しすぎず閑でもない、飢えと寒さをしのぐ給与も得られるというもの。
 今いうところの「生涯現役」が近いのですが、やや忙しすぎるようです。三五〇〇万人に達した高齢者がみんな小隠では年金不足は起こって当然のことでしょう。中隠といわず「大隠朝市」の人生を志向する時期にあるようです。

◎「恕己及人」(じょききゅうじん)2019・8・14 円水社+
 人名用漢字ですがあまり用いられない漢字に「恕」(じょ。ゆるす、思いやる)があります。傍らに身近な「怒」(ど。いかる)があり、このふたつの文字は姿からして心の中の同じ所から発する異なった感情を表現していると想定されます。ともに女性に起因して。
「恕」については、門弟の子貢から「一言にして終身行うべきもの」を問われた孔子は「それ恕か。おのれの欲せざる所は人に施すなかれ」(『論語「衞霊公十五」』)と答えています。福沢諭吉も『福翁百話「八」』で「古聖人の教にして之を恕の道と云ふ」と認めています。一方で老子は「聖人の道は為して争わず」(『老子「八一章」』)と言い残して去りました。「善く戦う者は怒らず」(戦いは怒りによらない)とも言っています。怒りは怒りを再生するからです。
 胸中で勢いづく「怒」をゆるやかな「恕」に変えて発することで争いを回避・解消できるというのが「恕己及人」(葛洪『抱朴子「至理」』など)です。恕子(ひろこ)さん、あなたが平和の証です。日ごろみんなの「怒」を「恕」に変えて争いをなくしてください。言い過ぎていたらお恕しを。

◎「寥若晨星」(りょうじゃくしんせい)2019・8・7 円水社+
 東の空が明るんで暁の光が射すころになると、天空にあって数えられないほど輝いていた星が消えていきます。新しい朝の訪れです。新しい朝を迎えて最後まで輝いている星たちが「晨星」です。あけの明星(金星・啓明星)を最後にして。親しい友人や人材が次第に減っていくようすが「寥若晨星」(孫文『建国方略「二」』など)です。「寥落晨星」「落落晨星」ともいいます。
 魯迅も『書信集「致山本初枝」』に、上海の内山書店で「談論できる人が晨星のように少なくなって(寥若晨星)、寂寞の感に」と記しています。数が少なくなった意味合いで用いていますが、「晨星」はそれゆえに「鳳毛麟角」に比べられるほどにかけがえのない人びとなのです。鳳凰の羽毛と麒麟の角はどちらも貴重で希少なものにいわれます。
「人生100年」時代にいくつから「晨星」と呼べるかわかりませんが、戦禍から立ち上って史上に希な70年余の「平和と平等」の社会を創った先人の離世の報を聞くたびに、次世代に平和のメッセージを送りつづけていた「晨星」がまたひとつ失われる寂寥感とともに、新世紀の「三世代平等型社会」をともに生きた喜びを新たにするのです。

シニア用語(用文)NOW

「浮動票」ではなく「不動票」
7月21日の参院選を終えて

投票率5割を割る
 7月21日(日)の「参院選」を終えました。
 令和後の世情の動きを測る契機として待ってみて過ごしましたが、案に相違せず、投票率が下がって5割を切りました。48.80%。戦後最低になった選挙区が20もあったといいます。自民党の得票率は有権者全体の2割に及ばず、にもかかわらず、議席数38に「国民の信任を得た」という安倍首相。

 与野党を問わず、政治(家の発言)が国民(浮動票・不動票・無党派層・swing vote・・)の現実意識と離れている(いく)ことに意を払わず、議席を得たことで「万歳!」をする当選議員の浮薄で相も変らぬ固定意識・・。浮動票ではなくしっかりとした政治意識をもつ人びとの”不動票”の存在と改憲勢力を3分の2に届かせなかった国民の“隠善”ともいうべき正常な歴史感覚の実在が救いです。
 もうひとつ、わたくし個人の関心としては、87歳で東京地方区から立った元参議院議員であった野末陳平さんの得票数、その立候補の意気に感じて、高齢都民の票がどれほど動くのか、注目していました。91194票でした。7・25 akira

野末事務所に藤井裕久さんが激励に
華やぎのあるお二人の出会いと会話
 7月11日(木)10時30分に、藤井裕久さんが千代田区平河町の野末陳平事務所を訪れて激励・歓談をしました。お二人は同じ昭和7年生まれで87歳、野末さんが1月、藤井さんが6月生まれなので学年は野末さんが一年上、参議院での活躍は野末さんが1971年から、藤井さんが1977年からで、これも野末さんが先輩ですが、活動の期間が重なっており、「やあ、お久しぶり」と握手をし、「大蔵委員会では」といえば通じるお仲間のようです。
 経済を強くするには「円安にして輸出で稼いで観光でウハウハするのはバカなこと、円高で稼がなければ」、政治では「トランプはアメリカではない。安部はあんなやつの腰ぎんちゃくになっている。メルケルに学べ」で、高齢者(老人といわない)については「日本の建て直しをして世の中をよくしたのはいまの高齢者なのに、高齢者はお金がかかるといわれる。高齢者の不満も要求も役割も高齢者でなければわからない」と野末さん。藤井さんは「野末さんは凄い、偉いよ。高齢者の代表としてがんばてください。勝って万歳をやろう」と、終始華やぎのあるお二人の出会いでした。 7・11 akira

野末陳平通信 から
今日7月11日(木)は、午前中に溜まった書類など整理していたら、
何と、スゴイ訪問客。
元大蔵大臣の藤井裕久さんが、突如、この選挙事務所に訪ねてこられました。お仲間の、高校時代の後輩・山田哲司さん、中国文化研究者である堀内正範さん、三人の高齢者が勢揃い。偶然に来合せた旧友の福田さん含めて、皆さんいろいろな意見を語ってくれました。まさに高齢者のナマの声です。
「いまの日本は我々高齢者が、基礎を作ったんだ」と力説しておられましたが、まさにその通りなんですが、それを理解してくれる若者は少ないし、そういう高齢者の声も世間には届かないので、
「チンペイ君に、老人たちの代表になってもらう」という。
老人は古くさい、今は高齢者ですよ、なんて話になったりして、笑いも生まれた程、談論風発、あっという間に時間が過ぎていきます。
とくに、藤井元大蔵大臣は、官僚のレベル低下を嘆いておられ、
「日本は強い円(えん)がベストなんだ。円安で儲かる企業が、円安を歓迎してるが、弱い円なんぞ、いくら稼いでもイミがない」
と、かなり専門的な、突っ込んだ議論にも熱が入りました。
藤井さんはチンペイと同じ87歳で、ぼくより一期下の議員だったんですが、その記憶力のすごさ、戦時中の話まで及んで、ぼくはもうびっくり。
山田哲司さんや堀内正範さんも、高齢者の本音をいろいろ教えてくれましたので、ぼくの今回の選挙に大いに役立ちます。
遠い所から訪問してくれた、お三人の同輩に感謝します。

野末陳平さんが参院選に出馬
高齢都民が選ぶ「人生100年」時代の代表
 元参議院議員の野末陳平さん(昭和7年・1932年1月2日生まれ・87歳)が、第25回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から無所属で立候補しました。7月4日が告示日で、投票日は21日(日)です。野末さんは元議員、当選回数4、24年ぶりに。
 東京都選挙区は定員6で、現職の有力候補として自民党からは丸川珠代(48)、武見敬三(67)、公明党からは山口那津男(67)の各氏が出ています。野末さんは無党派で、いま高齢者の「ナマの声」を国政に反映させるには高齢議員でなければ、という覚悟で立候補を決めたといいます。
 最近の政治のレベル劣化や年金+「2000万円」自助の問題での与野党双方の対応にガマンしきれなくなった高齢者の声を国政に反映させようというもので、当選すれば「人生100年時代」のこの国の社会のシクミに大きな影響を与えることになります。心臓の不整脈に配慮しながらの覚悟の出馬に、都民4分の1の高齢者が熱く厚く応じることで、どこまで票を集められるか。都民でない同憂の士は、mailや電話で都内の知友の一票に思いを添えることで。本会は趣旨を同じくする野末議員の登場に熱く期待し支援の活動をいたします。7・4 akira

八七歳 華やぎのある多士済々 
昭和7年・1932年生まれ
●は去世者 

野末陳平(1・2 放送作家) ●二上達也(1・2 将棋棋士) 本多勝一(1・28 ジャーナリスト) 稲盛和夫(1・30 実業家) 高階秀爾(2・5 美術評論) 広岡達朗(2・9 プロ野球) 白土三平(2・15 漫画家) ●世良譲(3・10 ピアニスト) ●大沢啓二(3・14 プロ野球) 平岩弓枝(3・15 作家) 早乙女勝元(3・26 作家) ●大島渚(3・31 映画監督) ●富田勲(4・22 音楽家) 桂由美(4・24 ファッション) ●高井有一(4・27 作家) 樋口恵子(5・4 評論家) 黒井千次(5・28 作家) ●小田実(6・2 評論家) 藤井裕久(6・24 政治家) ●宇井純(6・25 化学工学) 内橋克人(7・2 評論家) ●遠藤実(7・6  作曲家) ●青島幸男(7・17 作家) 堂本暁子(7・31 千葉県知事) 岸恵子(8・11 俳優) 小林亜星(8・11 作詞・作曲) ●岩城宏之(9・6 指揮者) 杉浦康平(9・8 デザイン) 石原慎太郎(9・30 都知事・作家) 五木寛之(9・30 作家) 三浦雄一郎(10・12 プロスキーヤー) 森田実(10・23 政治評論) 渡辺美佐子(10・23 俳優) 田中那衞(11・23 俳優) 仲代達矢(12・13 俳優)

シニア用語(用文)NOW

「年金+2000万円」は政策ミス

「ゴムひも伸ばし」政策の破綻
歴代内閣の無策連鎖つづく

いまや人生を安心して暮らせる国民はどこにもおりません。
「預貯金が2000万円以上あるからわたしは安心」とひそかに思ったところで、乗っている船(国)が沈んでいくのだから安心などありえないのです。
 1995年の「高齢社会対策基本法」以来、1999年の「国際高齢者年」以来の「高齢化社会」形成への延滞に、本稿が警鐘をならしつづけてきた危惧が、わずか20年で現実味をおびてきました。世紀初めには「100年安心」年金が課題・話題になっていたはず。このままでは政府の「ゴムひも伸ばし」政策のすえに、新世紀の日本社会は「国際的失敗例」を残すことになります。新世紀になって以後の首相は、だれもこの国の新たな姿を国民に示せずに、だれもが成功例であった20世紀の遺産を食いつぶしてきただけ。政策不在の連鎖がつづいているのです。
「令和」のどこにこの国の将来像が見えるのでしょう。ことばだけは踊っていますが。

「言う者は知らず、知る者は言わず」(老子のことば) という実情は社会の末期の姿を示しています。20年来の本稿の「三世代平等社会」が論じられ実現にむかってはじめて、史上初、国際的モデルの日本社会が登場するのです。――

『「三世代平等社会」をつくる ~百折不撓の「人生100年」を体現して~』
(200ページ) 2019年版論考。

関連自著
『丈人のススメ 日本型高齢社会 「平和団塊」が国難を救う』

シニア用語(用文)NOW

ここまで来てしまった年金崩壊

年金+2000万円の蓄え
 1999年の「国際高齢者年」いらい本稿がこれまで「高齢化社会」形成への延滞に警鐘をならしつづけてきた危惧が、わずか20年で現実味をおびてきた。世紀初めには「100年安心」の年金が課題として議論になっていたはず。いま政府は「ゴムひも伸ばし」の政策を根本から見直すことの必要を、足元の金融庁が「審議会指針案」という報告書の形で悲鳴をあげて訴えていることに衝撃を受ける時期にある。これをつづけるかぎりではこうなるということで。いま65歳の人の金融資産が平均保有額で2252万円あるという統計上の数値を発表の支えとしているのだろう。年齢層として貯蓄の多いみなさんだが、だれもがそんなに持っているのだろうか。そしてこの発表に「自分だけは安心」と思うのだろうか。
 いま60歳の人が「人生100年」時代に95歳まで生きるとすると、年金以外に2000万円が必要という。月5万円の取り崩しを30年つづけるとして。現役にさえできない「貯蓄」を奨励するのではなく、貯蓄がなくともみんなが安心して暮らせる社会をめざすこと。1995年に「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)をめざす「高齢社会対策基本法」を決定した。あれからわずかに20年でこの結果、国際的に先行し注目されている長寿国のだれもが安心して暮らせる社会へ向かっているとはとてもいえない。「高齢化社会」議論の基本的道筋へもどらねばならないだろう。
「高齢化社会」の形成に失敗しつつある日本が、G20で先進諸国にこんな報告と提案をするのは世界への恥さらし以外のなにものでない。akira 2019・6・8

現代シニア用語事典

「七十古希」から「百齢眉寿」へ
「人生七十古来稀なり」と詠った杜甫の詩「曲江」から70歳を「古希」と呼ぶようになったといいます。ですからすでに1200年余の経緯をもつことばなのです。それ以前のことはわかりませんが、唐代で古来稀れなのですからよほど稀れだったのでしょう。杜甫が願ってたどりつけなかった(59歳で没)ことから「古希」がいわれ、70歳が長寿の証とされてきました。
 そのころ長安は安禄山軍の侵入を受けたあとで、「国破れて山河在り、城春にして草木深し」(杜甫「春望」から)といったありさま。杜甫は意にかなわぬ日々を酒びたりで送っていたらしく、「酒債は尋常行く処に有り、人生七十は古来稀なり」(酒の付けは常にあちこちにあるけれど、あってほしい70歳は希にしかない)と有るものと無いものとを比較しているのです。いまは両方がある時代だからこの対比に味わいがなくなりましたが。杜甫自身は旅先で貧窮のうちに59歳で去世しています。高級官人は70歳になると国中どこででも使える杖をもらって「杖国」と呼ばれたといいます。日本にもどれず「三笠の山の月」を想って客死した阿部仲麻呂は70を越えて生きましたから拝受したでしょう。 akira 記

「百齢眉寿」
「百齢」は百歳のこと。2011年は大正百年(1912年が元年)でしたから、大正人が百寿に達しています。わが国では百歳以上の人が七万人(女性が88%)に達してなお増えつづけており、史上稀な長寿国になりつつあります。
 杜甫が「人生七十古来希なり」と詠ったことから「古希」がいわれ、70歳が長寿の証として納得されてきました。とすれば百歳はなおはるか遠い願望だったのでしょう。「眉寿」は老齢になると白い長毛の眉(眉雪)が生えて長寿の特徴となる。同じ唐代の書家で有名な虞世南は「願うこと百齢眉寿」(琵琶賦)と記して百歳を願いましたが、80歳を天寿として去りました。「七十古希」の杜甫は59歳、「百齢眉寿」の虞世南は80歳でしたから、長寿への願望は遠くに置いたほうがいい。
 白髪が増えると老いの訪れとして苦い思いで抜いたり染めたりしますが、眉に白いものが見えた時は長寿への証として喜んで残すほうがいい。人生100年時代。いまや稀でない「七十古希」を迎えたら、次には「百齢眉寿」を目標にして日また一日を過ごすことをおすすめします。 akira 記

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

「銀海生花」(ぎんかいせいか)20190605 円水社+
「銀海生花」(蘇軾「雪后書北台壁 其の二」から)というのは、反射的な光線を浴びた時に眼にみえる花のことですから、だれでも経験していながら意識していない“わたしだけの花”のようです。「銀海」というのは唐代の道教の僧医であった孫真人の著『銀海精微』が眼科にかんする古典として知られて、いまでも眼科医むけの情報誌『銀海』が出ていますし、メガネの専門家を養成する日本眼鏡技術専門学校は銀海学園の経営ですから、「銀海」は眼あるいは眼科の意味合いでなお用いられている古語のようです。
 宋の蘇軾の詩は「凍合玉楼寒起粟、光揺銀海眩生花」というもので、王安石も「道書には肩を玉楼となし目を銀海となす」と解説していますからリアルには肩や眼をいうのでしょうが、「銀海生花」を詠った蘇軾には玉楼も銀海も花もそれとして見えていたはず。ぎんぎんぎらぎらと夕日が沈む日本海でつかの間の「銀海生花」に出合った人もあるでしょう。「眼花繚乱」で色に目まどうではなく、“わたしの花”をみてほしいのです。

6月生まれ シニア人名録(昭和元年~昭和20年)

田中克彦(昭和9・6・3 言語学) 津村節子(昭和3・6・5 作家) 山田太一(昭和9・6・6  脚本家) 柳田邦男(昭和11・6・9 評論家) 鎌田慧(昭和13・6・12 ジャーナリスト) 椎名誠(昭和19・6・14 作家) 伊東四朗(昭和12・6・15 俳優) 山本晋也(昭和14・6・16 映画監督) 高見山大五郎(昭和19・6・16 大相撲) 張本勲(昭和15・6・19 プロ野球) 鈴木忠志(昭和14・6・20 演出家) 石坂浩二(昭和16・6・20 俳優) 長山藍子(昭和16・6・21 俳優) 竹内敏信(昭和18・6・21 写真家) 野村万作(昭和6・6・22 狂言師) 妹尾河童(昭和5・6・23 舞台美術) 藤井裕久(昭和7・6・24 政治家) 司修(昭和11・6・25 画家・作家) 横尾忠則(昭和11・6・27 画家) 野村克也(昭和10・6・29 プロ野球) 倍賞千恵子(昭和16・6・29 俳優)

『月刊丈風 5月号』memo

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

「游刃有余」 (ゆうじんゆうよ) 20190529  web円水社+
「游刃有余」(『荘子「養生主」』から)は、庖丁(ほうてい、料理人)の技術がすぐれていて、身のこなしも手さばきも軽く牛刀をあやつりながら骨と肉をやすやすと切り分けていき(桑林之舞)、あとに余地が残ることに。そこから比喩として経験が豊富で熟練した技術や知識で問題を解決するのにむだな力を費さないことにいいます。
目の前で庖丁が実にやすやすと牛をさばいていくのに驚いて文恵君(梁の恵王)が聞きます。庖丁はこれは技ではなく道だといいます。牛の骨と肉のつき具合をよく知って本来の筋目に従い本来のからだのしくみに従って調理するので骨に当たることがない。「腕のいい料理人でも年ごとに牛刀を替えるのは骨に当たるからで、わたしのは19年になり数千頭もの牛をさばいても研いだ後のように鋭利です」と答えます。「善きかな、言を聞いて生を養うを得たり」と恵王に言わしめています。
日本がF3を買って「借鶏下蛋」をねらうのも、アメリカ市場で中国製品が歓迎されるのも、「游刃有余」の結果だといいます。

現代シニア用語事典 同時代人

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ 
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範

1930(昭和5)年

・内田満(1・4 政治学) 菅野昭正(1・7 フランス文学) 我妻堯(1・9 母子保健) ・三宅久之(1・10 政治評論) ・田中一光(1・13 デザイン) ・新珠三千代(1・15 俳優) ・東松照明(1・16 写真家)   不破哲三(1・26 政治家) ・大賀典雄(1・29 企業経営) ・小此木啓吾(1・31 精神医学) ・粕谷一希(2・4 編集者) 荒瀬豊(2・15 マスコミ史) 飯島耕一(2・25 フランス文学) ・日高敏隆(2・26 昆虫学) ・芝田進午(3・26 社会学) 松山幸雄(4・1 ジャーナリスト) 竹村健一(4・7 評論家) ・松永伍一(4・22 評論家) 秋山駿(4・23 文芸評論) 加藤秀俊(4・26 社会学) 坂根厳夫(4・27 科学評論) 高橋英夫(4・30 ドイツ文学) 半藤一利(5・21 作家) ・熊井啓(6・1 映画監督) ・和田勉(6・3 演出家) ・阿部進(6・11 教育評論)   ・平山郁夫(6・15 画家) 妹尾河童(6・23 舞台美術) ・深作欣二(7・3 映画監督) 秋谷栄之助(7・15 宗教家) 高島忠夫(7・27 俳優) ・芦田淳(8・21 服飾デザイン) ・竹内宏(9・13 経済評論) 有馬朗人(9・13 原子核物理) 石川喬司(9・17 評論家) ・東野芳明(9・28 美術評論)  佐藤忠男(10・6 映画評論) ・野坂昭如(10・10 作家) ・渡部昇一(10・15 評論家)  水尾比呂志(11・7 造形学) ・黒木和雄(11・10 映画監督) ・大庭みな子(11・11 作家) ・佐々淳行(12・11 安全保障) ・諸井誠(12・17 作曲家) 小田島雄志(12・18 演劇)

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ 
2010年以後の ・去世者 を含む  2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範  

1929年(昭和4)年

・三遊亭圓歌(1・10 落語家) ・神山繁(1・16 俳優) ・三木多聞(2・6 美術評論) 田沼武能(2・18 写真家) 西川杏太郎(3・9 日本美術史) 大塚正徳(3・10 薬理学) 三遊亭金馬(3・19 落語家) 犬塚弘(3・23 俳優) ・津本陽(3・23 小説家) ・小沢昭一(4・6 俳優) 永井一正(4・20 デザイナー) 加賀乙彦(4・22 小説家) 鈴木道彦(4・26 フランス文学) ・仲谷昇(5・4 俳優) ・板東三津五郎(5・14 歌舞伎俳優) ・奥平康弘(5・19 憲法学) ・高橋治(5・23 小説家) ・日野啓三(6・14 小説家) ・都筑道夫(7・6 推理作家) 栗田勇(7・18 フランス文学) 笹原正三(7・28 レスリング協会) 磯村尚徳(8・9 ジャーナリスト) ・早坂暁(8・11 小説家) ・松下圭一(8・19 政治学) サトウサンペイ(9・11 漫画家)  ・ 新井直之(9・21 ジャーナリズム論)  中江利忠(10・4 ジャーナリスト) ・志賀信夫(10・23 放送評論) ・高松英郎(10・24 俳優) 奈良岡朋子(12・1 俳優)

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範  

1928年(昭和3)年生まれ

大堀敦子(1・1 ピアニスト) 池田大作(1・2 宗教家)岡井隆(1・5 歌人) ・網野善彦(1・22 常民文化) 馬場あき子(1・28 歌人) 暉峻淑子(2・5 生活経済) ・増田義郎(2・17 文化人類学) ・上田哲(2・26 ジャーナリスト) 長沢和俊(2・28 東西交渉史) ・兼高かおる(2・28 旅行作家) ・小島功(3・3 漫画家) 田辺聖子(3・27 作家) ・菊竹清訓(4・1 建築家) ・古在由秀(4・1 天文学) 久里洋二(4・9 アニメーション) ・諸井虔(4・23 企業経営) 津村節子(6・5 作家) ドクター中松(6・26 実業家) ・蝋山道雄(8・11 国際政治) 唯是康彦(8・13 食糧経済) ・三浦文夫(社会保障・社会福祉) ・五十嵐喜芳(9・8 声楽家) ・古橋広之進(9・16 JOC会長) 羽仁進(10・10 評論家) 杉葉子(10・28 女優) 熊沢喜久雄(11・14 植物栄養学) 宮尾盤(11・27 地方財政) ・土井たか子(11・30 政治家) ・土本典昭(12・11 記録映画) ・佐藤慶(12・21 俳優)  

同時代人 昭和シニア人名簿  1926年~1945年生まれ
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18 制作 堀内正範  

1927年(昭和2)年 生まれ

・一番ケ瀬康子(1・5 社会福祉) ・勅使河原宏(1・28  華道・映画監督) ・熊倉一雄(1・30 演出家) ・石牟礼道子(3・11 作家) 宮城まり子(3・21 ねむの木学園) ・堤清ニ(3・30 企業経営・作家) 無着成恭(3・31 教育評論) ・矢代静一(4・10 劇作家) ・北杜夫(5・1 作家) ・ジョージ川口(6・15 音楽家) ・芦野宏(6・18 シャンソン) 小原秀雄(7・2 動物生態学) 粟津則雄(8・15 文芸評論) ・祖父江昭二(9・3 近代文学) 伊東光晴(9・11 経済学) ・坂本義和(9・16 国際政治学) 緒方貞子(9・16 国際関係) ・加山又造(9・24 画家) 舛田利雄(10・5 映画監督) ・馬場のぼる(10・18 漫画家) 童門冬二(10・19 作家) 長谷川慶太郎(11・29 経済評論) 

同時代人 昭和シニア人名簿 1 1926年~1945年生まれ
2010年以後の ・去世者 を含む 2010・5・10~2019・2・18制作 堀内正範  

1926年(大正15年・昭和元)年生まれ

・早乙女貢(1・1 歴史小説) 森英恵(1・8 ファッション) ・森亘(病理学) ・三浦朱門(1・12 作家) ・松谷みよ子(2・15 児童文学) 青木光一(2・17歌手) 安野光雅(3・20 画家) ・加藤寛(公共選択) ・河野多恵子(4・30 作家) 渡辺恒雄(5・30 新聞事業) ・奧野健男(7・25 文芸評論) 石井ふく子(9・1 プロデューサー) ・今村昌平(9・15 映画監督) 小柴昌俊(9・19 物理学者) ・祖父江孝男(11・5 文化人類学) 鈴木孝夫(11・9 言語社会学) 中根千枝(11・30 社会人類学) 、

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

江郎才尽」(こうろうさいじん)20190515  web円水社+
身近なスマホでも車でも、かつてナンバーワンといわれたものが衰退していく「江郎才尽」の感覚は、だれにもわかるのでよく使われます。 江郎は江淹(字は文通、444~505)のこと。南朝の宋、斉、粱の三代に仕えた文学者で、若いころは才気あふれる詩文を表して高い評価を得ていましたが、官をのぼり年をとるにつれて文思衰退して佳句を欠き趣きを失い、ついには枯渇して並みの詩文しか書けなくなって「江郎才尽」(『南史「江淹伝」』から)といわれました。いまなら認知症といわれるような病変によって起こる文思衰退を「江郎才尽」と名づけられて 当人としてそれを知って耐えていた江郎自身の悲哀の深さがこのことばを残しているのでしょう。
もの書きばかりでなく歌手にも名作の映画化にもいわれ、テレビに出づっぱりのタレントに実例をみかけます。また文才ばかりでなく、サッカーの花形選手にも、ブランド製品の劣化や国際モーターショーでの日本車が「江郎才尽」と評されたりもします。

シニア用語(用文)NOW

「人生100年」は「人生90年(65+25年)+」

「人生100年」 高齢化率 高齢者人口

「人生100年」は2017年11月の「所信表明演説」で、安倍首相が「人生100年時代を見据えた経済社会の在り方を大胆に構想し、わが国の経済社会システムの大改革に挑戦します」と明言したことから。
その検討のために設けられたのが「人生100年時代構想会議」で、同会議は2017年年末には中間報告をおこない、2018年6月には「人づくり改革基本構想」をとりまとめています。安倍内閣の政策である「三本の矢」に即した人選の有識者会議であり、教育無償化とリカレント教育、高齢者雇用までで、「人生100年時代」を拓く構想にはなお遠いものになっています。ひとことでいえば、会議員一人ひとりの「人生100年」の寄せ集めでしかありません。招請されて構想会議のメンバーに加わった英国のリンダ・グラットン女史が著書『LIFE SHIFT』の中で、日本の子どもたちが世界一の長寿で半分が107歳まで生きると予測として話題になりましたが。女史はみずからが属する中年時代にしごとが選択できる社会を構想し、そこでの多様で豊かな人生を想定しています。
「人生100年」を「人生90年(65+25年)+」という数式に置き換えてみます。65歳は国際的標準での高齢者。わが国では定年退職の年齢であり、年金支給年齢でもあります。わが国の高齢者人口は3515万人、総人口比率(高齢化率)で27.7%になっています。65歳以上人口のうち、「65~74歳人口」は1767万人(男性843万人、女性924万人)で総人口に占める割合は13.9%、「75歳以上人口」は1748万人(男性684万人、女性1065万人)で、総人口に占める割合は13.8%(平成30年版『高齢社会白書』)。そして「25年+」は健康寿命や平均寿命にかかわります。「人生100年」をひとからげにすることなく、一人ひとりがみずからの高齢期にふさわしい暮らしができるような対策で細部にふれていかなければ、実体もつかめず、国際的に評価されるような「高齢化社会」の実現はできないのです。 2019・5・10 akira

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ

「凡桃俗李」(ぼんとうぞくり)20190508  web円水社+
大地が温もった春に咲き、妍を争いあう桃や李の姿(李白桃紅)を、凡であり俗とみる「凡桃俗李」(王冕「題墨梅図」から)がいわれます。そこから俗人のすることや平凡な事物や実績のない政治についてもいわれます。
元末明初の画家王冕(おうべん、字は元章)の「凡桃俗李争芬芳、只有老梅心自常」が出典。氷雪の林中にいて一夜清らかな香りを発する白梅に出合った画家が、苦学した姿を思いつつ桃李を凡俗とみる立場には納得がいきます。
子どもの王冕が苦学するようすが小学生の教科書に「少年王冕」の話として載っています。貧農の子だった彼は、地主の牛の面倒をみながら村の学堂へいき、朗々と読み上げられる文章を記憶します。あるとき牛を忘れて帰って父に叩かれ、家を脱したかれは寺院にいき、仏像の膝に坐って灯明のあかりで借りてきた破れた本を読みました。結局、科挙には合格できず、各地を放浪して絵を画いてすごしました。
王冕の画は日本にも伝わり、信長の父織田信秀が所蔵していた「墨梅図」が宮内庁三の丸尚蔵館に保存されています。

シニア用語(用文)NOW

日本国憲法100年保持の国際的役割

2019・5・3 akira

日本国憲法」について議論するなら、国際性と偏務性から論じなければ本質に迫れません。
国際性というのは、制定の経緯から「日本国憲法は日本のものではあるが日本のものではない」ということ。「非軍事平和の九条」を守るのは日本ですが、日本に守らせるのはアメリカをはじめとする連合国であって、各国は日本が自主を称して破ろうとする芽を常に監視せねばならないのです。
日本の役割は、ひとえに「非軍事平和」に徹した国際モデルとしての国づくりなのです。 戦後70年、この偏務を当たり前としてきた日本国民、制定時の戦後を体感していた人びとがいなくなり、平和を当たり前とする人びとに置き換わっています。 内に平和の体感しかない国民が外に軍備をすることでそれを守ろうとする自主憲法は、制定の歴史を黙止した偏向であり論外なのですが、平和期を“戦間期”に染めかえる役割を果たそうとしています。
この時期にこそ憲法論議はおおいにやるべきでしょう。戦禍と成立の経緯を知らない若い世代がその経緯を知って新たに守る層を厚くする機会となります。昭和史に通暁する半藤一利・保阪正康氏の持論ですが、「非軍事平和」主義の「日本国憲法」の趣意を中小国の市民に訴えて意味合いを国際的に共有する。そして100年を保持して2047年に「日本国憲法100年記念祝典」を連合国市民との共催で国際的におこなう。それを支えるのは、兵役もなく平和の証として「100歳人生」をめざしている戦後世代(本稿の平和団塊)が主催することになるのでしょう。

国防・自衛について
「九条」への自衛隊記載は国際的には一国軍国化の証。周辺国からの反発は必至です。四囲が海の日本の国防は軍備では不可能です。“外敵”からは守りづらい国なのです。いま海岸には原発があります。ひとつ破壊されたらそれで終わりです。自衛の限界は国民が熟知するところ。国境紛争地域はわが国が平和裏に共同守備・共同開発を提案し実施することで、所有の国家主権の意味を実体としてなくすことでしょう。 平和立国での自衛としては、「兵役」義務のない青年たちは一時期、平和裏に国を守る意識を共有するために、「公役」として若い日にひとしきり、男性はおもに地域・災害のための活動、女性はおもに介護・福祉の活動をすること。そうすることで、国家・国土・国民のありようを体感することは、平和国家の保持の一環としてあっていい。 akira

シニア用語(用文)NOW

「令和」を「冷和」とするなかれ

2019・5・2 hori

「令和(後平成)」期は「三世代平等化」のチャンス 。
改元を機に、青少年(~30成長期)や中年(~60成熟期)のみなさんはさらに勢いづくでしょう。そのとき4人にひとりに達した「高年世代(65~円熟期)」はどうするのか。これまでどおり二世代+α型の「ゴムひも伸ばし」の高齢化政策に温存されて、いまある社会で身を細めて暮らすのでしょうか。
このたびの明仁天皇の生前退位は、展望を示せない政府の高齢化政策にみずから「ノー」をいわれて、高齢期の人生を確保されたもの。
本会は上皇になられてからの人生の期間を「令和(後平成)」期と呼び、3500万人の「高年世代」が支え合って「自立」をすすめて存在感を示して「三世代平等化」を達成するチャンスとして位置づけています。
そのためには「(内向的な)老人」としてではなく、日々外へ出て、保っている知識・技術・資産・人脈を活かして、仲間とともにみずからの生活感覚にふさわしいモノ・居場所・しくみをこしらえること。円熟期のみなさんには、経済を伸長(成長といわない)し、文化を深化し、新たな社会を形成する潜在力(本稿の丈人力)があるのですから。 hori

茶王樹下 文温の絆 四字熟語の愉しみ 

春蘭秋菊」(しゅんらんしゅうぎく)20190501  web円水社+

「平成」から「令和」への改元。青少年(~30成長期)や中年(~60成熟期)のみなさんは勢いづくでしょうが、4人にひとりの「高年世代(65~円熟期)」の人びとは、このままいまある社会で身を細めて過ごすのでしょうか。
このたびの明仁天皇の生前退位は、政府の「ゴムひも伸ばし」の政策に「ノー」をいわれて、みずからの高齢期人生を確保されたもの。本稿は上皇としての期間を「令和(後平成)」期と呼び、「高年世代」が「自立」をすすめて存在感を示す「三世代平等化」のチャンスとして期待しています。
「退位礼正殿の儀」(4月30日)を終えた明仁天皇の最後のおことばは、象徴としてのつとめを「国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは幸せでした」であり、「即位後朝見の儀」(5月1日)での徳仁新天皇のおことばは、上皇に学び「自己の研讃に励むとともに常に国民を思い国民に寄り添う」でした。
円熟期の上皇と成熟期の新天皇にはそれぞれに人生の春秋があります。「春蘭秋菊」(『楚辞「九歌・礼魂」』など)なのです。

『月刊丈風 4月号』memo

シニア用語(用文)NOW

「令和(後平成)」期と平和団塊の世代

 幸せにも、幸せにも、戦後の「平和」のもとで生まれ、ともにひもじく貧しい時期に育ちはしたものの、競って学び、勤めて高度成長を支え、先人の余沢によりなにほどかの貯蓄を得て、世紀をまたいで高齢者となった「平和団塊の世代」の人びと(一九四六~一九五〇年)が、「七十古希」に到達しつつあります。
先の第二次世界大戦のあとに生まれた「戦後ベビーブーマー(戦後ッ子)」が各国にいて、「団塊」としてひとくくりに呼ばれるボリュームとはうらはらに、多彩で個性的な人生を送っています。両親から「平和」であることのたいせつさを骨身に刻みこまれ、「長寿」は人生にとって普遍的な価値であり、そのための「平和」は欠くことのできない条件であることを体感として理解している人びとです。

一九九五年に「長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会」(前文)の形成をめざすとして制定された「高齢社会対策基本法」のことを知っていたとしても、働きざかりの五〇歳のころでしたから実感はまったくなかったでしょう。七〇歳に達してはじめて納得のいく文言として率直に理解できて、先人の先見性に感謝している事でしょう。 ですからわが国の高齢者とくに「平和団塊」の人々は、国際社会に「非軍事平和」を訴える「憲法第九条」と、尊厳ある長寿をめざして社会改革を訴える「高齢社会対策基本法・前文」というふたつの歴史的旗印を先人から引き継いでいるのです。 国際的な関心と期待を受けて、「人生一〇〇年」という実質的な活動期間をライトを浴びて舞台に立つ「平和団塊」のみなさんに、本稿もまた熱い思いで注目し、その歴史的ステージを見守っているのです。
 
ここで「ニッポン発二一世紀オリジナル」の主役をつとめている「平和団塊」のみなさんの横顔を、ほんのすこしだけ紹介しておきたい。新聞・TVなどから勝手に選ばせていただいた方々ですが、どうか掲載をお恕し願います。

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戦後世代「平和団塊」人名録(昭和21~25年)
一九四六(昭和二一)年生まれ・七三歳に。
鳳蘭(俳優) 松本健一(作家) 宇崎竜童(歌手) 美川憲一(歌手) 北山修(歌手) 新藤宗幸(政治学) 柏木博(デザイン) 岡林信康(歌手) 堺正章(TVタレント) 坂東真理子(官僚) 田淵幸一(プロ野球) 菅直人(政治家) 秋山仁(数学教育) 藤森照信(建築史) 倍賞美津子(俳優)・・

一九四七(昭和二二)年生まれ・七二歳に。
橋本大二郎(政治家) 衣笠祥雄(野球評論) ビートたけし(TVタレント) 尾崎将司(プロゴルフ) 西郷輝彦(歌手) 鳩山由起夫(政治家) 津島佑子(作家) 千昌夫(歌手) 上原まり(琵琶奏者) 荒俣宏(作家) 中原誠(将棋棋士) 小田和正(歌手) 北方謙三(作家) 金井美恵子(作家) 西田敏行(俳優) 森進一(歌手) 池田理代子(漫画家) 布施明(歌手)・・

一九四八(昭和二三)年生まれ・七一歳。
高橋三千綱(作家) 毛利衛(宇宙飛行士) 里中満智子(漫画家) 赤川次郎(作家) 五木ひろし(歌手) 赤松広隆(政治家) 江夏豊(プロ野球) 都倉俊一(作曲家) 沢田研二(歌手) 上野千鶴子(女性学) 井上陽水(歌手) 橋爪大三郎(社会学) 糸井重里(コピーライター) 由起さおり(歌手) 舛添要一(都知事) 谷村新司(歌手) 内田光子(ピアニスト)・・

一九四九(昭和二四)年生まれ・七〇歳「古希」に。
村上春樹(作家) 鴨下一郎(政治家) 林望(国文学) 海江田万里(政治家) 高橋真梨子(歌手) 平野博文(政治家) 武田鉄矢(歌手) 高橋伴明(映画監督) 萩尾望都(漫画家) ガッツ石松(ボクシング) 矢沢栄吉(歌手) 佐藤陽子(バイオリニスト) 堀内孝雄(歌手) 松崎しげる(歌手) 森田健作(政治家) テリー伊藤(演出家)・・

一九五〇(昭和二五)年生まれ・六九歳に。 残間里江子(プロデューサー) 舘ひろし(俳優) 和田アキ子(歌手) 坂東玉三郎(歌舞伎俳優) 東尾修(プロ野球) 中沢新一(宗教学者) 池上彰(ジャーナリスト) 姜尚中(政治学者) 八代亜紀(歌手) 辺見マリ(俳優) 塩崎恭久(政治家) 梅沢富士男(俳優) 岩合光昭(写真家) 綾小路きみまろ(漫談家) 神田正輝(俳優)・・
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いかがでしょうか、個性的で頼りがいのある人びとでしょう。みんなが等しく貧しかった戦後に育った子どものころの記憶を共有している人びと。そこからそれぞれに個性的な人生をつくりあげて、熟成期をすごしている「平和団塊の世代」(日本の戦後ッ子)のみなさん。この約九五六万人の一人ひとりを、敗戦後のきびしい生活環境の中で育ててくれたご両親の「平和」への思い。それを想い起こして国際平和を体現する「平和団塊の世代」と呼んで、本稿は注目しているのです。「団塊」では即物すぎて、「平和」では理念すぎて、いずれも収まりづらいかもしれませんが、あわせて「平和団塊の世代」と呼ぶのをお許し願います。

世界大戦の当事国となった先進諸国の戦後には同じ経歴のベビーブーマーの人びとがいます。その人びととともに、わが国の「平和団塊の世代」が、それぞれの地で穏やかに高齢期をすごせる社会をみずからの力で形成し、長寿を全うすること。それが「平和に生きる」こと、「非軍事平和の日本国憲法」の理念であり共有する社会の姿にちがいないからです。それはまた次の世代へ、途上諸国の人びとへと先行モデルとして伝わることになるでしょう。一人ひとりが世紀をまたいで平和のうちに長寿を体現する。こんな役回りは願っても求めても得られるものではないのです。(論考:『史上初の「三世代平等社会」~百折不撓の「100年人生」を体現して』~から) 2019・4・30 hori

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「平和団塊の世代」が長寿モデルに

やや失礼とは知りながら、敗戦後の一九四七~一九四九年に生まれた人びとを、ここでも「団塊の世代」と呼んでいます。ご存知のように一九七六年に作家の堺屋太一さん(2019・2・8去世83歳)が『団塊の世代』を書いて、そのボリュームゆえの社会的影響を指摘して以来の呼び名であり、教育の現場や就職、結婚などでみんなが納得して用いることで流行語になったのですが、カタカナの「戦後ベビーブーマー」では実感においてとてもかなわない。いまでも約六五〇万人というボリュームを保持しています。
ですが、本稿では「平和団塊の世代」と呼んでいます。 同じく二○○万人を越えて生まれた一九五○年と、少数とはいえ本稿の課題である「平和」では決して存在を無視してはいけない終戦翌年である一九四六年生まれの一四〇万人の人びとを含んでいます。

この戦後五年間の「平和団塊」世代は、二一世紀を迎えたとき一○三七万人(二〇〇〇年一〇月)で、いま約九五六万人(二〇一七年一〇月)を数える戦後ッ子の人びとを指しています。 このアクティブ・シニア、高齢者ニューフェイスの「平和団塊」の人びとが、二〇二五年に七五歳に達して、なお「人生一〇〇年」をめざして創出する史上初の平和裏の長寿社会、本稿の「三世代平等型の長寿社会」が、ニッポン発二一世紀オリジナルの重要な「和風」事業なのです。 「平和団塊」の人びとは戦後七〇年余のあいだ、強直で骨太の先輩に引きまわされながら精いっぱいに生きてきて、おおかたの人の髪は白くなりました。「戴白の老」です。

「戴白の老も干戈を睹(み)ず」 というのは、髪が白くなった老人すら人生に一度も戦争に出合わなかったという幸運な人生を伝える良いことばです。それはいかに歴史上に「戦乱」のときが多く長く、「平和」が少なく短かったかを伝えています。 戦後七○年、「平和団塊の世代」のみなさんが「干戈を睹ず」に暮らしてきたことは確かです。二〇世紀後半の日本がそういう歴史的に稀有な平和な時代であり、そこに生まれあわせて過ごしてこられたことをなによりの幸せと感じられるのがこのことばです。二〇一八年一二月二三日の明仁天皇の天皇としての「最後のおことば」にも「平成」期が「平和」を守りえた安堵を述べておられました。そのためには「戦禍の記憶」をのちの世代に語り継ぐことが何よりも必要であると言い添えて。

内に「戦禍」を秘めて外に「平和」をもとめた先人が次第に少なくなり、胸中を占める「平和」を守るために外に「軍備」を必要とする後人が多くなります。戦後七〇年と「平成」の改元とはその折り返し点、つまり新たな「戦前」へと移る折り返し地点を予感させます。政治的軍事的な隣国からのゆさぶりそそのかしを受けて、世論はいきおい「軍国化」に傾きます。平和から戦争へ(戦間期)と振り子意識が働いてゆくのは、歴史の繰り返しと知りながら同じ道を選ばざるを得ないからです。

次の「戦前」へとリピートする予兆。 そういう日本国内に生じる芽を未萌のうちに摘みつづけるためには、「戦禍の記憶」を世代伝授しつづけること。とくに「平和団塊」のみなさんが、先人として胸中に保持する「戦禍の記憶」を後人の胸中へと伝え継ぎながら、みずからは「人生一〇〇年」を目標としつつ、二〇四七年の「非軍事平和憲法」制定一〇〇年記念の祝典まで護持していく覚悟を固めるしかないのです。 「昭和の日」は、それを確認するための祝日なのです。 (論考:『史上初の「三世代平等社会」 ~百折不撓の人生を体現して』~から)2019・4・29  hori

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元号「令和」について

漢籍と国書双方を典拠とすべし

「春笋怒発」(四字熟語からのごあいさつ)
新元号「令和」の選定者(安倍首相)は、国書『万葉集』が典故であることをひたすら強調し誇りとしています。しかしながら下記したように、実情からいえば漢籍と国書の双方を典故として説明すべきだったでしょう。これまでの恒例であった漢籍と新たに国書を合わせて典故とすることで、“漢字文化圏”の広がりと豊かさを歴史的事実として示せたはずだからです。残念ですが、首相の脱中国の自国意識の過剰さと教養のなさが際立った一件になりました。

元号「令和」について異論はないのですが、連載中の「四字熟語の愉しみ」に3回にわたって書いたように、漢字文化圏に配慮せずに歴史を削いでしまった選定者の発言の偏りによって、古典にむかう国民の意識にズレを生じます。外来の優れたものを採り入れてより勝れたものにするという民族特性「和風」として語れれば、中国の知識人も納得できて、日本の首相としての令姿を示せたでしょう。昨今、際立つ外国人による「クールジャパン」は、歴史的ジパングの「和風」鉱脈さがしなのですし、何よりいま最大の「和風」事業は、世界に例をみない「非軍事平和国家」の実現と継承なのですから。  
以下おつきあいください。2019・4・21 hori


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連載「四字熟語の愉しみ」web「円水社+」 http://www.ensuisha.co.jp/plus/ から
◎「風和日麗」(ふうわにちれい) 2019年4月17日
前回みたとおり「令和」の典拠になった『万葉集』(天平2年、730年)の「初春令月、気淑風和」の八字は、王羲之「蘭亭集序」の「天朗清、恵風和暢」と『文選』にある張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」からの化用(借用)がいわれます。が、もうひとつ唐代高宗のもとで文学の発展に寄与した宰相薛元超の「諫蕃官仗内射生疏」の文にある「時惟令月、景淑風和」が最も似た表現として指摘されます。当時、遣唐使が持ち来った新渡来の文献のなかからふさわしい表現として化用したことが想定されるのです。 日本語が「漢字かなカナROMA字混じり」であるように、外来の優れたものをより勝れたものにする日本文化の「和風」の多重性こそが民族特性なのです。「和」の意味合いは「平和」「昭和」「大和」「風和」で異なりますが、ここでは現憲法の国際的片務である「非軍事平和」が最大の「和風」事業であることに思いをいたしつつ、改元の年の五月の風暖かく陽光明るい「風和日麗」(沈復『浮生六記「二巻」』など)の休日を過ごすことに。

◎「令月嘉辰」(れいげつかしん) 2019年4月10日
新元号の「令和」が大化(645年)から248番目で初めて国書『万葉集』から得たことで、令(よ)き大和民族の特性「国風」に語りつないだ安倍首相の発言に対して、日中双方から漢字文化圏の豊かさを削ぐべきでないとする意見が出ています。優れたものを採り入れてより勝れたものにする特性「和風」を言えれば首相は令姿を示せたでしょう。 江戸期の契冲『万葉代匠記』には「梅の花の歌三十二首并序」は王羲之「蘭亭集序」の筆法を模したもの、「初春令月、気淑風和」の八字は張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」から、「気淑」は杜審言の詩から、「鏡前之粉」は宋武帝女寿陽公主の梅花粧から、「松掛羅而傾蓋」は隋煬帝の詩に負うなどの指摘がなされています。それらを借りて「和風」にするのが民族の特性といえるもの。「令月」にちなむ四字熟語に「令月嘉辰」(『大慈恩寺三蔵法師伝「巻九」』など)があって、令月はいい月、嘉辰はいい日で、あわせて「吉日」をいいます。『和漢朗詠集「巻下・祝」』に「嘉辰令月歓無極」が見えます。

◎「恵風和暢」(けいふうわちょう)2019年4月3日
新元号が「令和」と決まりました。安倍首相は漢籍でなく国書『万葉集』が典故であることを強調し誇りとしましたが、実情からいえば漢籍と国書の双方を典故とすべきだったでしょう。大宰府の自邸で、王羲之の蘭亭の宴に似せて梅見の宴を開いた大伴旅人が、『万葉集「巻五」』に載る「梅の花の歌三十二首并序」に「初春令月、気淑風和」の八字を記すにあたって、王羲之「蘭亭集序」の「天朗気清、恵風和暢」と張衡「帰田賦」の「仲春令月、時和気清」を念頭において、前者から「気」と「風和」を、後者から「春令月」と「和気」を得ており、後者は「令和」の典故でもありえます。それを知る提案者は、漢籍と国書を合わせて典拠とすることで漢字文化圏の豊かさを示そうとしたのではなかったでしょうか。 「風和」について。日本では「雪月花」ですが中国では「風花雪月」です。柔らかい風が人を温かくつつむ「恵風和暢」からの「風和」には書き手の教養が示されています。東風に感じて白梅が花開く令月(二月)の大宰府天満宮の賑わいが想像されます。

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